第42話 async

「――なんか遠くない?」


 チェリアまちを出て30分くらいした頃だろうかメイが文句を言う。


 因みにメイはここに来るまでオッサに色々質問しまくっていたので、俺は凄く楽に来れた。ありがとうオッサ!


「じゃぁ、もう少し行ったら休憩にするかの」


 なんだかんだでオッサも姪には優しいようで、俺の時には一度もしなかった休憩を設けてくれる。


「叔父様ありがとう!」


 16歳というと難しい年頃の女の子という認識だが、素直にお礼が言えるのはアノーさんやカートさんの教育賜物なんだと思う。

 その後、五分程度歩いて休憩になったがが問題だった。休憩場所はあの俺が号泣していた場所のすぐ側だったのだ。

 姪も叔父も似た性格しているなと思わざるを得ない。


「じゃぁ、お茶にしようよ!」


 大きめの石に腰掛けたメイがバッグからを取り出す。


「ちょ、メイ!」


「いいよねー。紙コップこれ! 軽いしさー。重ねられるし!」


 まるで自分のもののように扱うが、もうをツッコんでも仕方ないのでスルーを決めた。オッサも紙コップを見ているが俺の事情を知っているのとメイのこの状態で何も言わないことを決めたようだ。

 ただ、俺はここで気になることがある。それはお湯の準備だ。水をどうするのか非常に興味がある。


 アルモロみせでは高さ20cmくらいで直径が7〜8cm程度の陶器でできた円柱状の容器ビーカーがあり、それにお湯を入れ、その上から大きな荒めの布を被せてそこに茶葉を置きお湯に布ごと沈める。一定時間経ったら布を取り上げお茶を完成させる。

 お湯の量、使う布、茶葉の量、時間などは全てメイが決めており細かく管理されていて、これが店の味の決め手になっているのは間違いない。


「よいしょっと」


 メイが16歳とは思えない掛け声と共に出したのは店で使われているのと同じ陶器製円柱容器ビーカーだった。


「割れなくてよかったー」


 そう来たか。まかさそのまま持ってくるとは思わなかった。拘りがあるからこの方式を使っていると思ったがここまでしてお茶を飲みたいとは思わなかった。


「メイ、お前もし紙コップがなかったらどうしたんだ?」


「え? そりゃぁ普通に使ってる湯呑みコップを持ってくるに決まってるでしょ?」


 そうだコイツはお茶馬鹿だった、それも超弩級の!


「お前、割れる可能性は考えなかったのか?」


 陶器製円柱容器ビーカー湯呑みコップを三つは中々の重さになると思うし、まして持ち歩くとなると取り扱いがシビアになる。


「いや、前も言わなかったっけ? 魔法でコーティングしてるって?」


 忘れてた! ここは魔法が使える異世界、炎や雷撃を打つ攻撃魔法ばかりじゃなく見えない魔法も沢山あるってことだ。


「おい、ソウタ。普通は湯呑みコップをコーティングなんてせんからの?」


 それも聞いたな。


「でしょうね」


 俺も頷く。今日はオッサと気が合う貴重な日だ。


「物は大事にするのが商売の基本でしょ?」


 まぁ、そうだが物の強度を上げる前に『ティーバッグ』や『急須』の存在、金属加工がどこまでできるか分からないが『茶漉し』など簡易的なグッズを作る方が大事な気がするな。


「で、お湯はどうするんだ?」


 きっと魔法でどうにかするんだろうが、一番気になるところなので聞き出す。


「水? 水はこうでしょ?」


 メイは陶器製円柱容器ビーカーを両手で持つ。


「あちちち……」


 いきなりお湯が現れた。一瞬『すげー』って言おうとしたが悔しいので我慢した。


「相変わらず、無茶苦茶じゃな……」


 オッサは眉間に皺を寄せる。


「そうかな? だって面倒でしょ?」


「ふぅ、ワシはいいがソウタの前じゃぞ? そのやり方は自重するようにアノーから言われおるじゃろ?」


 どうやら魔法でお湯を出すのがNGだったようだ。便利なのに自重しなきゃいけないってのは可哀想な気がするがなにか理由があるんだろう……


「叔父様だってお茶飲みたかったら普通にやるでしょ?」


「やるわけなかろう? 普通魔法は一個ずつじゃ! 水を出してからお湯にするのが普通じゃ! 大体外だったら水で充分じゃろ!」


 おぉ、叔父さんキレとるな。そっか自重するってのはお湯を出すことね。


「叔父様分かってないなぁ、魔法でできた水を魔法で温めるのと、お湯の状態で出すのとは味が違うのよ?」


「だから、水で充分じゃといっておろう!」


 どんだけ拘ってるんだ? とは思うが俺は気になった質問をしてみる。


「なぁメイ、もしかして店のお湯も全部お前が作ってるのか?」


 メイはこっちを見ると眉間に眉を寄せる。うん君ら身内だね。そっくりだ。


「何言ってるの? 私が今いないのに店でどうやってお湯を作るのよ? 大体魔法で作ったお湯もちゃんとしたお湯には敵わないし、お茶によって水を分けるのは常識でしょ?」


 怒られた……


「す、すまん」


 メイのあまりの勢いに謝ってしまうが、魔法でできた水なんて飲んだことないし、店にメイがいない時は『カートさんや別の人が魔法で作ってるのかもしれない』というのが頭に浮かんだだけなんだけどなぁ……


「叔父様もソウタも早くお茶を用意したいから少し黙って待っててよ」


「なっ……」


 メイは俺にキレた勢いでオッサにも逆ギレした状態になり、オッサは言葉を失ったようだ。16歳というと難しい年頃の女の子は怖い。

 メイは茶漉しようの布と茶葉を取り出し、お湯につけるとお湯の状態をずっと観察している。しばらくして「よしっ」と小さくつぶやくと布を取り、布ごと茶葉を乾燥ボックスに入れる。


 どんだけ、バッグに入れてきたんだ……


 これを準備が良いとは言わないだろう、ただのお茶馬鹿だ。メイは慣れた手つきで陶器製円柱容器ビーカーからそれぞれの紙コップにお茶を注ぐ。


「はい、どうぞ! サポーターを忘れたので上の方を持って飲んでくださいね!」


 やっとできたようだが、これを外でやるのはフリューメこのせかいでも彼女だけだと思う。


「ありがとう……」


「いただこう」


 色々言いたいことはあるが、一口飲む前に何か言うとまた怒られそうなので一旦口に運ぶ。


「美味い!」


「ふむ……ワシはもっと薄い方が好みじゃがの……」


「叔父様は水が基準ですからね、正直入れ甲斐はないですが私が飲みたいのでいいのです」


 これがワガママというやつだな。一応感想を言ったので俺は陶器製円柱容器ビーカーを右手で指差し気になったことを聞いてみる。


「なぁ、メイその容器ビーカーにどうして取っ手をつけないんだ?」


「あっ! 確かに!」


 メイは目を開く……


「マグカップで思いつかなかったのか?」


「な、慣れてる作業ってあまり見直すことないでしょ? これが当然というか自然というかさ」


「まぁ、メイの言っていることも分からんでもない。大体お前さんは視点や考え方がおかしいんじゃよ……」


 オッサがメイのフォローをしつつ俺をディスる。オッサの唐突な裏切りに俺が驚いてしまう。


「いやいや、俺はアルモロみせで役に立つことを……」


「あのなぁ。メイはお前さんの家に今回初めて行く。つまりお前さんの事情を知らんのだぞ? なのにコレは何じゃ?」


 オッサが右手に持っている紙コップに視線を落として俺に質問を叩きつける。


「いや、それはなんというか……成り行きで……」


「メイもメイならお前さんもお前さんじゃの……」


「「一緒にしないで!」ください!」


 俺とメイの声が揃ってしまう。正直ここまでお茶馬鹿のメイと一緒にされたくはない。

 もちろん、メイのお茶や店の経営に対する姿勢は尊敬する部分もあるが正直レベルだ。俺はその情熱というか暴走に付き合わされた被害者でしかない。


「叔父様、私はビジネスにおいてソウタのように契約をするような人間ではありませんわ!」


 メイは語気を強めて自分の正当性を主張するが、に魔法契約で俺がタメ語を使えなくしたのはメイの方で明らかに主張がおかしい。


「おい、最初に俺が敬語を使えなくしたのはそっちだろ? あれをズル賢いと言わずに何をズル賢いというんだ?」


「もちろん、フリュー――」


「二人共やめい!」


 エキサイトする俺とメイにオッサが今までで一番大きな声を出した。


「――っ」


「……ごめんなさい」


「まぁ、謝るだけメイの方がマシじゃの……」


 いやいや、謝る所じゃないと思う。魔法契約で最初に仕掛けてきたのはメイの方だ、これだけは譲れない事実である。


「若いということのは羨ましいのぉ」


 中身36歳の俺と16歳のメイに向けてオッサがしみじみと言葉を投げかける。

 そう俺はメイよりも20歳も年上なのだ。もっと大人の余裕を見せるべきだったのは反省しなければならない。


「取り乱しました……」


 こういう時の謝り方が分からないので変な返しになっているが反省した意図は伝わっただろう。


「もう、ええわい。とりあえずそれだけ元気があればあの家までは行けるじゃろ。さっさと飲んで出発するぞ」


 年の功というのかなんというのか、オッサの言葉に俺もメイも無言で従う。本来お茶馬鹿のメイに向かって「さっさと飲め」というのは禁則事項タブーだと思うが、メイは自分の失態を反省しているようで今は大人しくしている。

 アノーさんに対して怒った時もここまで感情を見せたことなかったのは、きっとビジネスマンとして感情をコントロールすることを学んでいるからだろう。


 俺もビジネスでは仕事では『キレた方が負け』というのをよく聞いてきた、むしろ『そういう時こそ冷静にやできるようになるとチャンスに繋がる』と。ただIT技術者エンジニア業務の中ではあまりそれを実感することがなかったが、メイは俺のビジネスパートナーである。

 約十年以上も社会人経験が違うのにすぐに謝れなかった自分が情けない。


 36歳でそんな反省をしつつ俺はお茶を飲み干し、紙コップを下に向けて水分を落としメイに返した。

 オッサは俺の仕草を真似して同じく紙コップを返すとメイも同じ動作をして、出していたお茶セットをバッグにしまう。


 そのバッグを見てせめて荷物の少ない往路だけでも女性の荷物をもってあげなかった自分を余計に後悔し俺たちは林の方へ向かって歩き出した。

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