第41話 WAN

「おはようございます。ソウタ様」


「おはようございます」


「おはよう。スッキリした顔してるわね」


「おはよう」


 朝食の部屋に向かうとカートさんメイが先にいて挨拶をしてくれる。

 やることが明確になった分、気持ちはスッキリしているが表情にも出ているのだろうか、それとも久々に楽器を弾いた楽しさの余韻が出ているのだろうか?

 とりあえず、椅子に座って朝食を待つ間、今日やりたいことをメイに伝える。


「メイ、今日は茶葉を使った実験をしたい」


 本当は昨日、色々と話をしようと思っていたが、説教を説教をしていたので軽食に関しては何も進んでいなかった。


「わかったわ。何か用意するものってある?」


「あー。えっと、確か卵とパンの材料になってる小麦粉と砂糖があれば大丈夫な気がする」


「ということはもう試作品を作るってこと?」


「そのつもりでいるが……」


 メイは眉間に皺を寄せて


「その実験を私の部屋でやろうとしてた?」


「何か問題が?」


 こういうのには乗り気だと思っていたメイの反応に驚いてしまう。


「流石にキッチンで専門家を交えてやるべきじゃない?」


 そういうことか、まぁいくら部屋にキッチンが付いていると言ってもちゃんとしたキッチンでやるべきだろうな……


「――おっしゃる通りで……」


「ワガママと短絡的なのはので注意しなさい」


 まるで母親のような注意の仕方をするメイに苦笑しかない。


「OK」


「なんか、そこでオーケーって使われるのに抵抗を感じるわ」


「便利だろ?」


 そこまで話すと、カートさんが朝食を運んできてくれるので一旦ご飯をいただく。


「あのさー。ちゃんと作るために俺、また一度家に帰りたいんだよね……」


「あなたの――」


 メイの声が明らかに途切れた。多分禁則事項タブーにひっかったんだろう


「うーん、早かれ遅かれだと思うが、メイも俺の家を一度見た方がいいかもな……」


「どういう意味よ?」


「そうやって一々話が切れるの面倒だしさ、多分ある程度の事を知っていた方がお互いビジネスがやりやすいと思ってな」


 メイもカートさんも昨日の契約事項を見てしまったので『音楽』や『楽器』という概念は知らなくても『文字列としての言葉』は知っている。

 今後、俺がやろうとしていることを早めに知ってもらい、音楽や楽器の領域と分かっていてもらった方が後々トラブルになりにくいと思った。


「隠し事は少ない方が良いのは分かるけど。あなたの家ってこのチェリアまちの外でしょ?」


「あぁ、まぁ片道一時間かかるかかからないか? くらいだと思う」


「……まぁまぁかかるわね……あとチェリアまちの外となると私一人じゃぁ行けないのよ」


 なるほど、お嬢様には的な人が必要ってことね。知ってる知ってる。


「あー、俺が従者みたいなのにになってもいいけど何か契約が必要なのか?」


「「ソウタ!」様!」


 メイとカートさんが一斉にすごい顔をしてこっちを見る。


「お、おぅ、どうした? 冗談だぞ? 冗談ですからねー」


 あまりの二人の剣幕にビビったが、ダメな事を言ったのが分かる。


「ソウタ様、冗談でも簡単に従者になるというのはお控えなさいませ。特にソウタ様が私やお嬢様にお話になる時、私達はどの言葉がアルモロおみせに関わる事なのか判断。もし、それが善意だった場合、我々は契約の為に受け入れることできません。そして、一度従者を受け入れると双方にそれなりの『縛り』が発生いたします。従者の仕事や環境をよく知らないまま言うのはよくありません」


 俺の様子を見てカートさんが丁寧に説明してくれるがなんとなく察した。メイとカートさんのような関係じゃなく言葉にするのも憚れるあまり良くない主従関係。いや、あの言い方からするとそっちの方が多いのだろう。


「――ごめんなさい。失礼しました。メイとカートさんの関係くらいしか知らないので軽く考えていたようです」


 素直に頭を下げる。


「いいえ、私もソウタ様がお嬢様の従者となった場合、大変さがになる可能性がありますので……」


 カートさんは笑いながら返してくれる、そこそこパンチのある返しに狼狽えるが彼女なりの冗談であると信じたい。


「――それで、本当に私が行った方がいいのかしら?」


「うーん、従者がいないとキツいんだろ?」


「そうね無理だわ」


 メイは仕方ないという感じで右の掌を上に向ける


「うーん、いや別に他の人が来ても構わないんだが、正直ちょっと色々危険リスクというか、なんとい――」


危険リスクがあるのですか?」


 カートさんが『危険リスク』という言葉に反応する。こういう所が従者として必要なんだろうな。


「あぁ……あれですよメイに危害が出るとかじゃなくですね、俺への危険リスクというか……」


 ステータスカードの事や、家の事は極力知らない方が良いというのは、オッサに限らず俺も共通認識で持っている。


「――この前見せてくれた、あなたの呪いのカードあれに関することだったりする?」


 メイはなんとなく察したのだろう。


「あぁ。ことによっちゃー、それより面倒なんだよ」


「分かりました。私も同行いたしましょう」


 カートさんが言ってくれるが、仕事が気になる。


「いやいや、カートさんも店の仕事があるでしょ? 今回は俺一人で行きますよ」


「だったら叔父様はどうかしら?」


「あー。オッサさんかぁ……」


 まぁ、オッサなら適任っちゃー適任なんだけど。今のこの状況を彼が知ったら大激怒をしまうくらいの状況になっていると思う。


「叔父様はダメかしら?」


「いや、まぁダメじゃないけど。多分、すんなりはいかないと思うぞ? この店の行列で結構頭を悩ませてたくらいだからなぁ」


「確かに、叔父様からの聞いていたソウタの話はなんというかだったわ……」


 想像しなくてもなんとなく分かるから辛い。


「そうですね、私もオッサ様から聞いていた印象とはかなり違いまして、のような印象は全くもって――」


 カートさんは首を捻りながら答えている。


「――ブッ!」


 カートさん、今『赤子』って言ったよね。


「確かにそんな話もしてたわね、それ以外にも……」


「――分かった……分かった……オッサさんから聞いた俺の話は一旦辞めてもらっていいか? カートさんとメイは自分感じる俺の印象で接してほしいから……」


 これ以上聞くと、が発動し究極魔法『黒歴史強制披露トラウマオープン』で死んでしまうのを感じたので丁重にやめていただく。

 36歳にもなってこんな仕打ちを受けるとは思わなかった。


「そうねですね。今のソウタ様が本当でしょうから」


 どっちも本当なんだけどさ……いいじゃない。人間生きてれば誰だってメンタルを病む時ってのはあるのよ。とりあえず話題を変えたい。


「――で、オッサさんが来てもいいけど、そうなるとカートさんは来ない感じになるのかな?」


「本当に叔父様と一緒でも大丈夫なの?」


「大丈夫かどうか? はオッサさん次第だろ、今日空いてるかも分からないし。メイも無理しなくていいぞ」


「うーん、アタシ個人としては行きたいけど……」


「まぁ、ゾロゾロ行くもんじゃないし、家が逃げるわけないし大丈夫だろ」


(フラグ的なこと言ったが、家だけ地球に戻ったらどうしよう……)


「では、次回行く時は前日までに連絡をいただけますか? それであれば都合をつけますので」


「うぅ、行きたかった……」


 朝食を終えると俺は部屋に戻る。朝食を食べた後にすることはもちろん『歯磨き』だ、もちろん歯磨き粉はないがしないより100倍いいと思う。

 歯磨きが終わると、出しっぱなしだった楽器を軽く布で拭いてテーブルの上に再度並べる、この行為に意味はない。

 楽器を辞めて10年以上何もしてなかった奴が何を言うかと思うが『楽器は愛でるもの』だ。特に手に入れたばかりのころは無駄に拭いたりメンテナンスをやるものだ。

 個人的には弾くのも楽しいが愛でる方が楽しかったりする。


「――やっべ、いつの間にか結構時間が経っていた……」


 至福の時間を過ごすと家に戻る準備をする。準備と言っても空のバッグとビニテとハサミを持つのみだ。準備している途中で水筒の話をするのを忘れていることを思い出した。

 テータスカードにメモの機能があるのを思い出したので戻ったら質問しよう……質問することを忘れてなければ。


メモをすることそれをメモりたい……」


 ◇◇◇


 準備が終わり、裏口に向かうと「おい、ソウタ!」と嫌な声が聞こえた。


「オッサさん……」


 そこにはオッサさんとニヤニヤしたメイが並んでいた。


「――ということじゃ」


 凄く嫌そうな表情をしたオッサが、要件を全くに伝える……

 不思議なことに魔力が0.5しかない俺にも全て伝わってしまった。


 メイは大きめのバッグを背中に背負っているが中身は半分も入っていないと思う。


「――おい、メイっ!」


「昨日のお返しよね、準備とか色々頑張ったのよー! 元々ソウタが誘ったわけだからねっ!」


 メイはあの後、直ぐにオッサの家に出向いて無理やり連れてきたようだ。それを『準備とか頑張り』って言うのは違うと思うが行動力は認めたい。


「オッサさん違っ――」


 俺が言い訳をしようとするのをオッサは首を横に振って制した。予想であるがオッサもオッサで断ろうと思ったのを無理やり連れ出されたのだろう。

 まぁ、このテンションのメイを止めるのはカートさんでも中々難しいのかもしれない。

 当の本人のメイはオッサン二人のことは全く気にせずキラキラした目をしているが……


「さぁ! 行きましょう!」


「……」


 俺とオッサは目を合わせる。今日はオッサの気持ちが言葉を介さなくても全て分かる。

 そこそこのオッサン二人(俺は偽物だけど)と16歳の女の子。異世界でパーティを組むには悪くない組み合わせだと思うが、残念ながら冒険の先に待っているのは『ダンジョン』でも『魔物が異常発生している狩場』でもない。ただの古めの日本家屋である。


「……行くかの」


 本当に嫌々なのが分かる声でオッサはメイに同意する。俺は何も言わず彼らの後ろに続く。自分の家に帰るのに、自分が殿しんがりであることがモチベーションを表しているのである。

 門に到着しに同僚に対して手続きをするオッサ。どうやらメイはなので、色々と書類を書いたり手続きが必要な様子だ。


(この時点で俺には無理だったな)


 現在のところ絶賛、無職ニート中の俺が、今オッサがやっている事務作業をとてもじゃないができるとは思えない。なんだかんだ仕事人としてオッサはしっかりやっているようだ。その姿を見て同じオッサンとして尊敬してしまう。

 俺も名実共に早く無職ニートを卒業したいと、こんなところで思ってしまった。


 そんな俺と対照的に門番にテンション高く挨拶をするメイ。オッサを見るとどうやら手続きが終わったようで、俺もステータスカードと左手を魔道具大理石カードリーダーにかざすと門の外にでた。

 尚、以前オッサと一緒に家とチェリアこのまちを行き来した時は、どう会話をすればいいのか分からなくて戸惑っていたが、今回は極力旅にすることを決めた。

 

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