第38話 アップデート
契約の更新をするため俺とメイとカートさん店の奥のスペースにいる。
俺としては朝食を食べた部屋の方が雰囲気が出る気がするが、給仕であるカートさんは主の娘であるメイその客人である俺と一緒に正式に食事を取ることを拒んだ。
メイは『お父様も私も気にしたことないし、何度も提案したけど昔からこうなのよね……』と言っていたのでカートさんの意見を尊重する。
この日は夕方以降もお客様がそこそこに賑わっており、空の様子が完全に星空に変わる頃まで店は賑わっていた。
ゴミ処理問題で揺れた
そんな忙しい中カートさんには申し訳なかったが、六人増員されたスタッフのおかげでカートさんの業務を切り上げてくれたためこの場が設定されている。
結局、数の力は正義である。メイは怒ってくれたがアノーさんの判断は正しかったと思う。
夕食もそこそこに、契約内容の更新を行う。
朝は契約自体を行ったが、夜に更新することになろうとは思っていなかった。
「――で、ソウタの取り分はどう考えたらよいかしら?」
メイが口火を切った。
「うーん。正直
俺のタイミングが悪いのもあると思うが、何かアイディアが浮かぶ度にこうやってカートさんを巻き込んだり俺とメイの双方が揃わないと更新できないというのは効率が悪い。
しかも、新しい案を提案しようとすると魔法が発動するので毎回提案が後手後手に回る上に、俺も素直に喋れなくなるので避けたいと思った。
「私もさっきのソウタの様子を見て良くないと思ったのよ。そうなると一番良いのは売上に対する率で決めたらどう?」
「それが一番無難だろうな、ただなぁ……」
「もっと良い案がある感じかしら?」
「いや……」
メイの言うことは俺も考えていた。だが今朝俺が『
しかも、俺は長い間、
かと言って、年単位だと流石に一年給料なし状態はキツい。
(やっぱり月単位がしっくりくるなあ……)
そう思ったので契約条件の前にアルモロでの給料の支払いについて確認することにした。
「――なぁ、メイ。アルモロのスタッフの給料ってどのような形で支払われいるんだ?」
「それはどういう意味かしら? スタッフによっては現金の人もいれば登録しているギルドなどに振込の人もいるけど、そういうことかしら?」
メイは首を傾げて質問に質問を返して来た。確かに俺の聞き方がアバウトすぎた。
「あぁ。それもそうなんだが、それ毎日毎日やっているのか? それとも時間単位なのか? 何かそういう魔道具みたいなので管理しているのか?」
「うんと……ソウタに通じるか分からないけども『締め』の事が聞きたいの?」
「そう! それ『締め』の事!」
「ウチはガツ単位よ?」
「ガツ?」
「え? 一月、二月、三月とかガツって言うでしょ?」
「お。おぅ」
ちょっと何か変な感覚になる。なんだろうこのズレ漫才を聞いているみたいな感覚。
「
「う、うん」
1
「あのさ、凄い変なことを聞くけども1
カートさんの眉尻が反応するが仕方ない……本来は事情を知っているオッサに尋ねるべきことだが先にこうなってしまったのだから。
「? どういうこと16
じゅ、16ね。危なく一年を12換算するところだった。
「そうだよな。因みに一日の何時か……」
「24に決まってるでしょ? 何がいいたいの?」
メイが明らかに不機嫌になっているのが分かる。どう誤魔化すのがよいだろうか……
「あぁ、すまん。ウチの地元も24時間なんだがこっちで言う『ガツ』の事を『ツキ』と読んだりしていてな。今朝俺が『ツキ』って聞いた時通じなかったから確認したんだ。今後のことを考えると、俺の地元の計算より
メイだけなら呪いのカードのことなどを知っているので理由を言えば納得してくれると思うが、カートさんがいるので苦しい言い訳じみた回答になってしまう。
「――お嬢様、ソウタ様の出生の事などは聞いてはいけない事になっているので口を挟みませんでしたが方言かもしれません。地域によっては時間も『
(え? 俺の出生とかって
どうりでアノーさん含め誰も聞いてこないはずだ。
「なるほど。そうね。ごめんなさい。ソウタ」
メイは何かを察したのか素直に頭を下げて謝ってくれた。俺が思い浮かべていた執事とお嬢様の関係というのは、謝らないワガママお嬢様と注意できない執事という典型的なものだったので、この二人の関係は素敵だと思う。何より経営をやっているメイが素直に謝罪できることは何よりも強い感じる。
「いや、問題ない。俺の常識がチェリアと違うのはオッサさんからも指摘されているし自覚もある。カートさんも俺の出す段ボールとか契約とかで色々振り回されている被害者の一人だから謝るのはこっちの方だな。申し訳ない」
(ヤバい『ごめんなさい』と言うべきところを雰囲気に負けて『申し訳ない』と言ってしまった)
「そんな、滅相もないです」
カートさんはいつもと変わらない態度で返してくれているが、こういう何気ない会話で距離感が変わるので大事にしたい。
「――ということで常識を確認をしたわけだが、今は契約を優先にしてそこに関わる所のズレをなくしたい」
「分かったわ……知っていると思っていたけど、チェリアいえ少なくともノスファンに置いて、一日は24時間で1
一年が365日ではなく480日というズレはあるがギリギリ慣れそうな感じだ。同時にココが地球ではない似た世界という事も分かったとも言えるが。
「ついでに聞きたいが、季節はあるか?」
「一応あるにはあるけど、チェリアはほぼ季節がないわ。雨季が四半期の変わり目に一週間つまり七日から十日間程度続くくらいかしら。王都のように雪が降ったりはしないわ」
「分かった。それで充分だ、話を元に戻すが
「えぇ。ウチは
「OK! 理解した。じゃぁ、
(うーん、さすがに多いか?)
元々が『他人の褌』なだけに1%とか取るのは気が引ける。そもそも住居・飯付きだからもっと少なくても良いと思うが相場が分からない……0.5の一番の理由は『考えるのが面倒になった』のと俺の
「ソウタ、色々思うところがあるけどもまず『おーけー』とはどう言う意味?」
(そこ? 他のカタカナは結構伝わっていると思うが
「あぁ。了解とか分かったという意味で捉えてくれ。俺の口癖だ」
「OK! それで0.5%というのはどういう試算をしたのかしら?」
早速俺の真似をしているメイ。使い方が合っているが従業員の間では使わないでほしいとオッサン目線で思ってしまう。
「いいや、特に大きな理由はない。正直、この店の過去の売上と今回俺のアイディアというかアドバイスで上がった売り上げを比較して算出するのが一番良いのは分かっている……」
メイは俺の話を黙って聞いている、店の売上に関わることだから当然だろう
「――他にも税のことやアノーさんがオーナーの系列店なのか姉妹店なのか分からない。ただ、俺は経営コンサルがしたい訳じゃない」
「コンサル?」
「あぁ、俺がいたところでは『アドバイス』という名目で嫌な所を適当にを見つけて現場に混乱を起こすみたいな仕事があって、それをしている職業の名前をそう言っていたんだ……」
正直、この意見には俺のバイアスが滅茶苦茶入っている。きっと優れたコンサルというのもあるはずだが俺のいたIT業界は『DX』と言いながら非IT業界を喰い物するコンサルが凄く多かった。
もちろん効率の良くないことや悪いところは是正すべきだが、あまりにも酷いコンサルばかりだったのでこんな説明になってしまった。
「そういうのもあってカートさんに謝ったり手伝ったのもあるんだが、やっぱり現場の当事者じゃない人が適当に言うのに抵抗があるんだよ」
「ちょっと待って、ソウタは適当に……今まで適当にやっていたの?」
メイの目つきが変わる。これはアノーさんがメイを怒らせた時と同じ空気を感じる。
「いや、すまん。そうじゃない。俺なりには考えているが、もっと周りを――カートさんやスタッフに寄り添ったことを言う方が良いと……」
「ソウタ、それは違うわ。カートやスタッフではなくお客様のことを考えるべきなの。もちろんカートは
カートさんは静かに頷く。
「それはそうだが……」
「お客様が満足したサービスを提供して対価をもらってそれでスタッフを養う。それが経営だわ。スタッフの為にサービスを提供していたらその店は潰れるの」
「いつかソウタにも分かる時がくると思うけど……あなたはもっと意識を変えて自信を持った方がいいわ」
「できるよう頑張ってみるよ……」
雰囲気に負けて返事をしてしまったが自信がない。この場にいる事が俺としては前のめりのつもりだったのだが、どこかで
実年齢的にも年下の女の子にここまで言われてしまって情けないが、お金という対価をもらう以上、少しでも改善しなければいけないと思った。
「――お嬢様、契約内容を進めた方がよろしいのでは?」
カートさんが頃合いを見て話を戻してくれる。
「あぁ、そうですね。私は0.5%は少ないと思うわ。カートはどう思う?」
「そうですね、今日の紙コップなどを見ると0.5%は破格でしょうね。ソウタ様は、お嬢様のようにもっとワガママになった方がよろしいですよ」
カートさんは場を和まそうと少し笑みをこぼしながら俺に言う。
「ワガママですか……」
「はい。若いのですからもっとワガママでもよいのです」
カートさんの『ワガママ』という言葉が頭をループする。
(36歳だから若くはないし、人の店に勝手に紙コップを使ってみようとか提案するのって相当ワガママだと思うけどなぁ)
俺は少し納得いかないように目を細める。
「ソウタ、ソウタは自分のやりたい事とかないの? あなたはアイディアを言っているつもりかもしれないけど、私のワガママで聞き出しているのよ? 気づいてる?」
「――!」
少し合点がいった。確かに魔法契約にしても俺からやりたいと言ったものではない。俺は知らないうちにメイの手の上で踊らされていたらしい。
「まぁ、アタシ達が多い少ないと言った所で、最終的にはフリューメ様が決めるのだから
今までのやりとりが無駄になるようなことをメイは口角を上げながら言う。
その時、俺はあることを閃いた。【知力】1.3をフルに使ったアイディアが浮かんできた。
「――終わった?」
メイはいつものように俺の思考が終わるのを待ってくれていた。
「ちょっと待ってくれ。利率は色々調整が必要だから利率の条件を記載して更新する前に簡単な条件を二つ追加して更新してほしい」
「二つ?」
「あぁ、一つは『メイのタメ語、呼び捨てを許可すること』これがないと俺側の条件を追加できないからな」
「……少しは考えるようになったのね。それに対するソウタ側の条件は?」
「あぁ、こっちの方は一字一句間違わず書いてほしい」
「カート?」
「かまいません」
俺はカートさんがタメ語の条件を記載したのを確認すると自分側の条件を口にする。
「では、お願いします。『この契約関係者は契約者ソウタのアルモロに関する善意の提案を受け入れるものとする』と間違わずに記述してください」
「ソウタこれはどういうこと?」
カートさんが書き出す前にメイが質問をする。
「あぁ、こう書くとメイがだけじゃなくカートさんにも伝達が早くなるだろ? 現場に近い人というか現場の人を巻き込んじゃうけどな? 俺のワガママと決意の証拠としても先に契約しておきたい」
「なるほど。ちょっと
「一旦、利率の件は別としてこれで契約更新してくれ」
「分かったわ、更新の場合は署名した自分の契約欄の日時のところを、契約者本人が打ち消し線をして現在の日時に書き換えるのよ。私が先に日時を記載するからソウタは私の真似してちょうだい」
「OK!」
カートさんは俺にさっきの条件を再度聞く事なく正確に記述してくれた。
「お嬢様
カートさんから契約書とペンを受け取ったメイは無事に日時を書き終えた。
この後、俺が日時をちゃんと書き終える事ができれば契約が更新された証拠。書けなければ
俺はメイの日時に打ち消し線を書き、メイの日時を真似して記載する。
無事に記載が終わると朝と同様少しだけ契約書が黄色く発光すると元に戻った。
――契約が更新されたようだ。
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