第17話 ビニテ

 『何回この動作をしているんだろう?』と思いながら六弦ベースを持ってオッサの元へ戻る。


「えー、今から俺が先ほど同じ環境で別の曲を弾きます。先ほどと同じでオッサさんにとっては聞きなれないものが耳に入るので【祝福】を受けるのと同じ体験になるはずです」


「まるで自分のことを【祝福】のように言うのぉ」


 俺の仮説が合ってたらあながち間違いな表現でもないので何とも言いようがない。


「いや、今回は多分【祝福】は発生しないはずです、では――」


 俺は、カエルの歌を弾く。


「……」


 弾き終わっても何も反応がない、オッサはどこまでが曲なのか分っていないようで何も反応しない。


 続けて俺はチューリップを弾く。カエルの歌と同じように何も起こらない。


「やっぱり、【祝福】は発生しませんでしたね!」


「何がじゃ?」


「あー。今やったのは俺個人に対して二回程以前に【祝福】を発生させた時と同じことをやったんですけどオッサさんにも俺にも何も起こらなかったじゃないですか?」


「――そうじゃの」


 オッサは念の為だろうか自分のステータスカードを確認しながら同意をする。


「つまり、一度祝福を受けた曲というのはんですよ」


 【祝福】のがどんなものなのか全て分かったわけではないが、昨日寝る前、異世界こっちに来た初日にカリンバで『キラキラ星』を演奏した時、二回目には『天の声』が事を思い出し『一度祝福を受けた曲は二度と祝福をのでは?』という仮説を立てた。


 もちろんJAZZのように『アドリブを入れた場合どうなるのか?』や『キーを変えたり、演奏パート毎に【祝福】が起きるのか?』などもっと検証すべき部分は沢山あるが、少なくとも今回の『再演奏時の仮説』は見事的中したようだ。


「それが、何にどうつながるのじゃ?」


「いや、例えばですよ? 俺が意図的に【祝福】を『与えたい時に発生させられる』として、それを偶発的のように犯罪に巻き込まれる可能性って減りませんか?」


「……うーむ……」


 オッサは考え込んでいる。我ながら『良いアイディア』だと思うのだが。


「――お前さん、勘違いしてるかもしれんが、そもそも【祝福】は滅多に起こらんのじゃぁ。生きた時代にもよるが平和な世の中じゃと与えられれば充分と言われておる」


「はい」


 オッサからの話を鑑みるに【祝福】は『大戦レベルの戦争、厄災や革命的な転換期にもたらされるもの』という常識があるから言わんとしてる意図はなんとなく分かる。


「まず、偶発的だろうが何だろうが一般人がと【祝福】を与えること自体があってはならんのじゃ……」


(あー、つまり祝福でをするなちゅーことか……)


「なるほど……」


 俺にコミュニケーション力とか行動力がもっとあれば、それを連れてきて【祝福教】みたいな宗教を作り『凄いお布施をした人限定のBGMありのイベントをやって祝福を与える』という新興宗教的なものも考えたが性格的に無理だと判断し早々に諦めた。


「お前さんが色々考えるのも分かるが【祝福】を考えるのを辞めた方がお前さんの為じゃぞ」


「うーん、別に【祝福】を餌にしてるつもりはいですし、そう見えちゃうのはマズいは分かります。とは言え実際生活に困るのは間違いないので早いうちに生活できる手立てはほしいんですよ」


「金は大事じゃからのぉ」


 レトルト生活も長くは続かないだろうし、トイレットペーパーやティッシュ、石鹸・洗剤という生活で消費されるものは意外とある。ものぐさな俺はネット通販で定期便で半年分くらいを買い溜めしてるものもあるが、冷蔵庫が使えない今せめて外食できるくらいの金は稼いでおきたい。


(一旦はストリートミュージシャンとして投げ銭をもらう形の方がいいのかもしれないなぁ……歌を歌わなきゃ楽器を見てるというで観客を気にせずできるだろうし……)


 IT技術者エンジニア時代、勉強会の司会の役が回って来た時のが蘇る。たった十人程度だったが人前に立ち観客の方を見るという経験は極力避けたい。ただストリートミュージシャンをやる以上観客の目は避けられない。


 そこで浮かんだのがあるロックベーシストの『観客の方を見ると緊張するので楽器を見てます。いやーボーカルって大変ですね』というインタビュー記事だった。そう、声という楽器を使わなければ観客の方を見なくていいのだ!


(ただ、この世界にはストリートミュージシャンはいないだろうから、どう伝えたらいいもんか……)


「あのー。先ほども同じようなことを聞きましたが全く【祝福】をしない前提で、俺のやってることってどこでやれば人が集まると思いますか?」


 ここで、『どこでやると一番お金儲けできると思いますか?』と聞くのはNGだろう。


「難しいのぉ、お前さんがやってることに『誰が興味を示すか?』というのが分からのじゃよ」


 まぁ、日本でも同じっちゃー同じだもんなぁ、俺の住んでいたところでも駅前に弾き語りをしてる人はいたが立ち止まってる人というのを見たことがない。音楽が溢れてる日本でさえなのだからこっちでは更に難易度が増すのは分かっている。

 

(うーん、どうするべきか……)


「では、人が寛容になって多少煩くなっても大丈夫なところはやっぱり酒のある場所になりますか?」


「それはそうじゃが、さっきも言ったようにワシの感覚じゃと愚痴をこぼしたり友好を深めるとかそういうでもあると思うからのぉ」


 オッサの言う通りで、小さい飲み屋ならともかく大衆の居酒屋だと受け入れられないと思う。別に愛だ恋だの歌うつもりはないから雰囲気を大事にするところであれば受け入れられそうな気もする。


 行ったことはないがピアノバー的なところでひっそりJAZZを弾くと『あちらの方からです』みたいなので奢ってもらえる感じはするが、俺は殆ど飲めない。飲めたところで腹の減りが満たされるのは別だし、金儲けということを考えずにというのであれば演奏のお礼として『奢ってもらう』という方法が一番の近道かもしれない。


(うーむ、物乞いと紙一重な気がするが日本人的なプライドはこの世界ではいらないよなぁ)


「こっちの人って昼からお酒飲んだりしますか?」


「そうじゃの。冒険者に限らず酒好きは多いからの昼から飲む人もおるにはおるが、大体は夕方ころから飲み始める人が多いと思うぞ」


(やっぱり冒険者ってのがいるのか、そもそも昼間っぱから飲む荒くれっぽい人に奢ってもらう可能性に賭けるってのも違うわな。絡まれるの怖いし、やっぱり昼間にカフェパターンに賭けてみるか……)


「あのー。こちらでは家じゃなく外でお茶を飲むような習慣はありますか?」


 オッサは頭を傾け意図が分からないという表情をする。


「相変わらず変なことを聞くのぉ、チェリアでは祭りの時のような時以外飲み歩きは禁止じゃよ」


「あー、そういう意味ではなくてですね、お酒を飲む酒場的な感じで店としてお茶を飲む場所を提供しているような場所はありますか?」


「そういう意味での外か……あるにはあるがそこでお前さんが仕事するっていうのか?」


「無理ですかね?」


「いやー、お前さんは若いし何事もやってみらんと何とも言えんが――」


 明らかに『失敗するぞ』というのを遠回りに言われているのが分かる。俺だって中身は36歳なのでくらいはなんとなく分かるのだ。

 とは言え、とりあえず通貨やチェリアのことをもっと知らないとどうにもならないし、自分の肌で感じる必要性があるのは間違いないだろう。

 家が大好きだから出歩きたくはないし、片道約一時間はあるので面倒臭いことこの上ないのだが行くしかないだろう。


「分かりました。あと少しだけ質問させてください、チェリアでのお金の単位を教えてほしいのですが……」


「?? ピアのことか? じゃが大体皆銀貨三枚とかで言うことの方が多いぞ?」


(そうだった、昨日ステータスカードの発行の時も単位ついてなかった気がする……)


「あー、そうですね、そうではなく先ほどのお茶飲めるところではお茶はどのくらいなのでしょうか? 銀貨一枚とかですかね? エールならいくらとか?」


「お茶は銀貨三枚くらいじゃの、エールなら六枚ぐらいが相場じゃと思う」


 通貨って言った質問『ごまかせたかな?』などと思いながら最後の質問というか、お願いをする


「色々お話してもらってありがとうございます。最後に俺をチェリアまで連れて行ってほしいのですが、この家までの道標をつけても大丈夫ですかね?」


「まぁ、この辺は見回りする人も少ないのでそんなに問題はないと思うが、極力目立たないものにしておいた方がよいじゃろな……」


(そうね、なんせ呪いの家までの案内と変わらないだろうし……)


「分かりました、ちょっと準備をしてくるのでお待ちください」


 俺は、一度家の中に入ると目印となる何かを探してみようと思うが中々ない。

 忍者が目印に色のついた『生米』を使ったというのを思い出したが、そもそもウチに生米が少ないし貴重な米を道標に使いたくない……

 異世界では米は貴重だというのがのはずだからだ。


 油性ペンと付箋で『どうにかなるかな?』と思ったが雨が降ったら意味ないし、風にも弱いしなぁ……やっぱり小学校の時に買った裁縫道具に入っている糸を少しづつ垂らしながら行くのが一番であろうか……

 

 ――結局良い案のないまま、余り人を待たせるわけにはいかず、昨日ギタレレなどを入れたバッグに『油性ペン』と『付箋』を入れジャージから昨日の服装に着替えると虫除けスプレーをして玄関に向かう。


 玄関を開けるとオッサが帰り支度をしていた。玄関を開けてすぐにオッサが口を開く。


「お前さんどうせ目印にするものなんて思いつかんかったのじゃろ?」


「よく分かりますね……」


「昨日林を抜ける時に効率悪い目印を使っておったからのぉ」


「効率悪いですか?」


「あのな、適当に枝分かれしてる木なんかの片方を切って立派な目印になるじゃろ? 一々下向いて歩くよりよほど効率的じゃわい」


「なるほど! じゃぁ紐的なものを持ってきます! ありがとうございます!」


 『やっぱり半分は合ってたんじゃないか!』とか思いながら小学校の時から使っていた裁縫道具(外れたボタン付け直しのみ)から赤い糸を取り出し玄関に戻ろうと思ったが、紐と糸じゃ太さが全く違う……そこで俺は思いついた。


「ビニールテープでいけるんじゃね?」

 

 一応、電子工作的なものはエレキギターをやっていた時、エフェクターの自作キットを買って作る真似事をしたり、シングルボードコンピューターやマイコンにセンサーをつける程度はやっていたのでビニテは沢山ある、電気がない世界では何の役にも立たないと思ったが……


(ハサミもいるな……というかビニテは思いつかなかったなぁ……)


 俺は赤いビニテとハサミを持つと玄関に戻る。


「――お待たせいたしました」


「お、おう、なんか自信に満ちとるの」


「そうですか? まだ聞きたいことはあるんですけど、とりあえず自分の目で見ることが大事かなと思いまして……」


 俺の左手にあるビニテとハサミに怪訝な顔をされながら俺はオッサの後をつけつつチェリアへ向かった。

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