第19話 姪の名前はメイ
オッサは自分の右手を玄関の横にある
(え?この魔道具ってステータスカードなくてもいけるの?)
「はーい」
奥から女性の声が聞こえる、例のオッサの姪っ子だろう。しばらくするとショートカットの女性が玄関を開けてくれる年齢は十代後半くらいに見える。
「あ、叔父様、こんにちは」
「元気にしておったか? アノーは仕事か?」
「そうよ、お父さん最近忙しいみたいよ」
アノーってのがオッサの兄弟であることは間違いないと思われる。
「そうか、ちょっと今日は変わったお願いがあっての」
「あら? そちらの方は?」
「ああ、ソウタと言ってな、あれじゃ、ちょっとワケアリの奴での……」
「はじめまして、ソウタと言います」
久々にちゃんとした形で初対面の人と会うので対応の仕方がわからず事務的な感じの受け答えになってしまう。
よく考えたら会社だと上司がタイミングを見て紹介してくれるので自分から切り出すことがなかった……こちらでも出しゃばらず待っておくべきだったか?
「こんにちは、メイと言います。叔父がお世話になっています」
メイは丁寧にお辞儀をしてくれる。
「訳あり風には見えないけど、いつものおじさんの悪い癖ね」
「あのなぁ、ワシは自分の仕事をちゃんと遂行しておるだけじゃ」
「はいはい、それで今日は住む場所の話それともパパの保証人証明?」
「いや、アノーに用があったわけではなく今日はメイの子どもの頃の教科書や本を工面してほしいのじゃが……」
「え? 教科書?」
「コイツ、出会った時は無一文でな、言葉は喋れ……まぁ喋れはするのじゃが、文字を読み書きできんのじゃよ、あと魔法もかなーり微妙でお湯さえ作れない。そもそも一人で生活できるか怪しいのじゃ……」
「叔父様、それは住むところも必要になるんじゃないの?」
「いや……それには及ばん、あとステータスカードは所持させておる」
「いつも思うけど叔父様の話って簡略化しすぎてて分からない事が多いのよねぇ」
メイは俺のあべこべな環境を説明するオッサに対して眉を潜める。なんとなくこの辺りはオッサの面影を感じる。
「仕方あるまい、仕事柄不必要なことを言う立場にないのでの……」
「うーん。仕事以外でも同じ印象を受けますけどもねぇ。身内の私としては!」
このやりとりを鑑みるにオッサも話が上手い方じゃないのであろう……そういう意味では俺との相性はよくないのかもしれない。
「お前さん、俺の話し方に対して不満があるようじゃが、お前さんの例の事を言わずに話すと誰でもこうなるぞ?」
オッサがやや圧を加えたようにこっちを見て話す。
「いえ、そんなことは……」
確かに、ブラックカードのこととかカードケースの事を話すのは身内であっても言わない方が良いだろう……
「まぁいいわ。変に色々聞いても良い事ないと思うし……」
そうそう。俺もなんか上司とか見てて思った、二十代の頃は『色々情報を知っていた方がよいかな?』と思っていたが三十代に入ったり上司の仕事を多少でもカバーできるようになると『知らない方が幸せ』というのが身を染みて分かる。
「ちょっと待ってて……うーん、探すのに時間がかかるから客間で待っててもらった方がいいかも……」
「ふむ、すまんな……」
「ありがとうございます」
オッサの家では足を洗うので同じかと思ったが、メイの家は土足で行ける客間があるようでそのまま案内される。
メイはスリッパのようなものを履いていたので『なるほどなぁ』と思った、友達が来る訳でもない男性の一人暮らしなんてトイレ以外でスリッパを用意することなんて考えてもなかった。
(あ、もちろん友達の家に俺が行く事もないのでそういう概念なかったですよ。36歳ですけどね……)
「粗茶ですが……」
客間に案内されて少しするとお茶が出される。
「え? 美味い……」
思わず感想を言ってしまう。というかオッサの家で出されたものと同じものとは思えない。きっとオッサは俺がお茶屋で演奏することを考えてくれてこちらに案内したのだろう。
「ワシの家のが不味くて悪かったのぉ」
どうやら、違ったようだ……
「いや、まぁそれぞれ好みは違うんで……」
『お茶を濁すという言葉はココで生まれたのか?』みたいな返しをしてしまう。何か話題を変えないと……
「ここの家主のアノーさんと言いましたっけ? はオッサさんの兄になるんですか弟ですか?」
「よく名前覚えとったのぉ、三つ下の弟じゃな」
「あれ? オッサさんっておいくつですか?」
「ワシか、42歳じゃ」
(もっと年上かと思ったら世代的にそんなに変わらないのか、しかも弟39歳で娘があんな感じなのか……)
いや、日本に居た時も風の噂で同級生に子どもが産まれたとか聞いたことはあるが、実際に同世代にこんな大きい子がいるというのは結構来るモノがある。
「お前さんは若いからいいが、ちゃんとするんじゃぞ……」
「いやいや、オッサさんはしっかりしてますって……」
設定は18歳になったが36歳のネトゲ大好き独身にはオッサの気持ちが痛いほど分かる、ただ誰にも迷惑をかけずに生きるのでも大事なことだと思っている。
「フフ、ソウタさんって見た目よりしっかりした受け答えなさるのね」
いくつかの本を持ってきたメイさんが笑っている。
「メイ、こいつはかなり独特じゃ、正直に言うと常識が抜けておるし、無駄に黙る癖があるようでストレスが溜まるぞ」
(すごい、すごいよ!初対面の女の子の前でオーバーキルな事を平気で言わないで……)
「すいません、ちょっと色々考える癖があってすぐに返答を出せないというか上手く返せないのは自覚してます」
ぶっちゃけこれはこっちに来てから考え事が増えたからってより元々俺の『質』のような気がする。
「人それぞれ話し方にも個性があるから別に気にしなくていいとは思いますよ」
こういう返しだけでメイのコミュ力が高いのが分かる、ステータスカードの値を知りたいくらいだ。
「で、こっちがお願いされた本なんだけど、落書きとかもしちゃってるしどの本がいるのか分からないのよね、足りなかったら言ってくれれば持ってくるけど」
「ふむ……」
オッサが持ってきた書籍をチェックする。意外と薄い本が多いのは文字の練習のものが多いのだろうか……
「まずはこの三冊であろうな……」
「あら? こっちのはいらなかった?」
「いや、まぁソウタはその最低限の魔法だけで本人が言っているからのぉ、欲が出てきてからでよいと本人とも話しておる」
(一切聞いてないが、まぁ魔力0.5ってのはあまり人に知らせない方がいいって話だし、そこは乗っかって置こう……)
「そうなんですよ。俺、あんまり魔法に興味がないというかもっと力を入れたいところがあるんで……」
「同世代だと『魔法でなんでもできるようにしたい!』って人が多いのに珍しい考えね」
「だから、変わっておると言っているのじゃ、はっきり言って無茶苦茶じゃぞ」
(異世界人でパラメーター低いからしょうがないじゃん……)
「でも魔法で全て解決できるわけじゃないし、魔力の上げる訓練もしなきゃいけないからどっちにしても基礎は必要ってことね」
「そういうことじゃ、18歳で来客時に暖かいお茶の一つも出せないなんて誰も信じんじゃろ?」
「まぁ、お茶が嫌いな人もいるにはいるじゃない?」
メイさんのフォロー(?)はありがたいがオッサが正しい。せめて日本のように自販機やコンビニがあればいいが俺は無一文だし。
「いえ、オッサさんの言う通り俺もお茶が飲めない、お湯がない生活は不便だと認識しているので大変助かります」
俺だって来客時にお茶やコーヒー出せないのは『常識ないなぁ』というのは分かる。
「そのお茶さえ出せん奴がここのお茶が美味しいと言っておったわい」
めっちゃ根に持ってるじゃん。
「ホント? よかった父が喜ぶわ」
「いえ、本当美味しかったです、このお茶を飲んで是非自分もお湯が作れるようになりたいと改めて思いました!」
「あら、大袈裟だわ! あとそのお茶のお湯は今魔法で沸かしたものじゃないし……」
メイは少し笑っている。まぁ来客の度に魔力を注いでお湯を作るのは効率が悪すぎるだろう。
「あ、いえ、火も起こせるようになりたいので……」
(ライターあるけど、いつまでもガスがあるとは限らないからなぁ)
「そっかー、確かにそうですわね」
「まぁ、用意してもらうものは用意してもらったのでさっさとお暇するぞ!」
「分かりました。本お借りしますね」
「あ、それ使い道ないからあげるわよ」
おぉ。太っ腹だし助かる。本来なら『気持ちだけでも〜』と言いながら多少のお金を払うのがいいんだろうが、無一文なのでカッコつけることもできないので素直にいただこう。
「助かります!」
「また、来るぞ!」
「はーい、美味しいお茶が煎れられるようになったら是非飲ませてくださいねー」
そんな素晴らしいコミュ力を見せられ俺とオッサはメイと別れた。
「さて、一度ワシの家に行くかの、お前さんが一番気にしておる金の工面まではなんとかせんとな……」
と、俺たちはオッサの家に向かう。十分程度歩くとオッサの家が見えた、昨日ぶりである。
足を洗いオッサの家に入る。
「今、おいしくない茶を出すから待っておれ」
「いや、美味しくないとは言ってないですって」
結構根にもたれてる事を気にしながらフォローを入れつつ居間に座る。
「ほれ、お茶だ……」
お茶がテーブルの上に出される。
「ありがとうございます」
とりあえず、口に運ぶがやっぱりメイさんの家のお茶と違って全く味がしない。
「さて、お主には金貨五枚を貸そうと思う」
オッサはいきなり金貨を取り出して俺の目の前に置く。俺の感覚では金貨一枚が一万円くらいのイメージだったので五万円を用意してくれたことになる。
「え? ちょっと多すぎる気がするんですが……」
「いや、多分これでちょうどよい。そしてワシがもし持ち逃げされてもギリギリ納得できる金額がこれじゃ」
正直、こういう言い方をされた方が気持ちが楽だ、もちろん持ち逃げする気は毛頭ないが途中で病気になったり日本に転送されて戻った際返せない可能性がある。
二十代の働き初めの頃は一万円でも貸すのは中々勇気がいったが、三十代中盤を過ぎると三万円くらいならギリギリ、五万円だったら引き摺るものの『半年間一万円を節約すればなんとかなる』という感覚になった。
オッサも同じような感覚なんだろうとは思う。
「ありがとうございます。早く返せるよう頑張ります」
色々嫌味も言われているがお金の貸し借りで借りる側から言うよりも貸す側から言ってもらった方が心が楽になるという部分でも気を使ってくれているのは分かるので、ここは自分からちゃんと頭を下げる。
「無駄に焦ってもしたかないとは思うが、まずは自分の生活ができるようになってからじゃの、あとはいらなくなった服を用意するからさっきの本でも読んどれ」
「助かります。すいません」
そっか、日本で着てた服で活動するってわけにもいかないからこっちの服も必要だわな……ファッションの仕事をするわけではないので変な人という目で見られなければ問題はない。
オッサが別の部屋に行くと、俺は先ほどもらった本を出す。
一番薄い本は文字の本のようだ、絵と文字があって認識すると言う感じでアルファベットを覚えるようなものだと認識できた。この一冊で文字が賄えるのであれば日本語のように複数の文字があるわけではなくアルファベットの組み合わせで単語を表すように思えるが、この一冊の次に漢字的なものがあるかもしれないし、何はともあれ覚えていかなくてはならないだろう。
とりあえずこの時点で印刷技術的なものがあることが分かった。『的』と表現したのはこれが印刷技術なのか魔法なのかが分からないからだ。
二冊目はどうやら魔法の使い方のような本だった。これは最初の一冊目で文字を覚えないとどうしようもないと思うのだが、この二冊で俺の生活水準は上がるだろう。
三冊目はノートだった。途中までメイが書いた落書きや図形などが書いてある。復習用に使えってことだと思うが家に帰ればノートやペン類はあるので不要といえば不要だが、もらっておこう。
『ノートくれるなら鉛筆と消しゴム的なものもほしかったよな……』などと思っていると、オッサが大きめの袋というか風呂敷に衣服を入れたであろうもの持ってこっちに戻ってきた。
「これだけあれば大丈夫じゃろ……」
「え? こんなにくれるんですか?」
「箪笥の肥やしになっておったからのぉ、ちょうどええわい」
うーん、昨日まで結構ハードモードだったけど意外と装備が揃ってきた、運気が上がっているのだろうか……
「お主飯はどうするのじゃ?」
「俺は、一旦家まで帰ろうと思います」
流れ的には奢ってくれそうな気もするが、お金を借り服も大量にもらった上に食事まで奢ってもらうのは流石に……という気持ちがありお断りする。
こういうところで『奢ってください』といけるメンタルが欲しい。
「そうか、まぁ野垂れ死にされると呪いが怖いからの、死にそうになる前には何かしら連絡はしてこい」
「いや、これからは金を稼ぐつもりなんで野垂れ死ぬつもりはないですよ」
「その前に自分の目印が分からなくなって帰れるか怪しいもんじゃが……」
「それは、頑張ります……」
嫌味に多少の応援を感じた俺はオッサの家を後にし一度家に帰ることにした。
うーん、楽器を持ってきた意味はなんだったんだろう……
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