第39話 脆弱性
「――よし。利率0.5の契約に進められるな」
「でも、今の契約更新っているの? 確かにワガママだし私もタメ語で楽になるし、カートもソウタの提案を直接聞ける利点は増えたけど、利率の話と一緒に更新でよかったんじゃないの?」
「いや、どうしても必要だったんだ。ワガママのためにな!」
「ふーん、まぁいいわ。じゃぁ本来の利率の方の条件を進めるよ」
「カートは実際何%が適切だと思う?」
「そうですね……」
メイは俺に対する利率の話に舵を切り始めたが、これは俺とメイと
「ちょっと待ってくれ。利率の欄を一旦空白にして俺側の条件を追加しよう。そこを含めて数字を調整した方が効率的だ」
「朝、あんなに狼狽えたソウタとは思えないくらい契約に慣れてきたわね」
「カートさんは利率の0.5を空白にして条件が書き終わったら、俺に契約書とペンを貸してほしい。俺は俺の条件を自分で書きたい」
「どんどんワガママになってるね」
「これもワガママかな? 自分でも一度くらい条件を書いてみたいだろ?」
条件を記載するのに魔力はいらなそうだし、時間はかかるが自分で書いてみたいのと一番の目的はメイをギャフンと言わせることだ。
カートさんは俺に言われた通り、利率の部分を空白にした条件を書き終えると俺に契約書とペンを持ってきてくれた。
俺はニヤっと笑うと、カートさんから契約書とペンをもらい、ゆっくりと条件を書いた後カートさんにペンと契約書を戻す。
不審に思ったのだろう。メイはカートさんから契約書をもらうと俺の書いた部分をしっかりと読み込む。
「――何これ?」
「メイには意味がわからないと思うが、俺的には多分0.5%でお釣りが来る条件だと思う」
俺が書いたのはまず以下の条件だ。
・契約者ソウタの楽器演奏に関する場の提供をアルモロにて行う。
・契約者ソウタの音楽活動の布教及び楽器の開発に対しアルモロはスポンサーとなり最大限の協力をすること。
音楽という文化が存在しないフリューメで音楽活動や楽器という文字列があってもメイは意味を理解できないはずである。今朝は俺が彼女の欄を読まなかった事で今の状況を招いたが。俺の作戦は
「これがソウタがやろうとしていた実験の具体的なこと?」
「あぁ、最初は具体的じゃない方がいいと思ったが、利率の記載が必要になるとしっかり明記した方が良いと思ったからな。それにさっき思いついた俺のワガママを足した」
ぶっちゃけ店のBGMとして楽器演奏をやらせてもらうつもりであったが楽器の開発に関しては考えてなかった。
ただ、よく考えると音楽の普及には俺だけが演奏できても意味がない。演奏者も必要だし楽器も必要になる。その為
「――うぅ、意味が分からないけどソウタを信用するしかないか……」
「朝のお返しだ!」
「意外と根にもっているのね」
「だって、本気で騙されたと思ったからな」
メイはしてやったりの顔をする。正直憎たらしい。
「まぁ、今回は騙されないぞ! さぁ、俺の目の前で利率を書いてもらおうか!」
「分かったわよ!」
メイはカートさんからペンを預かると利率を書こうとする。
「――――っ」
「メイ何をしている? 早く書けよ」
「ソウタ何をしたの?」
「ん? どうした?」
「何をしたの?」
メイは困惑の表情をしている。
「メイ、嘘つきはよくないぞ?」
「……どういうことよ?」
「お前、今この後に及んで0.5じゃない数字を書こうとしただろ?」
「え? そ、そんなこと……」
メイは訳が分からずカートさんの方を見るが、カートさんも何が起こっているのか分かっていない。
「あのな。その契約書はもう0.5。いや、俺の提示した率しか書けないんだよ」
「ど、どういうことよ?」
そう、俺はこの0.5という数字を死守したかった。その為に必死で滅茶苦茶考えた。36歳のオッサンのワガママを通すために16歳の子にやられっぱなしでは大人の面子に関わるのだ!
「今、メイは0.5じゃなく違う数字を書こうとしたはずだ」
「……」
「沈黙は正解だと認識するぞ?」
カートさんは俺とメイのやりとりを静かに見守っている。
「根拠は何よ?」
「その契約書の条件よく見ろよ。メイが朝、俺に言ったことだろ?」
「条件?」
メイは契約書の隅々まで見渡す。まぁ勘のいい子だからある程度目星がついているかもしれない。
「『契約者ソウタのアルモロに関する善意の提案を受け入れるものとする』この一言で私が提案を絶対に受けなければいけないようになってしまったの?」
メイは俺の方を真っ直ぐ見つめる。
「あぁ、そうだな」
「でも。お嬢様それはおかしいですわ。いくら善意でも0.5という数字は
(やっぱりか!)
今の発言を聞くと、カートさんもメイが0.5より上の数値を書く事を分かった上で動いていたっぽい。
「そうなんですよ。カートさん! 俺もそこを危惧したんです。カートさんが0.5%で破格ということはメイは確実に0.5%より大きな数字を書くでしょね」
やらないと思うが『%』の部分を消して店の利益の半分を……みたいなことをやりかねないのがメイだと思う。
メイは俺から目を逸らし再び契約書を見つめる
「――――――」
無音の時間が流れる。
「まさか!」
どうやらメイは気づいたようだ。
「あぁ。そこに書いてあるのは『契約関係者」だろ? 契約関係者には誰がいる? 俺、メイ、カートさんは該当するだろうな……あとはアノーさんや店のスタッフも入ってくるかもしれない』
「――っ!」
カートさんも気づいたようだ。
「そう、魔法契約の最終承認者は誰だ? そうフリューメ様なんだよな? フリューメ様は立派な契約関係者だろ?」
俺は、推理漫画の探偵が犯人を追い詰めるかのごとく自分のワガママのトリックを明かす。ちょっと癖になりそうだ。
「お嬢様だけじゃなく、フリューメ様もソウタ様のアルモロに関する善意の提案を受け入れることになると……」
メイに代わってカートさんが俺に聞いてくる。
「そうですね。いやー。俺、フリューメ様に会ったことないのでよく分からないのですが、ワガママ頑張りましたよー」
そう、この契約書は俺がアルモロにとってメリットになる提案をすると関係者が強制的に受け入れなければならない。それこそ【呪いの契約書】になったのだ。
「メイ、0.5%という利率は俺がアルモロに対する善意なんだよ!」
「……」
メイは契約書を睨んだまま全く動かかず反応もしない『一言も声を発しないメイ』は初めて見る姿だ。
「観念しろ。二人のアドバイス通りワガママ通させてもらう」
「お嬢様……」
珍しくカートさんからメイの方を心配して声をかける、メイのこんな姿は余程珍しいのだろう。
「――はぁ……しょうがないか……」
やっとメイは口を開いた。
「やられたよ。あーーーー悔しいなぁ。あんなこと言わなきゃよかったよ」
「それはどっちだ? 朝のアドバイスか? それともさっきのワガママのところか?」
「うーん。両方かな」
悔しいと言う割にあっけらかんとしているメイの表情を見てカートさんも安心したようだ。
「分かったよ。0.5%で納得する。納得してないけど」
「なんだそれ? 受け入れるしかないんだよ。カートさんもいいですね?」
「私が関係者に入るのか分かりませんが、お嬢様が納得してらっしゃいますので私から言うことは何もありません。アルモロのオーナーはメイお嬢様ですから」
メイは持っていたペンで俺の目の前で『0.5』としっかり書いた。
「契約更新にこんな抜け道があったとはね……」
「まさか、フリューメ様を利用する方がいるとは思いもしませんでした……」
(え? フリューメ様ってやっぱりこの世界の絶対神的な感じなんだろうか? )
「しっかり、日時も書けよ。分かってるからな」
「ちぇ、分かってたか……」
「最後まで気を抜いたらダメだって分かったからな」
「更新の時にペンが書けないというのは貴重な体験だったわよ」
捨て台詞を吐きながらメイはしっかり日時を書く。どうやら観念したようである。
「因みにこれ日時書かなかったらどうなるんだ?」
「前言った通り半日くらいで一つ前の契約状態に戻るだけよ。契約自体が解除されることはないわよ」
「よかった、つまり善意を受け入れるのは変わらないわけだ……」
「絶ーーーーーー対。呼び捨ては辞めない!」
「おう。その程度でよけりゃぁ、いつでもどーぞ」
『ニルテクセット』の持ち出し件で、メイが俺の対して悪意がないのは分かっている。そうでなくとも利率の部分はきっと0.5%より大きい数字を書こうとしたのだろう。
もちろん低い数字を書く可能性もあるが、どちらにしてもあの状態だと俺の条件を受けざるを得ない。
日時を書き終わったメイは「絶対やりかえしてやる!」と俺に直接ペンを渡す。
ペンを受け取った俺はメイの真似をして先ほど書いたばかりの日時に打ち消し線を書き、新たな日時を書き直す。
契約書はさっきと同じように黄色く発光すると元に戻った。
――契約の更新が完了した。俺の完全勝利だ!
「ねぇソウタ? 音楽活動の布教及び楽器の開発ってそんなにお金がかかるの?」
更新の完了が終わるとメイが早速質問をする。
「え? 今のところかからないと思うよ、なんで?」
「だって、かからないなら利率を上げてればよかったのに変だなぁと」
(うーん、パイプオルガンとか開発しだしたら教会作ることになるのか? それよりシンセサイザーを開発になると電気から開発になるのか……)
「――終わった?」
「あぁ、まぁ経営に響かないように努力するさ」
「怖いこと言わないでよ……お父様に殺されちゃうよ」
「破産することを前提に契約するバカがどこにいるんだよ?」
「ワガママもほどほどでお願いします」
「そりゃぁ、メイのスポンサーとしての努力次第だな……」
「はぁ……」
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