第37話 シーケンシャルリード

 メイの右手を見た俺は、頭を抱えた。彼女の右手には俺が家から持ってきたがあった……


 中身を見なくても分かっている……


 あのには確実に紙コップが段ボールのスリーブサポーター状態でホルダーに状態で入っている!

 

 そして左手には、俺の見慣れたマグカップがあった……


 うん近未来再現技術ニルテクノロジーフルセット、略してだ。


「いやーこれは楽だね。間違いなく革命だよ。でも両手で運ぶの大変だから早くとってー」


 左手を俺に差し出すメイ。


「おい、メイ……」


「熱いから早く取ってー」


 説教をしたいが、話が進まなそうなので一旦マグカップを受け取る。

 メイはまるでであるように紙袋を端に寄せていた机に置くと中から紙コップを取り出す。


「これは……」


「はい、お父様」


 メイはしてやったりの顔をしてお茶をアノーさんに渡す。


「カートにはこれね」


「……ありがとうございます」


 微かにカートさんの眉尻が上がる……


「私はこれー」


 アノーさんは手に取った紙コップを手にゆっくりとこちらを見た。


「ソウタくん、お茶を飲むところ大変申し訳ないが説明を求めたい!」


(そうなるよな……俺が逆でもそうなる)


「えー、どれからお話したよいものか……」


 俺はニルテクセットについて掻い摘んで話した。


『シーーーン』


 俺の説明が終わるが、アノーさんもカートさんも一言も喋らない。

 メイはの表情でニヤニヤしながらお茶を飲んでいる。


「――あ、これって乾燥終わったんじゃない?」


 アノーさんの驚愕の表情やカートさんの呆れ顔をよそにメイは無邪気に乾燥ボックスの方に寄っていく。


「俺が開けるよ」


 俺は全く飲んでいないお茶をテーブルに置き乾燥ボックスの蓋を開けにいく。


「開けるぞ?」


「はいよー」


 すごい軽く返事をするメイ。ニルテクセットに涙を流してたのが嘘のようだ。

 俺は蓋を開ける。


「熱っ!」


 予想以上の熱が顔に届くと同時にお茶の濃い匂いが広がる。


「うーん。いい匂い!」


 そんな匂いを余所に、俺は頑張れば触れないぐらいのネットを取り出す。


「予想通りめっちゃ軽くなったし、体積も減ったな」


 当たり前の結果だが失敗しなかったことが嬉しい。


「実験成功ね!」


 俺は出来立ての乾燥出涸らし茶葉をカートさんが持ってきてくれていた新しい袋に入れていく。この調子で体積が減れば1/5程度に減らせるだろう。ゴミという風に割り切って粉々にしてしまえばもっと減らせると思う。


「カートさんこの乾燥ボックスって小型なんですよね? 大型って稼働できますか?」


 しっかり成果が出てので、直ぐにでもゴミの圧縮に向かいたい。


「は、はい。ただ、一番大きいのは私のような使用人やお店のスタッフのものをまとめて洗って乾燥させる際のものなのですがよいのですか?」


(この質問はどういう意味だ?)


 自分達の衣服の乾燥を目的とするものにゴミを突っ込むのは、ということだろうか?


「えっと、ゴミを入れてほしくないってことですよね?」


 質問の意図を確認をする。


「いいえ、ソウタ様の今までの行動を拝見していると、このゴミさえしまいそうなのですが――私共の衣服を乾かす器具と同じでよいのか? という確認でございます」


 ……うん、カートさんすっごい図星!なんと答えて良いのか分からない。

 メイはゴミこれを軽食に使うというのは知っている。ただ、カートさんは知らないのに、名推理をされた。ということはカートさんからもで見られているということになる。

 無言が答えになると色々まずいので悪いが無視することにした。


「――その辺は追々考えることにして、今はこの部屋にあるのをガンガン乾燥させましょう!」


「承知いたしました。そうなると私のような老婆より若い子の方が力がありますので、店内に戻りを用意することにします。重さなども考えて二名ほどでやれば閉店までには解決しそうですし」


「私の増員がきただろう?」


 親の威厳を示したいのだろう。アノーさんが分かりやすくメイに声をかける。


「結果論でしょ?」


 結果論であってもアノーさんの増員がなかったらこの役目をしていたのはになる可能性があった。まぁ、お嬢に力仕事をさせるわけにはいかないからメイは店の方担当になっただろうけど。


「商売で一番大事なのは信用で、その次が結果であると常日頃言っているだろう?」


「――そうですね。さすがお父様です」


 メイはふくれっ面をしながら父親を褒める。さっきのような本当に納得いっていない表情ではない。


「カートさん、乾燥させるときは極力種類を混ぜないようにして、乾燥後の茶葉も混ぜないように指示してもらえますか?」


「承知いたしました。他に注意することはありますか?」


「先ほどの話を聞くと終日同じ人が対応すると思うので、どの茶葉が乾燥後の開けた瞬間の匂いが強かったか? などの感想を聞けるとありがたいです」


「お嬢様のように味覚や嗅覚が優れていませんが大丈夫でしょうか?」


 やっぱり、メイは味覚や嗅覚に優れているようだ。【才能持ち】なのかもしれない。


「はい、そこまで厳密にやる必要はないので担当される方の主観で大丈夫です」


「承知いたしました、旦那様お嬢様はお部屋に戻られますか?」


「私はソウタさんからこれを話を聞くわ」


「ソウタくん利用とは……」


 アノーさんはメイ以上に『色々聞きたいことがある!』と言わんばかりの前のめりで俺に顔を近づける。


「お父様、この店のオーナーは私です。そしてソウタさんと契約したのも私です。お忙しい中スタッフの件は大変助かりました。が、トラブルも解決しましたし。そろそろ自重していだけますか?」


 メイは勝ち誇ったような顔をしてアノーさんの服の袖を掴んだ。


「う、うむそうか、そうだな……私も店の方に戻るとしよう」


「あ、お父様その紙コップは行ってくださいね。アルモロみせの経営戦略として大事なものですから!」


 紙コップごと姿を消そうとした所を制され、分かりやすく肩を落とし裏口の方に向かうアノーさん。店の方というのは彼がオーナーをしている別店のことだったようだ。


「では、お嬢様私もお店の方に戻ります」


「うん、お願いしますね」


「承知いたしました。そしてご馳走様でした」


 カートさんも紙コップをテーブルに置いて廊下に向かって歩いていく。


「さて、ソウタさん例のの件を私の部屋でゆっくり聞きましょうか?」


「あぁ、分かった。メイはとりあえず自分の乾燥ボックスを持ってくれ。俺が触ると何が起こるかわからんから、俺は紙コップとかを持っていく」


「分かりましたわ」


「あ、このカートさんが持ってきた乾燥ボックスの方はどうする?」


「それはこのままで大丈夫。どこから持ってきたのか分からないし」


 住んでる人が『どこから持ってきたか分からない』ってすごいよな。


「そう言えば、軽食には乾燥茶葉が必要なのよね? ここで使ったものを使う? それとも私の部屋の新品の方がいいのかしら?」


「うーん。どっちでもいいが商品にする時は出涸らしの方を使う予定だから、ここで乾燥させたものを持って行こう。俺が持っていくよ」


「はーい」


 碌に片付けもせずに罪悪感を持ちながら、俺たちはメイの部屋へ向かう。

 お屋敷暮らしに慣れると一人暮らしできなくなりそうで『気をつけないと』と本気で思う。


 ◇◇◇


 メイの部屋に着くと俺は説教を始める。


「おい、メイ! いくらなんでもいきなりすぎるだろう?」


「なにが?」


 メイは『何か悪いことでもしました?』と言わんばかりの反応をする。


「『なにが?』じゃないだろ、俺が今日持ってきたの全部出しやがって……」


「だって、さっきのお父様本気でムカついたわ。というかソウタさんはムカついてないのよ?」


(どういうことだ? 俺ががアノーさんのどこにムカつくところがあったんだ?)


「え? むしろ気を遣って増援六人にしてくれたんだぞ? もちろん最後はちょっと嫌味なことを言っていたが、感謝はすれどムカつくのはおかしくないか?」


「あーーーーーーもう。そういうところホント叔父様と一緒!」


 メイは呆れ顔で俺の顔を指差す。


「オッサさんと一緒? どこがだよ? 今のやりとりでオッサさん出る要素ないだろ?」


「その、本気で分かってないところもムカつき通り越して呆れるわ!!!」


 なんだろう、俺が鈍感と言いたいのだろうが、ものすごい16歳の出てきた。


「お父様が増援をしてくれた事はもちろんありがたいわよ、でもじゃないでしょ?」


「だからマジどこで怒ったんだよ? しかも俺が怒るポイントが分かんねーよ」


「じゃぁさ、逆に質問してあげるわ、ソウタさん、いや! あなた朝起きてご飯を食べましたね?」


「――は、はい」


 薄々覚悟していたが呼び捨てになった。魔法契約とはなんなんだろうか?ちょっとだけ怖いし。


「そして、アタシと契約しました」


「はい」


 ホント、契約書もう一度読み直した方がいいぐらいの詰められ方だ……


「その後アタシと部屋で、段ボールの試作品を作りました」


「はい」


「その後、昼食も取らずに家に帰ると言い出して、そして数時間後にはココに戻ってきましたね」


 今日の『流れ』をとくとくと質問されるのは何か意味があるのだろうが、意図が掴めない。また『数時間』という単位が会話で使われているが今はではないので返事をする。


「はい」


「そしてアタシにを見せてくれた」


「う、うん、まぁ神の道具ではないけど、見慣れないものを見せた自覚はある」


 呪いの道具って言われるよりマシだけれど、紙コップや段ボールが神の道具とかなったら地球で崇められている神様はどんな顔をするんだろうか……


「で、メイが言いたいのは『その後はカートさんに呼び出されてゴミを運び出した』だろ? 確かに重かったしアノーさんが全部運んだわけでもない。でも、俺の中では怒るほどじゃねーぞ?」


「違うわよ、そのあとお父様が来て『てっきりかと思って』って言ったでしょ? 覚えてないの?」


 あー、うん言ったような言ってないような――政治家のように『記憶にございません』と言いたいが、言ったら俺ごと乾燥ボックスに突っ込まれそうな勢いだ。


「いや、言ったとしても、そりゃぁ俺らに期待しているってことだろうに……」


「おかしいでしょ? アルモロおみせはここ数日でありえないぐらい稼いでいるのよ? 昨日なんて七倍よ? 七倍! 一週間分を一日で売り上げたの!」


 (今、一週間って確実に言ったが……単位については今じゃない今じゃない……)


「そうだね、みんな頑張ってると思う、カートさんとか特に」


「そう!頑張ってるの!」


 メイの両手はいつの間にか拳になって震えていた。

 さすがに魔法契約があるので殴る事はできないだろうが、呼び捨ての件といい怖い。


「ゴミの件だって何もしてなかった訳じゃない。アタシ達ができる事を一生懸命考えてアイディアをくれて乾燥ボックスで実験してさ……」


 メイの声は震えていた。怖くて見れなかったがメイの目には涙が溜まっていた。


「それをちょっとだけ顔出して『かと思った』とか……信じられない……」


 俺はメイの意図を理解した。メイは俺のために怒ってくれていたのだ。

 鈍感だった――当時のやりとりを思い出すと、怒るどころか謝っていた。異世界にどういう情報をどうやって出せばよいのか分からないがあったのもあるだろうが、確かに俺なりに手を抜いていたわけではない。


「――ありがとう」


 彼女の怒りにどう返して良いのか分からないが気持ちが嬉しかったので、俺は感謝を述べた。


「だから、だから私は紙袋を持って行ったのよ。何もしてないわけじゃないって、お父様の想像をに超えたことをやっているって!」


 なるほど、あの行動は自慢というより彼女なりの説明・弁解するための武器だったのだ。メイはオーナーとして契約をした責任として、ちゃんと彼女なりの尊敬を持って俺の行動を認めてくれていたのだ。


 メイの気持ちを知った今、面倒だと思っていた気持ちが申し訳なくなると同時に、俺は腹を決める。36歳のオッサンが16歳の女の子におんぶに抱っこではいけないのだ。せめて大人の意地を見せなければいけない。


「――そっか、分かったよメイ。ただ、俺にはもっとやれることがある。契約内容を更新しよう」


「え? もう契約の更新をするの?」


 メイは意外そうに少しだけ顔を傾ける。


「あぁ、俺がここでアルモロみせで出来ることをやる。そのためには契約内容の更新が必要だ、俺は金銭を求める。そしてBGエ……」


 声が出てこない、多分魔法で制約がかかったのだろう。


「ソウタ?」


「――契約前に新しい案を与えるような事になりそうだったので魔法による制限がかかったようだ。問題ない」


「分かった。明日の朝一で契約内容を見直しね」


「いや、なるべく早くしたい。俺達二人で見直しはできないのか?」


 先ほどのように制約で喋れなくなるのは面倒だ、制限を早く取っ払いたい。


「できない事はないけど、カートがいた方がいいわ。魔法条件の均衡つりあいの面でもアドバイスが必要になると思うし、それとも彼女がいたら邪魔かしら?」


「そうだな金銭の問題が絡むとカートさんもいた方がいいだろう……」


 俺の内面の問題や秘密をカートさんに共有するかは、別として彼女は人生の先輩でもあり信用おける人間であるのは間違いない。


「分かった。閉店して晩飯後。カートさんの身が空いたタイミングで契約の見直しをやろう」


 俺の判断にメイは静かに頷いた。

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