第36話 デフラグ
アノーさんがスタッフを整理すると言ってからしばらくすると、カートさんが今しがた洗ったであろう手を拭きながら申し訳なさそうにこっちに来る。
「ソウタ様お嬢様、どうもすいません」
「いいえ、お店が最優先なのでカートは何も悪くないわ。むしろ、お父様が私の許可なくお金にならない試飲の量を増やしたのが問題なのよ……」
「メイ、お金にはならないわけではない。これで帰る人をは確実に減っているのだから……」
仲の良い父娘に見えたが、こう言うところでは意外とバチバチなんだなとは思う。ここは俺が止めるべきだろう。
「まぁまぁ、今はそういう起こった事を言うことより、これを解決するのを先にしましょう」
俺は出涸らしの入った袋を指差して言い合いを止めた。反抗期という言葉が懐かしく感じる。
「とりあえず、ココのスペースを少しでも開けたいので、お父様とカートも一つ持って裏口の方に運びましょう。私とソウタさんも運びますから……」
明らかに機嫌の悪いメイに対し、俺もアノーさんカートさんも無言で従い裏口の客間に向かう。やっぱりキャリー必須だなと改めて思った。
「カート。乾燥ボックスを持ってきてほしいのだが一人で持ってこれるか?」
アノーさんは先程まで俺とメイが実験していた客間に着くとカートさんに指示を出す。
「一番小型のであれば大丈夫ですが、いかがいたしましょうか?」
「ソウタくん、どうすればいいかな?」
「小型のってこれくらいなんですか?」
俺はメイの乾燥ボックスを指差して質問をする。
「いいえ、それはお嬢様専用のでして、通常の小型のものはこれくらいになります」
そう言ってカートさんはやや太めの体からはみ出すくらいに両手を広げた。
横幅しか分からないが70cmくらいだろうか。
「一旦、通常のというのを知りたいのでそれでお願いします」
「承知いたしました、お待ちくださいませ」
カートさんはそのまま乾燥ボックスを取りに戻った。メイの機嫌が悪いので空気が重い。椅子もないので座ることもできず立ったままだが、こういう時どうやって場を繋げばいいのだろうか?
「――お待たせいたしました」
三人とも無言のまま一分くらい経った頃カートさんが戻ってきた。
「ありがとうございます」
うん、見た目はまさに宝箱だ。もちろん装飾品はないけど蓋の中央に石が埋め込まれるのも含めてメイのを倍くらい大きくした宝箱。
「で、これが通常のと言っていましたが、何が違うんですか?」
「お嬢様の特性品とは見た目は似ていますが、仕組みが全く違います」
「え? そうなの?」
さっきまで無言だったメイが尋ねる。
「お嬢様のは魔力を使うものですが、こちらは魔石を使います。その魔石の力を熱と風の力に変換することで中のものを乾燥せます。また取り除かれた水分は水となりますので、こちらから排出しなければなりません」
箱の後ろの方に穴が空いている、排水口だろう……つまり魔石式の乾燥機だ。
「なるほど。ということは中に入れたものは熱を持つということですか?」
「はい、こちらは衣服を乾燥するのに使うので、燃えない程度ですが中のものは熱くなります、もちろん乾燥後しばらく経てば通常の温度になりますが」
完全に乾燥機だな、マジ魔石が電気と違うだけで原理がほぼ一緒なので理解してしまう。
「私のは、熱くならないわよ?」
「お嬢様のは旦那様が、茶葉に影響を与えないよう熱で乾燥する方法を極力使わないようにということで設計をお願いされたので……」
そう言いながらカートさんはアノーさんに目を移す。
「そもそも、お茶の事業は私の父が始めたことだからな。湿度や温度もお茶の風味に影響が大きいのは流石に分かる……」
メイがあまりに
「なので、お嬢様のは箱本体の内側から水分を――」
「カート……」
「失礼しました」
アノーさんに注意されカートさんは説明を中断する。きっと秘密の方法なのだろう。俺も詮索することはしない。それよりも魔石の乾燥機で乾かす方が先だ。
「とりあえず今持ってきてもらった乾燥ボックスに、ここのお茶っ葉を入れてどのくらい時間がかかって、どの程度乾燥されるのか知りたいです」
「ソウタ様、先ほども伝えましたが、こちらの乾燥ボックスは熱が……」
「分かっています。そもそもこれってゴミにする予定ですよね? 風味とか見た目はどうでもいいはずなので、とっととやりましょう」
こうやって話をしている間にもゴミは出ている、今のペースだと明日に持ち越せないと思う。言葉は荒いが早く結果を知りたい。
「分かりました。では、こちらの中に茶葉を入れ――」
「あ、ちょっと待ってください、先に何も入ってない袋を二つほど持ってきてからやりましょう」
さっきのメイの時の実験で思ったが、茶葉をダイレクトに箱の中に入れると出す時に面倒だ。しかも今から使う箱は容積が増しているので、できれば袋ごといれて袋ごと乾燥させたい。
「袋はなんでもいいのですか?」
カートさんが尋ねる。
「うーん、一つは目の荒いというか、お茶を濾すよりも荒めの袋が望ましいです。その袋ごと中に入れたいので、あまり目が細かいと乾燥に時間がかかりそうですし……もう一つはこの袋と同じで大丈夫です」
「承知いたしました」
カートさんが廊下の方に向かい袋をとってくる。初老の女性に動いてもらうのは心苦しいが何がどこにあるか分からないのでお願いするしかない。
心なしか、メイの表情も元に戻っている、多分親の愛情を知ったからだと思う。
「――お持ちしました。ちょっと目が荒いですがこちらで大丈夫そうでしょうか?」
みかんが入っているネットくらいの袋を手にするカートさん。
「まぁ、大丈夫だと思います。やってみましょう! これって俺がやっても大丈夫ですよね?」
「はい」
カートさんの返事を聞くと俺はネットの袋に入るだけの濡れた茶葉を入れる。
入れるだけ入れると上を軽く縛り乾燥ボックスの中に入れる。この時点でかなり重い。もとのゴミ袋の1/3から1/2弱程度の量がネットの袋に入ったという感じだろう。
「蓋を閉めたらどうすればいいですか?」
「そこの魔石を押してください、蓋が開かないようになって乾燥が開始されます」
「分かりました」
俺は言われた通り蓋を閉めて、魔石を押す。
魔石にちょとワクワクするが見た目は透き通ったやや青みがかかった黒い石である。
『ヴヴヴーーーーン』
電子音とは違う虫の羽の音を低くしたような音が聞こえる。因みに音階はD#、レのシャープだ。
「お嬢様のと違って音が結構するので置き場所が限定されます」
カートさんがやや大きめの声で説明してくれる
「これっていつ終わるのか分かるんですか?」
乾燥機は結構時間がかかるものだ。俺も洗濯物が溜まった時コインランドリーを使っていたが、待ち時間が暇すぎるので30歳の時に出たボーナスで乾燥機付きの洗濯機を買った。
部屋干しで臭わない洗剤を使う機会が増えてからは乾燥の時間の都合もあり使う機会が減り悲しくなったのを覚えている。
「お茶の葉で試したことないので……」
「確かにそうですね……すいません」
専用のものがあるならともかく、家の乾燥機でお茶っ葉を乾燥させる必要性はないからカートさんの言っていることはごもっともである。
「だったら普通の衣服の場合はどうでしょう? この箱いっぱいに入れたらどのくらい時間かかってますか?」
「その時の水分量によりますが、五分から一〇分くらいだったと思います」
「え?」
俺は二つの意味で驚いた、まずはその速さだ。電気式の乾燥機だったら業務用のでさえ一〇分で乾くとかはあり得ない。ただ、これは異世界で魔法とかそういうので時短の効果があるというので納得はできる。
問題は単位だ。カートさんは今間違いなく「
ただ、俺はこれに違和感を持つ。なぜならメイと『
(うーん、
となると地球とは自転とか公転の時間が違うのだろう。きっと喋り言葉だから
「――終わった?」
メイが俺の思考に合わせて質問する。
「あぁ、予想よりもかなり早く終わりそうでビックリしていた」
「このまま立って待つのも変だからお茶入れてくるよ!」
完全にいつもの表情に戻ったメイはお茶を淹れてくるという。もしかしたらアノーさんとの言い合いの事もあってちょっと席を外したいという気持ちもあるのかもしれない。
「おう、頼むわ」
「分かったー」
メイはお茶を淹れるべく廊下に向かう、方向から言うと一番狭い台所に向かったのだろう。
因みにこの屋敷はキッチンが四つほどある。
「ソウタくん、メイと契約を結んだらしいが……」
メイがいなくなったのを狙っていたのだろうかアノーさんが少し大きめの声で喋りかける。
「はい。個人的に色々反省すべき部分はありますが、正式に契約させてもらいました」
「私が契約者ではないが改めて例を言いたい、ありがとう」
「いえ、あくまで相互関係なのでビジネスパートナー的な感じと捉えていただけるとありがたいです」
「ソウタくんからは年齢以上の貫禄を感じるよ」
うーん。今更だがどういうキャラ設定をしたらいいんだろう。リアルな18歳の頃の俺なんて『音楽』と『女体』の事しか考えてなかった。
そう考えると『ビジネスパートナー』とか発言しちゃうのは相当背伸びした痛いヤツだ。
「それを言うなら、メイの方だと思いますよ、俺の知ってる16歳の女の子イメージなんて『天下無敵の父親嫌い』っていう感じですから」
「ハハハ、あくまで表面上は出さないだけだと思うがね。メイの場合は店を持ち始めてからかなり変わったのだよ」
「そうなんですね」
確かに、社会に揉まれると学生の頃どんなに世間知らずだったのかが分かる。浪人や留年などを除けば『ほぼ同じ年齢というカテゴリの中だけの世界だけ』だったことが社会に出ると年下や年上関係なくライバルであり先輩や後輩になる。
「特に君と会ってからは私でも手をつけられないくらい頑張っていると思う」
そういうと、カートさんも無言で頷いた。
「――持ってきたよー」
「……っ……」
やりやがった。コイツ!俺はメイが持ってきたお茶……いや、四人分お茶の運び方に彼女が、16歳であることを忘れた方がいいと改めて思った。
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