第33話 ニルテクノロジー

「――すごっ……」


 メイが食いついたのはマグカップだった。ただ、こんなになら茶渋とか落としてくればよかった……


「これが、俺が言っていた取っ手のあるコップ、俺の地元では『マグカップ』と呼ばれていたものだ、汚れ具合で分かると思うが魔法のコーティングは


「持ってもいいですか?」


「お。おう……」


 いきなり敬語になるメイに戸惑う。「なるほど」とか「持ちやすい」とか小さく呟いたりを嗅いだりしている……

 もっと丁寧に洗うべきだったと本当に後悔する。


「あの……お湯を入れてもいいですか?」


「火傷にならないわけじゃないから気をつけてね」


 メイはゆっくりとマグカップにのお湯を入れていく。


「これすごい。凄い……お父様に見せなきゃ――」


 ただのお湯が入ったマグカップに向かって小声で『ブツブツ』と呟き続けるメイは明らかにヤバい状態に見える。


「――落ち着け! 今日はマグカップが主人公じゃないぞ? しかもそれ俺が自分の部屋で使うやつだから!」


 トリップ状態から引き戻そうとして少し大きめの声をかける。


「いや! ソウタさんにはこれの凄さが分かってないのよ」


 メイは凄い目つきで俺に一瞥をくれながら逆に大きな声で言い返してきた。


「うーん、分かってるから提案したんだぞ?」


 若干怯みはしたが、ここは冷静に諭した方いいだろう。声量を普通に戻し対応する。36歳のオッサンの強さだと思う。


「いや、分かってないと思う」


 駄目だ。会話にならないのでスルーして次へ行く。


「んで、これがの紙コップな」


 俺はとメイの視線に入るようにテーブルの上に紙コップを置く。


「えー、何これ? こんなの見た事ない!!」


(そりゃぁ、見た事のを選んで持ってきてるからなぁ……)


 メイはマグカップを丁寧にテーブルに置くと、紙コップを右手に取り先ほどと同じように匂いを嗅ぐ。どうも彼女はなんでも匂う癖があるようだ。お茶が好きだからこの癖になったのか、癖があったからお茶好きになったのか、少しだけ気になる。


「――さっきの紙で作ったやつと全く違うじゃん。これじゃぁ想像できないよ!」


 マグカップの時と同様、紙コップから全く視線を逸らさず俺にクレームを投げてくる。


「いや、あの時説明したかったのは温度のことについてだから……とにかく、一度お湯を入れたいからココに置いてくれ……」


 メイは、俺の話半分の顔で紙コップをテーブルに置く。その間に俺はバッグからリング状になった段ボール通称『スリーブサポーター』を出した。


「これが本来説明したかったスリーブサポーターだ」


「あー、確かに再現しようとした努力は認める」


 尊敬どころかきてる感じがちょっとイラっとする。


「――いや、結構再現度高いだろ?」


「だったら、もうちょっと『厚めの紙で作られてる』とか『硬さ』とかもっと言えたと思うよ?」


「だから、説明したかったのは温度なの! 温度! いいから紙コップにお湯を入れろ」


「分かったよ」


 メイはややふくれっ面になりながら紙コップにお湯を入れる。


「いいか、この状態だと魔法もから当然熱くて持てない、軽く触ってみ?」


 メイは言われた通り、お湯の入った紙コップに右手の人差し指を当てる。


「――うん、熱い」


「だろ、でも冷めるまで持てないというのは不便だろ? お茶の美味しさも落ちるし。だからこれをこうするんだ……」


 俺は紙コップの上を持ち、全体を持ち上げるとリング状になったスリーブサポーターの円の中に入るように置きスリーブサポーターを上にズラす。


「この部分を持ってみ全然違うから。ただ、熱さが全くないわけじゃないからな……」


 メイはおそるおそるスリーブ越しに紙コップを持つ。


「あー、持てるぐらいになってる!不思議ー!魔法みたいー!」


 魔法が存在する世界で科学の道理っていうのがどこまで通じるのか分からないが、紙で断熱というのは魔法のように感じるらしい。


「でな、この紙コップのすごい所は……」


 俺は紙コップに入っているお湯を、マグカップに注ぎ紙コップを空にする。


「ほら。乾いているというかコーディングで再利用できるというのと……」


 中身がない紙コップを潰して


「こうやって潰すことでゴミの容量を減らすことができる」


「……すごい、すごいけど、どうして潰しちゃうの?」


「え?」


「潰す前に、乾いている状態とか確認させてくれなかったのなんで?」


「あ……」


 メイは目に涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしている。


「あ、あと紙コップのすごい所は、こうやって重ねて保存できる」


 俺は、フォローのつもりで残りの紙コップをバッグから出した。


「すごい! まだあった!」


 メイは表情を元に戻し喜びを見せ新しい紙コップを手に取る。中のコーティングが気になる様で色々光にかざしたり、匂ったりしている。

 紙コップで喜ぶ16歳の女の子ってシュールだよなぁ……


「はい!質問です!」


「なんだ?」


「これさー。ここまでコーティングする必要あるのかな?水分一切残らないぐらいのコーティングだよね?」


「あー。うーん」


 予想外の質問に考え込む……


「多分だけど、これ別のお茶とかを入れ直しても混ざらないとかってのがあるんじゃないかな?」


「ん??入れ直す?」


「あぁ、同じお茶とかならいいんだけどさ、例えば牛乳を飲んだ……あっ……飲んだ後に『お茶を飲みたい』ってなった時それこそマグカップだとになるだろ?」


「あーなるほど、濁って酷いことになるね、それが上手くやれば混ざらないということか!これ考えた人すごい!」


「そう。考えた人がすごい。で、逆に俺から質問だ……」


「アルモロでは蜂蜜や牛乳を混ぜたお茶は出してるか?」


「蜂蜜?牛乳?」


 あれ、ハンバーグ出てきたから牛乳もと思っていたが、ないのか? 蜂蜜もありそうだが養蜂文化がないなら超高級品の可能性もあるな……


「あー、蜂蜜が分からないなら砂糖でもいい」


「いや。牛乳も砂糖も蜂蜜も知ってるけどさ……」


「濁って『酷いことになる』って話してたじゃん、あと甘いお茶なんて誰が飲むの?」


 そうなんだよなぁ、緑茶ベースに考えるとミルクティーも甘いお茶ってのも考えられないよなぁ……


「うん、つめたいお茶の時も言ったが、俺も気持ちは分かる。ただ牛乳も砂糖も割合によるんだ、なんというかご飯に合わせたお茶ではなくて……」


「……」


 メイは無言の圧力を俺にかける。


「俺の地元では『人は疲れた時に甘いものが欲しくなる』ということが常識になっていて、栄養を補給する目的で砂糖や蜂蜜、蜂蜜はあれだな喉にいいので半分薬として? 飲む人がいたんだよ」


「あー薬草茶というかポーションとかそういう感じ?」


「うーん、ポーションかぁ、ポーションとは違う気もするが、言われたらすごーーーーーーーいポーションかもな」


 『痩せる』とか『アレルギー症状が改善』みたいな謳い文句のお茶もあった気がするが薬事法に引っかかるとかで仕事の時に文言を変えたのを思い出す。

 そういう意味では美容・健康系のキャッチコピーをつけたお茶は一時的には売れるかもしれないな……


「というか、現物見ると凄さが分かるよ」


「それはそうだろうな」


 まぁ、やってることは完全チートだもんな。今まで『自分の知識でどうにかする』のはあったと思うが、『自分の知識を放棄して元ネタを提供する』というのは完全にだと思う。


「で、完成系を見せるわ」


 俺はバッグから紙袋と段ボール製のドリンクホルダーを取り出し、紙袋の底に設置する。ドリンクホルダーの凹みに余っている紙コップを刺す。


「これで、店で飲まずに好きなところで手軽に好きなお茶を熱々で楽しめるわけよ。しかも中でお茶が動きづらいからこぼれにくい……」


 ここまで情報を出すのであれば『ドリンクの蓋もあった方がよかったかな?』と思うのだが、プラスチック製だったことを思い出し代案を考えなければと考える。


 ……


「うーん、代案が浮かばねーわ、本当なら紙コップに蓋があるんだけど、すまん蓋になる素材のアイディアが浮かばないわ」


 元々、人のアイディアを輸出してるだけなので自らの案がでないことを詫びる。というか途中からメイの反応見てなかった。



 ◇◇◇


 メイは泣いていた。泣いていたというより勝手に涙が流れていた。


 ソウタの言った『好きなところで手軽に好きなお茶を熱々で楽しめる』これはメイが思い描いていた理想の1つだ。

 その理想に向かって様々なお茶を試飲し、ブレンドし店の雰囲気、環境を整えてきたが、結局店の中でしか再現できなかった。

 本来なら『お茶の葉を売る』というアイディアもライバル会社に秘密がバレるので父親と揉めに揉めた。


 少し前に叔父が連れてきた考え事の多い少年が自分の理想を再現してくれたのである。


 ◇◇◇


「……イ……か?」


「お……、……イ……ジョ……か?」


「おい、メイ大丈夫か?」


「凄いです、神です」


「お、戻ってきたか」


 きっと俺も考え事してるとなんだろうなぁと反省をする。


「聞いてなかったと思うが、本当なら紙コップに蓋があるんだけど、その蓋の再現が難しくて代案が浮かばない……」


「ソウタさんは……」


 そう発言した直後メイの眉間に皺がよる。


「おい、メイ、メイ大丈夫か?」


「すいません、契約に違反する行為をしようといました……取り乱しているようです」


 深呼吸をするメイ。なんとなく聞きたいことは分かった。多分俺の生まれや日本の事とかを聞きたくなったのだろう。これは至って普通のことだと思う。

 そうでなくとも俺にとっては何もコーヒーを運ぶ仕組みを説明しただけで泣いてるんだから。改めて日本というか現代社会の細やかさや科学の素晴らしさを痛感する。ある意味、科学は魔法と言い換えても良い世界なんだと思った。


 ――さて、どうするべきか……ここまで16歳の女の子に向かって異世界の技術を見せつけて『何も聞くな』ってのはかなり酷である。ただ、俺の色々なことを話して彼女が理解できるのか、そして彼女が知るということは保護者であるアノーにも同じ情報を渡さなければならないだろう。


『アレの事は言っておらんよな?』


 オッサの言葉が頭をよぎる。どうしたら良いのだろうか……

 俺だって全部を曝け出した方が楽だ。でも、それは異世界人として生きて行くこと。つまりフリューメここで普通に生きていく事を諦めることになる……


(あーーーー! めんどくせー)


 本当、昔からこういう『誰に遠慮をしているのか分からない事』で悩む自分が面倒になる。


(もういいや、言っちゃえ)


「――メイ、落ち着いたか?」


「ソウタさんが考え込んでいる間に落ちついたと思う……」


 彼女がトリップしてる時間より俺の考え込んでいた時間の方が長かったようだ。気を取り直して話を続ける。


「確か俺が……自ら自分のことを言うのは契約違反じゃないはずだ。今からメイを信用してあるものを見せる、覚悟はあるか?」


 俺の真剣な眼差しと対照的にメイは少しだけ微笑むと口を開く。


「もうソウタさんの見てもインパクトないと思うんだよね。それぐらいさっきの組み合わせって凄かったのよ。私の中で……」


 きっと、大好きなミュージシャンやアイドルに出会ったぐらいのインパクトだったのだろう。

 メイも大概な気がするが、今はそこは


「――で、覚悟はあるか?」


「うん、もう何がきても驚かないと思う。ソウタさんが実は『魔王でした』って言われても驚かないよ」


 そのパターンの転生もあるが、俺は残念ながら『+rand(1,5)*.1』の至ってふつ――いや、寧ろ異世界こっちで生きていく上では弱めの青年オッサンなのだ……


「――これを見てくれ……」


 俺は、カバーを外した真っ黒の状態のステータスカードを見せる。


「これは……」


 メイは元々大きかった目をさらに丸くする。オッサも同じように驚いた時は目をひん剥いてたなぁと思いながら話を続ける。


「そうだ、呪いのカード……らしい。だが、安心してくれ誰かに呪いが移ることも確認されていないし、俺自体がすぐに死ぬということもない……」


「でも、真っ黒よ?」


「あぁ、俺が受けた呪いは、地元でボケーっと住んでいた俺をいきなり家ごとの近くの林に転送させたって奴だ」


 実際問題、俺のステータスカードに呪いがかかっているのか、呪いが何なのかは確認できていないが、俺の中で日本から異世界ここに来たのは呪いとしか言えない。


「はっ?」


 流石、オッサの姪だ。叔父と全く同じ反応をする。


「あー。分からんよな、俺もそうだった……朝起きて家から出たら俺のいた所じゃなくて、チェリアの近くの林に家ごと転送させられたの!」


 現実を説明するのにちょっととしていまい語尾が強くなってしまった。


「だから、異世界ここの文字が読み書きできなかったり、常識がなかったり、魔法のことを知らなかったり……君の立場からしたら異質な物質を持っているのは呪いが原因なんだ」


 うん、改めて口に出すとハードモードな気もしなくもない。

 メイは驚きはしなかったが、反応に困っている様で複雑な表情をしている。


「まぁ、もうちょい秘密はあるんだが、とりあえず君が聞きたかったことはこれで納得できると思う。君が俺の地元に興味があってもおおっぴらに言うのは俺にとって得策じゃないし、あと行きたい思っても俺さえ帰り方が分からないから希望は薄――」


「ソウタさんは帰れなくても大丈夫なんですか?」


 メイは食い気味に意外な質問をしてくる。いや俺が小説ラノベ慣れしているだけで当たり前の質問なのかもしれない。


「あー、まぁ初日とか来たばかりの頃は帰りたいと思ったよ。オッサさんに会うまで二日くらい誰とも出会えなかったし、どこだか分かんねーし。まぁ、でも今はちょっと……いや、俺ににしてはかな? 前向きになってるのよね」


「そうなんですか?」


「メイがお茶で何かしらの夢があるように、俺もガキの頃に諦めた夢みたいなのがあるのよ、地元じゃぁ絶対無理だった夢が……」


「ソウタさんでもそんなことがあるんですね……」


「あー、うーん。俺のことをどう思ってるか知らないけど、いつかステータス見せてやるよ。ビビるぜ? 酷すぎて。なんせ呪われてるからな!」


 重い空気を和らげるために苦笑いをして言ってみる。


「だったら尚更帰りたいのでは?」


「うーん。でも、さっき言ったみたいに地元で無理だったものがチェリアでは叶えられる可能性が出てきたから。その結果が出てから帰る方法を探しても遅くはないと思ってる」


 俺は今出せる素直な気持ちをメイにぶつけた。

 日本にいた時も含めてここまで素直になったのはいつぶりだろうか? ちょっと前にも素直な気持ちでもあると思うが、今の方が前向きで清々しい気分だ。


「――分かりました。私は私で契約通りソウタさんと協力関係を続けられるよう頑張ります」


 俺の思いが通じたか通じてないのか分からないが、一件落着な気がするので俺はステータスカードをしまう。メイは俺の呪いの事など全く気にしてないようで、紙袋の匂いをかぎながらドリンクホルダーの仕組みなどを一生懸命スケッチしたり、俺に質問をして解析していた。


 質問が一通り終わったところでメイがお得意の一言を言う。


「――お茶淹れようか?」


 その時、部屋の入り口からカートさんの声が聞こえた。


「お嬢様、ソウタ様もこちらにいらっしゃいますでしょうか? 少し相談があるのですが……」

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