第20話 マイペース
無事にオッサの家から帰った俺は五日ほど引きこもった。いや、引きこもれた。理由は簡単でガスコンロが使えたのだ。
「まさか、元栓を開けてなかったとはね……」
まず、あの日は帰ってから家の中で使えるものを色々探してみた、『防災セット』に簡易トイレ、非常食、ハンドル発電機が付属している携帯ラジオ、乾電池式のランタン、火打ち石など入っていたが、一番よかったのはネット通販で買っていた太陽電池をUSBに充電できるものでモバイルバッテリーに充電ができる仕組みができた。
それ以外にも小学校の時に買ってもらった虫眼鏡が出てきたので、それで火起こしもできるようになった。
防災セットの火打ち石を使おうとしたが使い方が分からず、虫眼鏡で太陽光を集めて習字の時の半紙を墨汁で黒くしたものを燃やした方が圧倒的に楽だった。
まぁ、ガスが使える今となっては意味がないのだが……
ライター以外に火が比較的簡単に作れるという事実とランタンで夜も多少行動できることがわかったので、夕方からはとりあえず文字の勉強から始めた。
ただ本をもらって分かったが、独学には限界があった。文字の発音の仕方が分からないことだった。読み書きはできても音は分からないのでどこかで人に習わないといけない……
二日目にガスの元栓に気づき、圧倒的に生活の質が上がった。
なぜ、ガスと水道が使えるのか謎だが御都合主義の異世界なので気にしないことにした。
というか、いつ止まるかも分からないので気にしてられない。
うちのガスコンロの着火装置(カチカチという所ね)は乾電池式なので電池が切れなければ火種は作れる。単二の電池もストックがあるのでガスさえ繋がればこっちのもんだ。
お湯が作れる喜びで、レンチンのお米にお茶漬けの素をぶっかけてそこからお茶を流し込み一気に食べた。泣いた。
調子に乗って夕方にカップ麺も食べた。当面の間一日一食と決めていたのだがしょうがない。
で、朝からは日が傾くころまでは日光を上手く使って文字の勉強をし夜は防災セットに入っていた乾電池式のランタンを使い勉強をした。
正直直射日光の下では本の反射がきつすぎて目がキツいので家の場所を転々とするのが面倒だった。
夕方にシャワーではなくお湯の濡れタオルで体を拭いた。暖かさが心地よくてちょっと泣いた。
また、リモートワークで「部屋が暗い」と言われていてパソコンに挿していたUSB式の照明もモバイルバッテリーと組み合わせることで光源になるので、ランタンとUSB照明で夜の勉強がかなり捗った。
モバイルバッテリーは晴れの昼間に太陽電池で充電するというルーティンを必ずやろうと決めた。
三日目は『どうにかしてお風呂に入りたい』という欲求が生まれた。
水道・ガスは使えるようになったもの電気はないので風呂の給湯器の電源が入らず使えない。
給湯器のスイッチも電池で動くようにできる気がしなくもないが俺の知識では無理だ、電気工事士の資格とっておけば違ったのかもしれない。
アナログな方法だが台所でウチにある一番でかい鍋にお湯を作り、それと少しの水を混ぜた『熱めのお湯を風呂桶に入れていく』という作業を繰り返した結果無理やり風呂に入ることができた。
ぶっちゃけ嬉しすぎてちょっと泣いた。
電子レンジを神と崇めてたが
で、肝心の勉強の進捗だが【知力】が1.3のお陰だろか三日目の午後くらいから魔法の使い方の本が読めるようになってきた。
魔法の原理的な説明とか『魔力は何か?』みたいなのは全く書いておらず、とりあえず光を放出する魔法とか、熱をコントロールする魔法とかが初歩らしく、そこから書いてあった。
目次を見ると生活魔法のところに、『
でも、体を清潔にする魔法があるなら何故足を洗わないといけないのだろうか?もしかしたら魔力がある程度ない必要で実利を考えると風呂や水で洗う方がよいのかもしれない。
四日目、逃げていた冷蔵庫と冷凍庫の整理をした。
冷凍庫にはスーパーの半額セールで買っていた冷凍餃子が大量に入っていたのだが、全部常温になっていたし、氷皿の氷も水になっていた。ガスが使えたと分かった時『餃子パーティができたかもしれない』と思うと悔やんでも悔やみ切れない。ワンチャン行ける気がするがどうだろうか……冷凍庫は未開封のものは残して腐りそうなものはビニール袋に入れた、近いウチに焼却する予定だ。
冷蔵庫の方も常温だが卵はいけそうな気がする。他はチーズや豆乳が入っているが、豆乳は未開封じゃなかったので怖かったのでトイレに流した、まぁ豆乳は未開封のストックが二つあるので賞味期限と温度管理をちゃんとすればイケるだろう。
今日の一食は卵を使う中華あんかけのレトルトだった。レンチンご飯のストックが気になるので、そろそろ乾麺のパスタとかの生活を考えなければいけないと思うが卵の賞味期限のこともあったので仕方ない。
寝る前に魔法の復習をしていると指先が少しだけ光った、慌ててステータスカードを確認すると【魔力】が0.1減っていた。
魔法が使えた喜びより、この程度の光り方で0.1も減ってしまうという現実が悲しかった。魔力切れというのを味わってみたいので連続で光らせたと同時に体にダルさが襲ってきた気がして怖くなって寝た。
五日目、ステータスカードを確認すると【魔力】が0.5に戻っていた。
因みに文字はなんとか覚え切ったと思う。早くは読めないが調べなくても読めるようになってはいる。やはり日本語や英語、大学では第二外国語で中国語、プログラミング言語をやっていた影響もあると思うがアルファベットを覚えるような感覚だったのと、とにかくノートに書いたのでその成果が出ていると思う。
英語と中国語をやっていたと言ったが今は全くできないあくまで単位を取る手段だっただけだ。ただ、ITとして文字を書くことをずっとしていなかったので右手が痛い、『腱鞘炎になるんじゃないか?』というぐらい文字を書いたと思う。
この調子で行くとトイレットペーパーの減りよりシャーペンの減りの方が早い気がしていて怖い。
この日は予定通りパスタにした。ペペロンチーノの素を使ったがミートソースにすればよかったと思うぐらいメンタルは回復している。ガスは偉大である。
夜にはメッチャ小さい火を出すことができた、ベットに入っていたので危うく火事になりそうな気がするが信じられないくらい小さいので心配なさそうだ、ガスレンジの『カチッ』っていうレベルのなので火ではなく『スパーク』という方が正しいだろう、魔力消費量は0.1だった。
オッサが見せてくれたライターを付けたぐらいの火はどのくらいの消費量になるんだろうか……
六日目、モバイルバッテリーと太陽電池の充電セットをいつものように外に出すと、溜まった洗濯物(主に下着、Tシャツ、靴下)を洗面器と頑張って作ったぬるま湯と洗剤で洗い洗濯をする。
その後は、魔法の本で気になっていた『
どうやらこれはヒーラーを目指す人向けの基礎の基礎となる魔法であることが分かった。
慣れるとこれらの魔法は呼吸のように継続的にずっと使えるらしいという記述があるが、【魔力】0.5の俺には無理っぽいと思う。
試しに『
しかも、何が綺麗になったのか分からない……
元々魔法に期待はしてなかったが、今のところ火も作れなければ光もダメだし、別の本を借りた方がよかったのかもしれない……
オッサが『最低限の魔法』とか言っていたが、0.5というのは最低限にも届かないという匂いがプンプンしてきた。
そうして勉強をしていると、家のチャイムが鳴った……
「――え?」
ここの所、人工的な音に殆ど馴染みがなかったせいで、めっちゃビビる。ビクっとしてしまった。
「はいー」
と返事をして玄関を恐る恐る開けると、オッサがいた。オッサは枝で玄関のチャイムを押していた。
「――はぁ……生きとるなら生きとると連絡しに来い」
やや怒気を感じる声でオッサが口を開く
「すいません。俺なりに色々勉強をしてまして……」
(いや、定期的に連絡してこいなんて一言も聞いてないし)
というかココ数日がかなり充実していたし、五日程度で人間が死ぬってことはあまりないと思う……
「あれじゃろ?五日程度顔を見せんかっただけで人は死にはせんと思ってるじゃろ?」
oh!図星!
「いや、まぁその『便りがないのも元気な証拠』というのが私の地元ではありまして……」
「あのなぁ、人間は五日絶食すると生きてはおるが大体は衰弱してそのまま死ぬんじゃ。生きてるだけの状態と健康というのは同じじゃないことぐらい分からんのか?」
「あー、いやウチを色々見返すと結構食料がありましてですね。あと火を使えるようになったので意外と快適な暮らしができていまして……」
「なんじゃと? 火を使えるようになったのか?」
「お陰様で……」
「ほう、料理に使えるくらいの火を使えるようになったとはなかなか……」
これは、言い方マズったな、魔法の火で料理を……という会話になってる、俺は言葉を遮り否定をする。
「あー。違います違います。あのですね以前俺の見せたライターという魔道具みたいなのがあったと思うんですが、あれの料理に特化したものが使えることが分かりまして……」
「なんじゃ、【祝福】のようにいきなり別の才能が現れたとかではないということじゃな?」
「えぇ、残念ながら0.5のままで、魔法は使えるようになったとは思うんですがとても実用的じゃない段階です……」
「まぁ、魔力が0.5というのは無いのと同じじゃからのぉ」
そうだよなぁ、パラメーターで0.5なんて聞いたことないもん……
プログラムの世界では言語によって『型』というのが存在し、少数はfloat型というのだが俺が知っているゲームではステータスはint型と言って整数しか見たことない。
仮に、内部が少数をOKしていても、表示する時には四捨五入が切り捨て、切り上げをするというのが通例だろう。
「そうですね、俺も無いよりマシとは思ったのですが思ったよりも実用的じゃないので、選択肢を間違ったなぁとは感じていました」
(でも、異世界で魔法を使いたいってのは一つのロマンなんだよなぁ)
「無いよりマシの基準にもよるがの、死んでなくて何よりじゃった……では、失礼する」
「え? もうお帰りになるんですか?」
「生きとることが分かれば充分じゃからの……それともワシとまだ喋りたいのか?」
(確かに一人で勉強する方が全然楽……あっ)
「――いや、喋るというよりですね、文字を覚えたんですが文字の発音の仕方が分からないんですよ、読み書きは結構練習したので大丈夫になったんですが……」
「なるほどのぉ、声に出して読むのと文字として読むのは違うからのぉ。そういう根本的なことを忘れておったわ」
「いいえ、俺も家で勉強していて初めて気づいたことだったので仕方ないと思います」
この世界全体なのかチェリアだけの話なのか分からないが、教育施設と先生というものが存在しながら勉強するのと独学ではこの辺りが違ってくる。
俺がITの勉強をしていた頃は動画より書籍で勉強することが多かったが、その当時は略語や見慣れない綴りをローマ字読みとかしてしまってnullをヌルと呼ぶ文化で来てしまった。
ある時ネイティブの人が「ナル」と発音していて、「え? あれってヌルって読むんじゃねーの?」と思ったこともある。
「うーむ。そうなるとワシが教えても良いがそもそもワシは見回り中で寄っただけじゃからのぉ……」
(なるほど。以前の時みたいに街の周りを巡回してたということか)
「別に全然急いで無いのでいいんですけど……」
「お前さん、メイの家への行き方は覚えておるか?」
「あー、なんとなく分かると思います」
「では、明日メイの家に行け、ワシが話しておく」
(ん? オッサが教えてくれる感じで話していたのにメイさんにバトンが渡されたな……)
「因みにワシは明日も仕事じゃからな、そして明日を指定したのはこっちが指定しないとこのまま引きこもって次の巡回の時まで来ない可能性が大きいと思ったからじゃ……」
「な、なるほど……分かりました……」
まるで俺の脳を読んだような返答をされた俺は頷くしかなく、明日の昼すぎにメイさんの家にお邪魔することとなった……
(というか、メイさんそんなに暇なのかなぁ? )
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