第43話 マルチタスク
休憩するまでオッサを先頭に歩いていたが怒られたのもあり俺が先頭を切って歩く体制になった。
オッサのようにまるで目印を見てないように歩くことはできないが、林に入ってもビニテの目印と慣れもあり普通に近い速度であることができる。
「――何あれ……」
林を抜けて俺の家が見えるとメイは絶句した。
「あれが俺の家だ」
『そうなるだろうな……』という予感はしていたのでそのまま足を進める。
毎度のように、ゴブリンのような魔物一匹とも出会わないまま家の前まで着く。
「何度来ても異様としか言いようがない……」
「――呪いの家と言われても納得しかないわ」
この世界では俺の次に見慣れているはずのオッサも『異様』と表現しているのは屋根の瓦などの外観の色々なものが
最近
「メイはどうする? 入ってみるか?」
以前オッサが訪ねてきた時家に入るのを躊躇ったため一応聞いてみる。
「見るだけにしておけ、何かあった時にアノーに説明できん」
メイに聞いたはずなのに、オッサが答えている事に違和感を持つが、逆の立場だったら『同じ事』を言うかもしれないと言葉を飲み込む。メイも声には出さなかったが、
「んじゃ、ちょっと待ってろ」
鍵を開けて家に入る。
やはり
「長期の海外旅行とか行って帰って来たらこんな感じなのかもしれないな……」
そんな事を呟きながら、家庭科の教科書を探し始める。
面倒なので小・中・高校時代の三冊全部を持っていく方がいいだろう。あと今回は楽譜もいくつか持っていきたいので選別作業も必要だ……そうして楽譜を見繕うとしたところ玄関の方から声が聞こえる。
「――ソウター? 大丈夫なの?」
急いで玄関の方に戻ってドアを開けると、メイが心配そうに立っている。
「大丈夫って何がだよ?」
「いや、その流石に心配になるでしょ?」
何の心配をしてくれるのか意味が分からないのでそのまま質問する。
「心配って何が? 俺の家だぞ?」
「そ、そうよね。なんというかこのまま居なくなりそうな気がして」
変なフラグを立てないでほしいと思いつつ、だったら家ごと地球に戻れる気がして頭を悩ませる。
俺の
完全防音の環境は嬉しいが、それならその完全防音の部屋でおやつを食べながら日本で楽しんでいた仲間とネトゲ三昧できるのが理想だ。
これを他人が見たら『未練たらたら』と言うかもしれないが、日本の生活に不満もなく、死んだわけでもない、まして異世界で冒険者になりたいという欲求もなかったので仕方ないと思っている。
「――終わった?」
「あぁ……」
いつものように俺の思考が終わるのをメイが待つ。
「じゃぁ、お茶をお願いします!」
「はっ?」
「『はっ』じゃないでしょ
それは『お前の中の常識じゃないのか?』とも思ったが、初めてオッサの家に行った時も味が全くないお茶を出してくれた。日本で働いている時も外部の会社の方が来た際は必ずお茶を出したりしていたので、これは俺があまりに人を呼ばなすぎて欠落した常識なのだろう。
「メイ、ソウタに常識を求めるのは間違っておるぞ」
オッサがまぁまぁの事を言うが、いつものオッサだと思って聞き流そうとしたが俺はコーヒーを断られたことを思い出した。
「いやいや、前に俺がコーヒーを出したら断ったでしょ?」
「コーヒーとはあれか? お前さんがお湯を飲ませた時のアレか?」
「え? ソウタの地元ではお茶のことをコーヒーというの?」
この会話が合わない感じは何だろうか……多分、それぞれがイライラしてる気がする――いつものように面倒になってきた。俺は楽譜を探したいのだ。
「分かった、とりあえずお茶は用意する。オッサさんもメイも外で飲む感じでよいですか?」
家に入りたくないのであれば、この前のように異世界ピクニックスタイルでやるしかない。
「ワシは腰掛けを持ってきたし、メイの分もちゃんとある」
準備がいいというかなんというか……そこまでして俺の家に『入りたくない』というのもなんとなく不快に感じる。
「じゃぁ、こっちで座って待ってる」
メイもピクニックスタイルで過ごすようだ。まぁオッサだけ外に居られても困るので都合がいいが。
「んじゃ、用意します」
俺は、キッチンの方に向かいお茶の準備をするが、ここで『日本のお茶を出して良いのか?』という大きな疑問が出るのでもう一度外に出て確認をする。この動作自体が面倒くさい。
「なぁ、メイ」
「なぁに、もうできたの? 早いね?」
「違う、お前の言うお茶ってウチのお茶でいいのか?」
「コーヒーってやつでしょ?」
「違う、それはまた別の飲み物だ」
「違うの? 叔父様からは黒くて禍々しい苦いお茶って聞いたけど」
すごいな、コーヒーを禍々しいと表現するオッサの感性に感服する。
「コーヒーは禍々しくない! 俺の中でお茶と同等の……いやある意味お茶より高級な飲み物だぞ?」
コーヒーとお茶を比較したことがないので表現に困るが、分かりやすく金額で表現してみる。
「何を言うておるのじゃ、お前さんのアレと同じくらい黒かったじゃろ? ワシが見ておらんとでも思ったのか?」
オッサの言うアレとは俺のステータスカードのことだろう、メイが知らないと思っているのでボカしていると思うが。
こっちの人は『黒=呪い』というイメージがあるのか毒でも飲んでいると思っているのだろうか?
「オッサさん、メイは俺のカードのことを知っています。あとコーヒーを呪いの飲み物みたいに言うのはやめてください」
「お前……」
オッサはいつものように眉間に皺を寄せ、右手を額に当てる。
「で、ソウタの言うウチのお茶って何? コーヒーは?」
「あぁ、えっと俺の地元でもお茶があるがなんというか――うーん。まぁ、お茶なんだよ。ただ、店で出してるものやメイがいつも作っているものと葉っぱが違う」
「それはそうでしょうね。同じ種類の茶葉でも生息地域や収穫時期によって味が違うんだから」
「あぁ、うーん。いや困ったな……」
なんだろう通じない、これなんと言えばいいんだ? 俺の人生で異世界と地球のお茶っ葉の定義の違いについてなんて説明する準備なんて思ってなかった。
「ソウタ、コーヒーは呪われてないの?」
俺の思考がまとまる前にメイが質問を続ける
「あぁ、ここで何と言うのか分からんが、俺の地元では『天に誓う』というのを絶対に嘘じゃないという表現で使うが、天に誓って呪われていない」
「でも、毒々しくて苦いんでしょ?」
「メイ、お前お茶には渋みや苦味があるだろ? それをそのまま言って、その乾燥した茶葉が黒いからって言って『呪われている』と表現されたらどう思うよ?」
「とてつもないバカだと思うわ」
「だろ? 同じだ」
正直、お茶を淹れろと言われたのにココまで揉めるとは思わなかった。非常に面倒くさい。正直出す気がなくなっている。
「あと、なんというか俺の地元のお茶は『生息地域が違う』とかそういう話じゃないんだ。お前がこの家の見た目を『異質』と捉えているように、ウチのお茶が同じ感覚で異質だと感じる可能性がある」
自分が快適だと思っている家を異質と表現するのは何か引っかかるものがあるが、とりあえず結論を急ぎたい。
「うーん、飲まなければ問題ないから実物を見たいわ」
こいつ滅茶苦茶失礼だなと思うが、確かに見てもらった方が早いと思うので従うことした。
「分かった。もう俺のやりたいようにやるから少し待ってろ」
イライラした俺は玄関を閉めると、お湯の準備をする。久々に蛇口をひねるがこの行為自体が安心する。
一応、新鮮な水にしたいのでしばらく水を流すと、ヤカンに水を入れガスコンロに火を着ける。
三人分だったらそこまで時間がかからないと思っていたが、コーヒーとお茶両方を用意することになったので沸騰するまでしばらく時間がかかるだろう。
イライラしてる気を落ちるけるために楽譜を探しにいく。
というか、こういう時こそお茶やコーヒーを飲んで気分を変えたいのに何をやっているんだろうと思ってしまう。
一旦、小・中学校の時代の音楽の教科書を持っていくか悩むが正直実用性があるか? と言われるとないと判断できるので違うものを探す。
他には自分がピアノをやっていた頃の楽譜や、学生時代に買ったバンドスコアや採譜をした楽譜があるが、なんとも決め手に欠ける。少なくとも
「参ったな……」
このままだと家庭科の教科書だけになってしまう、せっかくのチャンスだしできれば実用的な曲を練習したいと思っていたので何かは持ち帰りたい。そんな事を考えているとどうやらお湯が沸いたようだ。
笛のついているヤカンは使っていないが、長年の勘でお湯が沸いたことは分かる。
キッチンに戻り急須に茶漉しをセットしてお茶を入れ、そこにお湯を流し込む。高いお茶なら少し冷ました方がよいらしいが、ウチは実家のころから800円くらいの煎茶を熱いお湯のままこうやって淹れていた。
――で、俺はここで気づいた。
「コップが人数分ない……」
一応、マグカップが一個と、一度も使っていない小さめのコーヒーカップセットが二個、取っ手のない所謂湯呑みが一つの計四つしかない。ぶっちゃけ今日ぐらいはコーヒーを飲みたい。地球に帰れないのであればコーヒーはとてつもなく大事なものになる。
で、そのコーヒーをメイと俺が二個となると、小さめのコーヒーカップに使うのがいいだろうが、なんか夫婦みたいで気が乗らない。
そんな事を考えている間に面倒臭くなってきたので、コップ類四つと急須を
「お待たせいたしました……」
玄関を開けてちょっとキレながら
「で、オッサさんはどうするんですか? お茶を飲みますか? それともお湯でいいですか? それともコーヒーにしますか?」
「ワシはお湯でよい」
ほら、こうなる。大体メイなんてお湯を魔法で作れるし、話を聞くにオッサも自分でできるのに……せっかくお湯を沸かしたのに憤りを感じてしまう。
「どの器を使いますか?」
感情を隠して一応聞く、こういう時年配者から聞いた方がいいのかメイのようなお嬢様的な人から聞いたらいいのか分からないが、メイとオッサは身内なのでオッサからで良いだろう。
「これでいい」
オッサは一番大きなマグカップを指差した。前回の使い心地がよかったのかもしれない。
「分かりました。ちょっと待ってくださいね」
俺は、一度家に入り、ヤカンを持ってきてオッサが使うマグカップにお湯を注ぐ。正直滅茶苦茶面倒臭い。
「――ソウタこれは……」
その瞬間俺はキレた。
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