第34話 エンバグ
急なカートさんからの呼び出しに違和感を覚えた俺達は、段ボールなどをそのままにしてメイの部屋を出た。
「どうしたのです?」
「実は、本日も想定以上のお客様がいらっしゃってるのですが……ゴミ処理の自治会がこれ以上ゴミを受け付けないと言っておりまして……」
なるほど、確かに一日で七倍という話だと、ゴミの処理も七倍になる。下手すると七倍以上だろう。
「分かりました。現状のゴミの事は――少し考えます」
メイは目を瞑って考えている。俺も一応考えてみるが脳内にある緊急時の対策は
◇◇◇
カートさんと俺が見守る中。体感にして十秒程だろうか……結論が出ないが長考しすぎてもダメという感じで目を開いたメイは『仕方ない』というような表情をし結論を告げる。
「――そうですね。家の裏口すぐの客間に私が運びます」
客間というのは初めてこの屋敷に来た時にオッサと入った部屋のことだろう。あの部屋に一旦ゴミを移動するという判断をしたようだ。
「お嬢様が? それはやめてください。とても女性一人で持てる重さではないのです。それならば私が――」
そのやりとりを聞いている間、頭の中をある案が過ぎった。
「――メイ、一旦俺も手伝うから客間に運ぼう……二人ならゆっくりでも運べるはずだ。カートさんはメイの言う通り、
「ソウタ様……」
カートさんは心配そうにこちらを見ている。
「すぐに形になるか分からないが、ちょっと思いついた事がある」
「分かりました。お願いいたします、重量が重量ですのでくれぐれもお気をつけください」
俺の思いつきを信用してくれているのかカートさんが頭を下げてくれた。
「ありがとうございます」
カートさんの年齢がいくつだか知らないが、彼女からしたら俺はガキにしか見えない。そんなどこの馬の骨とも知らないガキの意見を取り入れてくれるのは素直に凄いと思い自然とお礼を言ってしまう。
「では、行きましょう」
カートさんに続くようにして三人でスタッフルームまで行く。
俺とメイはとりあえず現状の確認をする。カートさんは再度俺に軽くお礼を言うとメイの指示通りに
一応、問題となっているゴミを確認したが茶葉とそれ以外に分別していて大半は『出涸らしになった茶葉』だった。
「メイ、
「基本はそうなりますね。味の面では二回目程度なら大丈夫だと思っている茶葉もあるんだけど、商売をする上で他のお店もやっているからそこは譲れない部分なのです」
メイの部屋ではないので、メイはやや敬語っぽい雰囲気で対応してくれる。
「分かった、であれば今じゃなくていいが、待たせているお客様に提供している試飲用のお茶は二回目のものを使うようにしよう」
「うーん、実際の商品と違うものを提供するのは……」
「だから、初めから言っておくんだ『この試飲用のは二回目のものを使っております、多少風味が違いますが、本来召し上がるのはちゃんとした物です』と」
「なるほど」
まぁ、言葉通り二番煎じというものだし、茶葉によっては無理なものがあるが、今より多少コストは抑えられるだろう……
「ただ、それはコスト面の提案だからゴミの処理の話とは別だ。一旦、少しでもゴミを運び出してから作戦を話す」
「分かりました」
そこからは俺とメイで実際のゴミを運ぶ作業をしていく。
肝心の出涸らしのゴミの件だがかなり重労働だ。異世界につきものだが地球での便利グッズである車輪のついたキャリーというかワゴン的なものがないのだ。
いや、この店にないだけで存在するかもしれないが、店にはなかった。
今後のことを考えるとキャリーもどうにかした方がいいだろう。
30分程度かかって、元あった量の半分ほどを移動した。ここまでくれば、ひとまず大丈夫だと判断して休憩を挟んだ。
「――で、作戦とは?」
「あぁ、まず俺のいた地元の話をしていいか?」
「商売に繋がらなければ……ゴミの件は完全に新規の話になっちゃうから条件を追加しないとダメな気がするわ……」
「んじゃぁ、カートさんが空くまで話できねーな」
そう。魔法契約で喋れなくなるため本当に物理的にできないのだ。とりあえず契約の穴を探すべく考える。
「――何か新規にならないのは……ゴミの話だからないか……」
「ちょっと席を外すわ。無理しなくていいからね」
俺が考える時間が欲しいのを気遣ったのかメイは席を外してくれる。
できれば、何か穴を見つけて解決したい。個人の間で交わした契約なので絶対穴があるはずなのだ。
茶葉のゴミがある部屋の中を考えながら行き来すること数回。やっと妙案を思いついた。
「――大丈夫な方法があるな……多分大丈夫だ。さっきもう既に普通に話せちゃってるし!」
魔法契約はある意味緩いのが良い所だ。段ボールのドリンクホルダーも単体で考えると完全に新しい話ではあるが、都合よく捉えれば紙コップや紙袋に付随する話としても考えられる。だから話せたのだろう。
二番煎じの話もゴミ処理という観点で見るのか、既にやっている試飲のアイディアの延長として見るのかで違ってくる。
「どう? 一旦運び出しを先にする?」
メイが戻ってきて声をかけてくれた。
「えっと、軽食の件だが――」
無駄に枕詞を付けて俺は話す。この枕詞が大事なのだ。
「ココにある、お茶の葉を利用したメニューを作る。試作が必要になるだろうし、チェリアに素材が全てあるのか分からないがヒントは出せると思う」
念の為、ゴミとは言わず『お茶の葉』とも表現する。
「うーん、一度使ったお茶の葉で大丈夫なの? 風味が落ちてるわよ?」
「あぁ、あくまでなんとなく香りがすればいいんだ。軽食用で飲料として口に入れるのとは違うんだ」
「分かったわ、他には何かあるの?」
「あるにはあるが、多分言えない……」
「分かった、お店が閉まったら聞くことにする」
俺にその気はないが『条件次第』という風に聞こえてしまっているんだろう……
ただ、俺もお茶の葉の再利用に関しては聞き齧り程度の知識しかなく実用的なものになるかはかなり怪しい。
有名どころとしては、お香、蕎麦柄の枕みたいなのに入れる、靴の脱臭剤、石鹸、入浴剤、肥料とかだろうか……
以前、畳を掃除する時にわざとお茶の葉を使って一緒に掃除するというのを見たが現実的じゃないと思う。
因みにメイに提案したいのはお茶を使ったクッキーで、クッキーの作り方なら小・中・高の家庭科の教科書どれかに載っている可能性がかなり高いと思ったからだ。
ただ、大きな問題があった。再利用の全てに共通してるのは『乾燥作業』だ。乾燥となるとやっぱり大量に風を送る仕組みが必要になるだろう。
まぁ、魔法の使える世界なので手っ取り早く『乾燥の魔法』が使える人を呼ぶってのもあると思うが人件費とか、貴重さとかも分からないのでなんともだ。
「――終わった?」
「あ、あぁ」
俺の思考時間の終わりを待ってメイが話しかける。
「メイ、チェリアで魔法使いってどのくらい居るんだ?」
「うーん。ギルドに聞かないと分からないし、ランクにもよると思うけどチェリアに多くはいないと思うよ。特に高ランクはいないと思っている方が確実!」
言われてみれば当たり前で、魔物もいない平和な
「なるほど。まず、ゴミとして捨てるにしても何にしても乾燥が必要という事で乾燥魔法を使える人って知り合いにいるかな?」
「乾燥魔法?」
「あ、やっぱりない?」
「乾燥魔法ってどこで使うんだろう? 」
メイは額に手を考えている。そんなに可笑しな事を言った覚えはないのだが……
「そりゃぁ、洗濯物が沢山溜まった時とかだろう……」
「――戦闘での話!」
そっか、魔法使いと言うと戦闘向きの魔法を得意としている人を思い浮かべるのか……
「あー。うーん何か湿気の多い敵が出た時かな?」
「何それ?」
「分からん……」
俺がこっちに来て出会った(?)モンスターがスライムだけなので何も言えない。
「やっぱり、敵が出たら炎とか雷とかで攻撃するのが一般的か?」
「そうだと思う。あとは凍らせるとか多少風を扱うとかかなぁ……他は光を使う魔法もあるか……」
「乾燥魔法みたいなのは聞いたことない?」
「さっきも言ったけど、戦闘でそんな中途半端なことするなら燃やしちゃった方が早いんじゃない?」
(
こういう時、電子レンジがあれば一気に水気が飛ばせるから便利だと再認識し『魔法より電気の方が凄い説』が頭をよぎる。
「くっそ、フリーズドライとかのやり方勉強しておけばよかった!」
「なにそれ?」
「いや、聞かなかったことにしてくれ」
「とにかく、合言葉は『乾かす!』だ」
「何の? 合言葉?」
「ゴミ処理の!」
段々、やりとりが面倒になってきて話し方が雑になる。
俺もバカは自覚しているもののスーパーバカじゃないから『フリーズドライ』を直訳して『冷凍して乾燥させる』とか冷凍庫に入れっぱなしにしてると
あと、エアコンのドライも実はクーラーと機能は同じで、空気を冷やして気体から結露して液体になった水分を排出してるくらいの予備知識はあるが、それを電気なしでどう再現すればいいのかが検討がつかない。
「うーん。じゃぁ『乾燥ボックス』使ってみればいいのかな?」
「乾燥ボックス? なんだそれ?」
「さっき、洗濯物の話をしてたでしょ? 単純に水分をなくしたいってことであってるよね?」
「そうそう」
「だってお茶っ葉って元々天日干しで乾かしてるし『食品に使う』って言っていたから、本当はそれをやりたいのかな?って思ったんだけど」
そうか、出涸らしのゴミを見ていたから忘れていたが、そもそも『お茶っ葉』自体が乾燥してるものだった。
「いや、天日干しなんていう自然の力に頼っていたらゴミ処理なんてできないから魔法でって考えたんだよ」
「だから、それなら『乾燥ボックス』で何とかなりそうな気がするって」
メイは俺の思考はお見通しという顔をしている。
「だから『乾燥ボックス』って何?」
「洗濯物を乾かしてくれる魔道具」
(そっか人がダメだなら道具に頼るのか!)
「めっちゃ便利そう! でも、お高いんでしょう?」
メイには伝わらないだろうが某通販番組のような返しをしてしまう。
「うーん、どうなんだろう家族が多い家庭は割と持ってるイメージあるんだよねぇ」
うん、これは間違いなく乾燥機だな。そんな感じがした。
「それって完全にカラッカラに乾くようなもの?」
「設定によると思うけど、その辺はカートの方が詳しいと思う」
(これだから箱入りのお嬢さんは……)
もうちょい前進しそうな雰囲気があるので続けて質問してみる。
「それって、使ってる間に入れてるものが熱くなったりしない?」
「しないと思う……」
「どのくらいの量を乾燥できるの?」
「箱の大きさ次第じゃない?」
「お茶っ葉みたいな小さいものでも乾燥できると思う?」
「やったことないから分かんない」
(うん、ザ・箱入り娘!)
ほとんどが『分からない』という返答で全く前進しなかった。雰囲気に飲まれた事を後悔した。
「あれだよな? この家にはあるよな?」
「何個かあると思うよー」
流石、
「メイは使ったことは?」
「すっごい前に家事の勉強で使い方を習ったけど覚えてな――ごめん嘘ついてた」
「?」
どこまでが嘘なのかが会話で見えない。メイも時々自分の思考にハマってセルフツッコミになる時があるが、こういう展開になる度『俺も気をつけないといけない』と毎度のように思う。
「あるよ、ある私に使える『乾燥ボックス』!」
「どこに?」
「私の部屋!」
「……っ! なるほど!」
俺も理解した。お茶の葉は湿気が一番の敵である。そしてメイはあれだけのお茶っ葉に囲まれた部屋で生活をしているのだ。その対策として乾燥ができるアイテムを所持していないというのは不自然すぎる。
「ただなぁ…あれは、お父様にプレゼントとして専用にオーダして作ってもらったから小さいんだよね」
いちいち、エピソードが金持ちお嬢で羨ましく思うが、とりあえず茶葉専用にしているので条件は満たせる。
「それってメイの部屋じゃないとできないのか?」
「ううん、ここでも使えると思うよ、持ってこようか?」
「頼む!」
メイは足取り軽く自分の部屋に向かって乾燥ボックスをとりに行く。俺は椅子のない客間で待っている間思った事があった。
そもそもメイのあの部屋には『茶葉』が無数の筒状の瓶に詰められていたが、あの瓶は何なのだろうか?
日本の茶筒でも乾燥を完全に防ぐのは難しい、お茶もコーヒーも真空パックにして販売されている。コーヒー好きな人には真空パックにする機械で小分けにして保存する人も少なくない。
乾燥剤もなくどうやって管理をしているのだろうか?
「――お待たせしました! これが『マイ乾燥ボックス』です!」
メイは縦が20cm 横が40cmくらいの宝箱型をした箱を俺の目の前に持ってきた。
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