第35話 ドライラン

「思ったより小さいな」


「凄いでしょ? お父様の話だと小さくできる技術を持つ人を探すの大変だったらしいわよ」


「個人使用だったらこのくらいのサイズの方が使いやすいのかもな」


 正直今は大きい方がありがたいんだけど、実験の方が先だ。早速使い方を聞いてみる


「これの使い方は分かるのか?」


「もちろん! なぜなら説明書を持ってきたからであります!」


 メイは自信満々に言うがこの口調は誰がどう聞いても怪しい。


「作ってもらったのに説明書ないと使えないのか?」


「だって、使う機会がないんだもの、湿気たお茶っ葉なんてもう一度乾燥させても風味変わっちゃうからさー」


「なるほどな……で使うのはメイに任せてもいいか?」


「というか、私しか使えないのよ、こういう完全オーダーメイドの魔道具は基本的に使用者の魔力登録をされているから」


 なるほど、盗難とかあっても大丈夫なように、というか本人しか使えないから盗難の価値がないのかもしれない……

 俺は仕事をしていた時に本人使えないようになる設定をされたパソコンが流行した時のことを思い出した。

 以前にバイトの子がその本人設定をしたまましてパソコン一台が使用不可になったのだ。その事件があって以降、情報システム部から本人しか使えないようになる設定はというお達しがあった。

 この『乾燥ボックス』も登録者に何かあった場合とかはどうなるのだろうか? 便利なようで便利じゃない「便利と不便は紙一重」と言っていた先輩の言葉を思い出す。


「――終わった?」


「あぁ、ちょっと気になった事があったが今度でいい。まず実際に動くところを見たい」


「はいよー。じゃぁ、このボックスを開けましてーお茶の葉を入れますー」


 俺が考えている間、メイは説明書を読んでいたようだ。手際よく出涸らしの入った袋から適当にお茶の葉を出してボックスの中に入れる。


「次は蓋を閉めます」


『コンっ』と木がぶつかる音がする。やっぱりどう見ても木でできた宝箱にしか見えない。


「そしたら、ここに登録された使用者の魔力を流しますー」


(はい、アウト。ダメ!)

 

 そんな事だろうと思ったが、現実にたたきのめされる。


「つまり、魔力が必要だと?」


「基本魔道具はそうでしょ? もちろん魔石を使うものとかあるけど。こういうのは登録者の魔力と使用者の魔力が同一って事が分かって初めて動くんだから」


「なるほどね……」


 仕組みとしては納得はするが、には納得いかない。魔法を使魔道具は使えるかも? と淡い期待を持っていたが残念ながらその可能性もないらしい。


「それで、どのくらいで乾燥するんだ?」


「ちょっと待ってね」


 メイはそう言われて説明書に目を移す、本当に何も知らないらしい。


「あー、それは対象の水分量と流し込む魔力によるらしいよ。でも過剰に魔力を流し込んでも意味ないみたい……対象物が粉々になるか、そもそも乾燥ボックスがって書いてある」


「うーん、流し込む魔力ってのは数値化されているのか?」


 メイは説明書と睨めっこをし、眉間に皺をよせる。


「書いてないね……」


「かなり適当だな」


「とりあえず軽く魔力を流してみるね」


 俺も『魔力を軽く流してみる』とか言ってみたい。一生無理そうだが。


「頼む」


 メイが乾燥ボックスの蓋の中央にある小さな丸い石に手を触れる。多分魔力を流しているのだろう。

 こういう時『魔力の流れが分かる能力やアイテムとかあったらいいな』とか『あったところで知的好奇心は満たされるがそれ以外に意味がないな』など考えてしまう。


 そのまま30秒程度経った後、メイが呟く。


「――あ、こういうことね」


「?? 何か変化があったのか?」


「多分、乾燥されたっぽい、魔力を取られなくなった」


 そういうとメイはおもむろに蓋を開ける。


「おー! 初めて使ったけど確かに乾燥してるわ」


「触ってもいいか?」


「あ、一応箱から出した状態で触った方がいいかも、魔力がが魔道具に触ると何があるか分からないから」


「そんなに繊細なのか?」


 この大きさでよかった。重そうなら俺も手伝って持とうとしていただろう……


「いや、これは違うと思うけど。登録された使用者以外が使おうとすると…例えば他人が触ったら機能しなくなるとか、大きい音が鳴り出すとか、電撃が流れるとか色々あるのよ」


「なるほど……」


 ミミックのように爆発するというような表現が出てこなくてよかった。 


「はい、どーぞご検収ください!」


 メイは箱の中で乾いた葉っぱを指で摘むと、広げた俺の左手の上に置く。

 右手の指先で擦ると粉々にはならないが繊維を残し細かく砕ける感じになる。熱もなさそうだ。


「完全に乾いてるな……因みに魔力消費は激しいのか?」


「その質問さー、私も小さい頃カートとかにしたことあるけど答えるの難しいのよ」


「??」


「それぞれが持つ魔力の絶対値が違うから、全魔力100の人が1を使うのと、全魔力1,000の人が1使うのでは使用感が違うでしょ?」


「なるほど……」


 昔漫画で見たチート級のボスの使う火炎魔法が、低ランクの最高級魔法の威力を超えるのを思い出す。


「あえて使用感を答えるなら今のは『こんなもんだろうな』って感じ」


「全く参考にならんな……じゃあ、ここにある袋一つを全部乾燥してほしいってなったらどうだ?」


「あー、そういう質問もあまりしない方がいいよ?」


「??」


「だってさー、あなたの魔力のステータスはいくつですか? って聞いてるのと一緒になっちゃうじゃん」


 あぁ、この世界は日本で女性の年齢のように人のステータスを無闇矢鱈に聞くのはNGなのか。


「面倒だなぁ……」


「だって、メッチャ魔力あるのバレたら何されるか分からないでしょ? ないならないでイジメられるとか色々あるし」


「確かになぁ……」


「『収入とステータスは家族であっても見せるな』って有名な諺だよ?」


 非常に分かりやすい。【祝福】の確認の時オッサは何度か自分のステータスを一部だけ見せてくれたが、今この話を聞くと『なんて非常識な依頼』をしていたんだと反省する。


 (俺がステータスを知られたらポンコツすぎて、身包み剥がされて奴隷商に売られるんだろうな……)


「うーん、しかしこの茶葉の山をどうにかしないことにはなぁ……」


「大人しく力仕事しますかねぇ……」


 メイは細い腕で力瘤を作るような仕草をする。


「まぁ、他に緊急でやることもないからそうするかな……」


 俺も意見に賛同し店の方に向かう。


 ◇◇◇


 ――うん、アルモロおみせは今も大盛況のようだ。

 だって、さっき運んだはずのところにもう出涸らしの茶葉のゴミの袋がある。


「おい、これどういうことだよ? こんなに増えるって回転率考えたらおかしいだろ?」


「わ、私もそう思う……」


 二人で疑問を持っていると、後ろからアノーさんが声をかけてきた。


「いやー。ソウタくん試飲のアイディアは素晴らしいね。並んでるお客様の満足度を上げようと私の担当の方の店舗からも、試飲のカップとスタッフをさらに3名追加したんだよ」


 その話を聞いて俺とメイはお互いに顔を見合う。行列のが目の前にあった。


「お父様、増援はありがたいのですけども、このゴミをご覧になってください。余りのゴミの量に引き取り組合がボイコットして大変なことになっているんですよ」


 目の前に広がる出涸らしの入った袋の山を指差しメイが説明をする。


「なんと? カーサがソウタくんとメイに相談したという話を聞いたのでてっきりかと思っていたのだが……」


 メイの表情が『余計なことをしてくれて……』と言わんばかりに強張る。

 俺がのマジックバッグとか所持していたら解決しただろうが、魔道具一つさえ与えられてはいない。

 知識も魔力もなく魔法も使えない、ある種『数という物理的な暴力』に対して俺は何もできないのだ。


「いや、すいません。色々対策は考えたのですが、何をするにせよ乾燥させなければいけないという意見でまとまったのです。ただ、乾燥ボックスを使うのに魔力が必要だということが分かって」


 メイのはオーナーとして『ごもっとも』なので俺が代わりに今までの経緯を伝える。


「ん? 乾燥ボックス」


「そうです。この問題の根幹は『重さ』と『量』だと思っていて、それを一番簡単に減らすのは乾燥させることなんですけど、それができなくて……」


「で、乾燥ボックスを使うと言う流れでよいかな?」


「はい、そうです」


 アノーさんは眉間に皺を寄せ腕組みをし質問を続ける。


は分かるんだが、魔力が必要とはどういう事になっているのかな? 私が知っている乾燥ボックスではなく、またソウタくんが何か特殊なことを?」


 どうも話が合わない感じがする。まるでオッサと喋っているような感覚だ。


「え? メイの乾燥ボックスは魔力が――」


「あ、私がねだられたか! アレで考えるのは色々と都合が悪くなるなぁ……」


 アノーさんは組んでいた腕を外し右の手首をあごに持って何かを考えているようだ。何か作戦があるのだろうか?

 店のオーナーはメイだが、屋敷のはアノーさんなので『屋敷側の設備でどうにかする』ということを考えると確かにアノーさんの知識の方に軍配が上がる。


 問題の先送りにしかならないが、屋敷の余っている部屋に出涸らしの茶葉の入った袋を移動させてもらえさえすれば運営に影響は出なくて済む。

 アノーさんはしばらく考え込んだあと口を開いた。


「――うん。現物がない状態で話してても埒が明かないから乾燥ボックスを見ながら話をしよう。ちょっとスタッフを整理するからメイとソウタくんはココで待っていなさい」


「「はい」」


 素直に応じた俺とは対照的にメイは何か言いたい事があるのをしているような表情をしている。


 スッタフルームから店の方に向かうアノーさんを見ながらメイもなんだかんだの女の子であることを実感する。

 そんな俺のおっさん目線の感想をメイは知ってか知らずか、少しだけ俺を見て「はぁ……」とため息をつくと無言でアノーさんを待った。

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