第45話 GET/POST

「どうした?」


「今日出してもらったこれってアルモロおみせの為に持ち帰ったらダメ?」


「??」


 コレとはどれなんだろうか?


「これってどれだ? 何を指してるのか分からんので教えてほしい」


 正直マグカップを持っていかれるとこっちに帰った時にコーヒーやお茶が飲めなくなるから勘弁してほしいし、たまには湯呑みで緑茶を飲みたい時もあるから湯呑みも捨てがたい。


「できれば、全部」


「いやいや、全部はねーだろ」


「ダメかな?」


 お笑いのラジオを聞いていたので我ながらめっちゃ早いツッコミができたと思うが、全部はダメだ。


「悪いが、マグカップは俺がこっちに帰った時、この湯呑みもこっちでお茶飲みたい時に使うから、それ以外ならまぁ――」


「ホントに?」


 ソーサーとコーヒーカップぐらいならマグカップを再現しようとしてるのと同じで近未来再現技術ニルテクノロジーに当たると思うから問題ないだろ。


「あぁ、まぁ使ってなかったからな……ちょっと洗ってくるから待ってろ」


「いや、そのままでいい――そのままでお願いします」


 いつもより丁寧に言ってくるメイ


「流石に水分があると持ち運び中に不安があるからちょっと拭くやつ持ってくる……」


 俺は家の中に入ってキッチンペーパーを持ち出しメイ達の元に戻ると、コーヒーカップを拭き始める。


「これは……」


 失敗した。癖でキッチンペーパーを持ってきたがキッチンペーパーは再現不可超越技術オーバーテクノロジー近未来再現技術ニルテクノロジーのどっちなんだろうか……迂闊だった。


「あぁ、俺のいた所では布で拭く文化もあるが、汚れるものなどを拭く時には紙を布のようにして使って捨てる文化がある。それがコレだ……」


 因みにオッサは俺とメイのやりとりを黙って聞いている。色々言いたいことがあると思うが俺がキレたのを察して今回は黙っていてくれているんだろう。

 いずれほとぼりが冷めた頃に嫌味として蒸し返されるのは予想が付くが、このタイミングで何か言われるよりは良い。


「これ捨てちゃうの?」


「あぁ、汚れ物だから当然捨てるだろ……」


「これも持って帰ってはダメ?」


 メイが指差したのはもう拭き終わってゴミになったキッチンペーパーだった。


「それは、ゴミだぞ?」


「どうしても欲しいの……」


 確かに、お茶を扱うアルモロでキッチンペーパーがあれば色々な所で役に立つと思うがかなり危険な気がする。


「うーん……」


「どうせゴミじゃったら譲ってやったらどうじゃ?」


 ここでオッサが出てくるか……オッサの視点からするとたかがゴミだがメイは明らかに商売人としての目線でゴミじゃなくキッチンペーパーの技術を欲しているし、俺は俺でこれが異世界フリューメに広がることを危惧する。


「すまん、後で理由は伝えるがやっぱりコレはダメだ」


 キッチンペーパーが引き金となっているが、この家の事や文字を知らなかった事などを考えるとそろそろ俺が異世界から来たということをメイには伝える時期な気がしている。


「分かった。それ以外ならいいのよね?」


「あぁ、さっき約束したからな」


「本当ありがとう!」


 そう言ってメイは、俺が未だ吹いていない急須をバッグに入れようとする。


「ちょっと待て!」


「どうしたの?」


 急須は予定外だった。いや確かに間違いなくメイはおぼんトレーに乗っているもの『全部』と言った。そこには半分だけ使われたコーヒーシュガーの残りや丁寧に折りたたまれたインスタントコーヒーが入っていた空の袋もあるし、急須もある。下手するとおぼんトレーも『全部』の中に入っているんだろう。

 そもそもマグカップと湯呑みがあっても急須がなければお茶を入れることはできない。本末転倒とはこの事だろう……


「もしかして、その急須の中の茶葉も、このコーヒーが入っていたゴミも使いかけの砂糖持って帰るのか?」


「これキュウスって言うのね! そうよ。ソウタがちゃんと許してくれてよかった!」


 メイが満面の笑みで俺に伝えてくる。その笑顔は商売人としてではなく俺を怒らせた反省と、それなのに持ち帰ることを許してくれた安堵が入っているのを感じた。


「――そ。そうか……」


 あれだけキレた後、冷静になり、キッチンペーパーを全部持ち帰ることをダメと言ったのに、今更急須やその他のものをダメという勇気が俺にはない。

 むしろ技術や文化の色々なものを考えるのであればキッチンペーパーをOKにして、急須の茶漉しやアルミが使われている可能性のあるインスタントコーヒーが入っていた袋の方をNGにした方がよかったと思う。

 完全に俺が悪い。


「急須もちゃんと水分をとった方がよくないか?」


 待てと言った手前無理やり止めた言い訳を考えた結果の返答をする。


「あー、うん。でもこのままの方が色々分かるから……」


 急須が一瞬光った気がする、いや光った。そして俺は理解している――今、使と……


「因みにこのおぼんトレーは持って帰らないよな?」


「うん。それはお店にも形は違うけど似たようなのがあるから大丈夫!」


「そ、そうか……」


 俺は上にキッチンペーパーのゴミだけが置かれたおぼんトレーを家の中に持ち帰る。

 自分が飲んだコーヒーカップを洗うと謎の敗北感を味わったまま持ち帰る荷物をまとめると玄関の鍵を閉める。


「――さっきは本当にごめんなさい。あと今日持ち帰るものはちゃんと返すからね!」


 メイはしっかりと再度謝罪と返済の約束をしてくれた。返してくれるのはありがたいが正直コーヒーの袋とか返されても困る。


 三人それぞれに思う所があったのだろうチェリアまちへの帰路は行きであれだけテンションの高かったメイも特に質問をすることなく着いてきている。

 パーティの順番は行きと同じオッサ、メイ、俺の順で、もし、この状態で冒険者ギルドに行ったらパーティの名前を『無言』で登録されるぐらい会話がなかった。

 まぁ、唯一質問が飛んだのは俺が管理している赤のビニールテープビニテに対して「これって何?」という質問があったが、俺が「行き来するための目印」という話をしたら納得してくれた。


 ◇◇◇


 急造パーティ『チーム無言』は無事にチェリアまちへ帰るミッションを果たし門の所で解散となった。オッサが同僚の門番にメイのような特別な人が帰還した際の手続きの質問をされて教える事になったからだ。

 どちらにしてもあの雰囲気だと打ち上げすることもなくオッサは自分の家に直帰していたと思うので問題はなかった。


 屋敷に着くと十二時を超えていたので、各自部屋に戻って荷物を下ろしたら昼食にすることにした。

 いつまでも雰囲気が悪いままいても仕方ないし別々に食事をするのものでいつも朝食を食べている部屋に集合することにした。

 午後のことを考えるとクッキーの作り方が分かった方がいいので家庭科の教科書をチェックする。高校の時の家庭科の教科書に載っていたが作った記憶がなかった……というか作ってないと思う。

 俺は意外と調理実習の時間が好きだったので小学校の時に味噌汁を作った時から結構覚えていて、学校でお菓子を食べるという行為を忘れるとは思えないからだ。

 そういえば、中学の時に調理実習とは別で理科の時間にカルメ焼きを作る授業があって失敗したのを思い出した。

 実際フリューメこっちで作るとなると材料やオーブンなど色々な問題が出るだろうし失敗することを前提にやるしかないだろう。

 念の為該当のページに折り目をつけると、カートさんや他の人に日本語の表紙や中身を見られたら困るのでバッグに入れて持っていく。


 部屋に着くとカートさんが居て「お疲れ様でした」と声をかけてくれる。アルモロみせの方が心配だったが増援した六人のスタッフが仕事に慣れてなんとか回るようになったらしい。

 オッサと俺の家に行ったのを後から知って「行きたかった」と言っていた。カートさんがそういう自分の希望を言う事が珍しくてちょっと驚いた。

 そんな話をしていると俺の格好を見てカートさんが俺の左手を見て不思議そうにしていていた。


「メイと午後話をするので本をこちらに入れているのです」


 中身のチェックをするつもりがないのも分かってるいるので正直に申告する。


「ソウタ様お食事する時にはバッグなどは極力携帯しない方がよろしいです。食事の場は社交の場でもありますので万が一袋の中身が武器の場合など揉め事につながる可能性があります。今後は必ず事前にお預けくださいませ」


「すいません、お預けします。ご注意ありがとうございます」


『お預けします』という話し方が正しいのか別としてこういう『注意してくれる存在』というのは中々貴重でありがたい。というかメイが羨ましい。

 ガキの頃には注意というのがウザかったが大人になると「あぁ、ただの非常識な人ね」で離れていくし、わざわざ他人を教育する必要性もない事に気づく。中身が36歳でよかったと思う、色々感謝だ。


 屋敷ここに来て一番思うのは高貴な振る舞いというか、マナー的なものが欠落していることだ。日本に居た時に階級みたいなものを意識することがなかったし目上の人に敬語っぽいものを使っておけばそこまで問題にならなかったが、屋敷ここに居候をしているということはいくら引きこもっていても他人から見たらこの屋敷の人に見えるので『郷に入れは郷に従え』だと思っているし少しずつ覚えて行きたい。

 この辺の組織に属するための『諦め』というかはオッサンだから分かるが、これを素の年齢でやっているメイはやっぱり凄いと思う。


 本を預けた後もメイが中々来ないのでカートさんに質問をする。まずはこの部屋の名前だ。

 この屋敷の説明をされる時、この部屋からはじまったのもあって部屋の名前を聞くのを失念していた。

 自分の中でこんなでかい物件に住んだ事ないし、不動産を見る時も3LDKぐらいの間取りでしか見ていないので『リビング』『ダイニング』『キッチン』ぐらいの言葉しか知らない。

 そうなるとこの部屋は台所がないので『ダイニング』『キッチン』でもない、なのに『食事専用』なので「リビング」とも違う。

 会話をする時は「いつものご飯食べてる部屋で」と言っていた。カートさんからの正解は「主食堂」ということだった。


 金持ちの家には『食堂』があるというのを今脳内にインプットした。


 確かに、この部屋よりやや狭い部屋を「こちらが第二食堂です」などと案内されたが他の人が食事をしているところを見てなかったし、あの時は部屋の名前を覚えるよりダンジョンを巡っている感覚で捉えていたので「食堂」という言葉を完全に失念していた。

 尚、屋敷を改築して店を構える前まではカフェテラス的なものがあってそこを店のスペースにしたという話も聞いた。

 元々この屋敷にはカートさんと合わせて従者が三人いるが、お店のスタッフを兼任しているらしい。他の従者を全然見かけないので『階級でも違うのかな?』と思っていたが今は店が流行りすぎているのでタイミングが合わないだけらしい。とは言え、店のをしているカートさんは従者の中でも特別枠なんだろうというのは感じ取れる。


 一頻り屋敷の事を聞いたが、必要以上に大きな家に住むというのは本当に大変だと思う。掃除はもちろん誰かと話をするのもいるかどうかの確認をしなければならない。

 現代日本なら家の中にいて部屋が遠いから「今話があるんだけどリビングに来れる?」と一々スマホで尋ねるみたいなもんだ。面倒くさすぎる。

 よく勝ち組の転生者が物語の序盤の方で割と早めに豪邸を手に入れるが『よく使い方が分かるな』と感心する。

 さっき家では泣いてしまったが、俺は魔物モンスターや魔王などの【悪者】に転生はしてないし、命をかけて戦う事もせずをしているので負け組の意識はない。むしろ世界を巻き込むレベルの活躍をしてしまいプライベートの旅行中でも困った人を助けないといけないというのは辛いと思う。


 そんな事を思っているとやっとメイがきた。

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