第44話 ヒートシンク

 メイが俺に色々聞こうとしているのが分かるが、ヤカンを戻したいので声を制した。


「なっ? こうなるだろ? 質問をしたいのか? お茶が飲みたいのか? コーヒーが飲みたいのか? 説明をさせたいのか? 店で出したい軽食の情報を取らせたいのか? どれなんだ? こっちが美味しく飲んでいるものを『』なんだ言われて全くいい気持ちはしねーぞ? 俺がお前の従者じゃねーのはお前が知ってるだろ? 魔法が使えない奴に、をさせるためにココまで来たのか?」


 完全にキレた。さっき休憩した時に大人の余裕とか思ったが無理だ。そもそも俺は一度に色々な事を考えられない、人付き合いも下手だ。だからIT技術者エンジニアを選んだ。

 まぁ、IT技術者エンジニアは結構人付き合いしなきゃやっていけなかったが。仕事でもないことをココまで一度やれと言われるとパンクする。


「――ごめんなさい……」


 俺が怒ったことに驚いたのかメイは小さく謝った。


「――気を悪くさせてすまんかったの」


 オッサも謝ってくれる。逃げたい気持ちあって一度ヤカンをキッチンに戻しにいく。空気は最悪だがインスタントコーヒーの袋を二つ持って戻ろうと思ったが結局ヤカンがいることに気づく。


「くっそ!」


 家の中だったが、あまり大きな声を出したくなかったので、小さく呟く。


 つくづく自分が『深い付き合いができない人間』と言う事を思い知らさられる。もちろん仕事でこういうような事はあったがそれには給料というが発生したし、帰ればネトゲでストレス発散をしていた。

 むしろ仕事は『ストレスを溜めた対価として給料が発生するもの』だと思っている。誰しもがメイのように自分の好きな事で飯を食べられるわけではない。


 当て付けな感情であるのもどこかで理解しているが、俺は異世界ここに一人きりの地球人なのだ。叔父や従者がいる彼女のペースに合わせていられるほど余裕はない。


 右手で無理やりコーヒーの袋とヤカンを持つと、玄関を開ける。オッサとメイを無視してヤカンを地面に置くとコーヒーの袋を開けて中の粉末を二つのソーサーの上に置かれたコーヒーカップそれぞれに入れる。

 ヤカンからお湯を注ぐとスプーンを忘れていることに気づく。


「チッ」


 つい舌打ちををしてしまうが、急須に入れっぱなしだったお茶も濃くなりすぎるので湯呑みの方に入れる。

 そのまま無言でヤカンを持って家に戻ると、ティースプーンとコーヒーシュガーの紙袋を一つ持って再度家の外に出る。コーヒーカップをティースプーンで混ぜる。コーヒーの良い匂いがする。

 正直、貴重なコーヒーをこんな気持ちで飲みたくなかった。


「こっちが俺の世界のお茶だ。煎茶という種類。こっちはコーヒー。これは砂糖が入った袋で苦かったら自分で破ってコーヒーに淹れて味を調節しろ。砂糖は溶けにくいかもしれないからスプーンを使えば大丈夫なはずだ。口に合わないと思ったらさっきの自分で用意したお茶でも飲んでくれ。説明はしたぞ!」


 吐き捨てるように語尾を強くしながら最低限の説明はする。


「あの……」


 メイが何かを言おうとするがそれを無視する。


「俺は家の中でコーヒーを飲む。用が終わったらここに戻るから一人にさせてくれ」


 一方的に言い終わると玄関を閉めて家の中に戻る。キッチンを通りすぎてベッドのある部屋に行くと、コーヒーを一口飲んだ後コーヒカップをPCデスクの上に置きベッドに転がる。


「――ふぅ……」


 少し前に『怒りを覚えたら数秒待つ』というのが脳裏をよぎるが、相手の攻撃というのはこっちのブレイク時間を待ってくれないのである。


「やっぱり家はいいな……日本に帰りてぇ……」


 フリューメこっちに来た時と同じ感情が芽生える。最初はグダグダだったがアルモロみせの行列を見たり、売上の話を聞いたりそれなりに役に立っていると思っていた。今朝、久々に騒音を気にせず楽器を弾いたのも楽しかったが、この状況下になると、とてつもなく孤独感が自分を襲う。

 日本にいる時も人との繋がりがほしいとは思っていなかったが、今は会社の同僚や先輩・後輩――いや、出社という行為自体が恋しい。自分のダメさ具合に自然と涙が出てくる。


「こういう時に作曲したり音楽を聴くんだろうな……」


 怒り、悲しみ……音楽家はエネルギーを曲や演奏に変えてきた。

 そういうアーティスティックな話に憧れたこともあるが、今の俺の家には弾き慣れたピアノもなければ弦の切れそうなギターしかない。


「もう弦が切れてもいいからギターを弾こう」


 どうせ弦は切れるのだ。むしろギターを掻きむしって弦が切れた方がストレス発散になるし、中途半端に弾ける状態になっている方が諦めがんだろうと、自分を納得させソフトケースに入れていた六弦のエレキギターを取り出す。


「ストラップつけっぱなしだったのか……弦が新品みたいだな……」


 他の楽器を沢山触っていたにしても十数年弾いていない六弦エレキギターだったが、張り替えてすぐ弾かなくなったのだろう……弦の状態がほぼのようだった。

 ソフトケースのポケットにはミニアンプとシールドとピックが入っていたので、繋いで電源を入れてみる。


『ジーー』


 よかった、乾電池が生きていた。ギターのノイズ音が懐かしい。チューニングが半音下げであることを確認すると今の感情に合う曲を弾く。王者と呼ばれるギタリストの曲でバンドメンバーに裏切られた時に作られた曲である。

 前回もそうだったが長年弾いてなかった割に指がすんなり動く、気持ちが入っているためか早いパッセージも現役だった頃以上に動く気がする。

 自分でもよく覚えてたなというぐらい中々な演奏を終える。


『フリューメに新しい曲が誕生しました』


 調子に乗って今度はグランジというジャンルを作ったバンドの代表曲を弾く。同じ半音下げなのだがこっちは技術主義だったHR/HMハードロック・ヘヴィメタルのアンチテーゼとして台頭したバンドなので思いっきり掻き鳴らすのが気持ちいのだ。曲の解釈には諸説あるが『ティーンエイジャーを皮肉った』というのが有名な説だったと思う。

 英語は上手くないが高校の時に一生懸命「っぽく」歌いたいと思っていたので軽く歌いながら弾く。


 ここまでこの曲を噛み締めた事はなかったが、直訳すると『馬鹿を感じる』という歌詞が心に刺さる。


『フリューメに新しい曲が誕生しました』


 二曲弾き終わって大分気持ちがスッキリした。

 ギターをアンプから抜いてケースに戻す。冷めたコーヒーを飲もうとした時俺は視線に気がついた……


 窓の外にメイがいた。


 一瞬【祝福】が届いたかもしれないと思ったが、多分大丈夫だろう……

 前にオッサがいた時もだったが、フリューメこっちに来てから照明がない暮らしになっているので基本的にカーテンを開けっぱなしにしている。その弊害がモロに出たようだ。

 非常に気まずい。メイを直視できないので、そのままコーヒーを口に含む。

 コーヒーの効果ではないだろうが、恥ずかしさから一気に熱が冷めたのもあり当初の目的だった『楽曲リスト』のことを思い出す。そして、思い直す。


「楽譜より曲リストが必要ならCDがヒントになるのじゃないか?」


 大人になってから、楽曲配信システムが流行したおかげでCDを買うことがなかったが俺が学生のころはCDが主流だった。

 CDの中にはコンピレーションアルバムといってアーティストを縛らずあるテーマに沿った楽曲が収められているCDがある。そのテーマでアルモロみせに合いそうなCDを探してそれに収められている曲を弾いた方が効率がいいと思ったのだ。


「CDはあっちの段ボールの中か……」


 フリューメこっちにきて片付けをしたが、CDの入った段ボールは開けずにそのままだったので段ボールを開けなければいけない。

 メイとオッサを待たせることになるが『ちゃんとした成果を上げる方が大事だろう』と思い、意を決して『インストCD』と書かれた段ボールを開ける。

 懐かしいCDが並ぶ中ある背表紙が目についた。


「これがいいかもしれない……」


 そのタイトルは『ピアノイージーリスニング集ベスト』というタイトルだった。早速取り出して曲のリストを見ると。思った通り『秋』をイメージしたアルバムに収められている有名曲や、全て白鍵で弾けるオルゴールの踊り子をイメージした曲、フランスの作曲家が生まれたばかりの次女のために作った曲、マジシャンがステージのBGMとして使う曲などが二十曲ほど入っていた。


「よし、これにしよう」


 一瞬ドビュッシーのCDも目に入るが、なんというかドビュッシーやショパンなんかはやっぱり『ピアノで弾いてナンボ』みたいなところがあるので一旦我慢する。

 段ボールをそのまま放置しバッグにCDを入れる。どうせCDを再生できる機器がないしCDをそのまま持っていっても何も問題はない。


 他に持っていける楽器もないか考えて見たがこうなると鍵盤楽器が欲しくてたまらなくなるが、見つかったのは鍵盤ハーモニカ。


「これはちょっと違うよな……アコーディオン買って勉強しておけばよかった……なんだかんだ、色々楽器は持っている方と思ったが結局鍵盤ピアノ系と弦楽器ギター系に偏りがあったんだな……」


 アコーディオンにしてもピアノの音色には程遠いし、など目的は違うのだが思考が変な方に行ってしまう。


「というか楽器を買う時に消耗品の有無という観点で選択したことなかった……おっ!」


 ふと目にしたのは折り畳み式の鉄琴だ、木琴ならフリューメこっちでも結構簡単に再現できそうだと思ってバッグに入れる。ついでに見つけたティンホイッスルも入れる。


「うん、今日はこれくらいでいいだろう」


 残ったコーヒーを口に入れ、バッグを持ちキッチンの方に戻る。ちょっと気まずいがオッサ達の食器も回収しなければならないので玄関を開けて外に出る。


「――ソウタ……ワシらも悪かったと思うが、不可抗力とは言え……」


 俺の姿を見て口を開いたのはオッサだったが言葉の歯切れが悪い。


「――お湯の件は俺も頭を冷やしたので……俺も悪かったです」


 今回のは大人気なかったと反省はしないが、大人であれば自分も謝るのが筋な気もするし、雰囲気を悪くしたのは俺だろうここは素直に謝っておく。


「――いや……まぁ、メイから聞く方がよいじゃろな……」


 なんとなく、俺を怒らせたことじゃないことを言おうとしている感じがした。メイが説明してくれるのを待つが方いいのか、どうするべきか迷ったが、ここでやらなければいけない事は終わったので片付けの準備をする。


 俺がギターを弾いたり家の中で色々やっていたのもあるが、コーヒーもお茶もお湯を入れたはずの容器を見てみると全て空になっていた。

 正直、感想を聞きたいが、さっきあれほどキレたのに何事もなかったように「どうだった?」とは聞けない。とりあえずおぼんトレーを回収しようとする。


「――まって……」


 メイが俺の手を止めた。

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