第15話 オーバーフロー

「で、どのくらい消費したんでしょうか?」


「あぁ、今確認するが、置き場所がないのでお主これを持ってくれ」


 熱々に見えるマグカップを俺に渡す。


(おぉ、本当に熱々だ!)


 ちょっと感動している俺に対し、オッサはステータスカードで魔力の消費量を確認する。


「やはり、減っておらんの……」


 ということは俺の0.5という魔力でもコップ一杯を熱々することぐらいはできるということが分かった。もちろん魔法の使い方は分からないけども……


「ありがとうございます」


 マグカップを戻そうとするが、流石にお湯を飲ませるのは忍びない。


(インスタントコーヒー飲むかなぁ……)


「あのー、俺の地元のオススメの飲み物があるんですが挑戦してみます?」


「ん?」


「いや、俺は毎日飲んでたんですが、お湯がないと飲めなくてですね……」


「なるほどのぉ。お湯がない生活は意外と不便なんじゃなぁ……味はどんな味なんじゃ?」


「えーっと、ですね」


「お前さんふざけてるのか? 初めての相手に苦いものを進めてくる奴はおかしいと思わんか?」


 オッサの眉間に皺がよる。


(そりゃぁそうだな。でも、コーヒーの味を形容する時に一番特徴的なの苦味だと思うんだよなぁ……)


「あのー、こちらではエールとかビールと言われるような飲み物ってありますか?」


「なんじゃ、お前さんの所ではエールを温めて昼から飲むのか?」


 あ、エールはあるのね。


「いや、そうじゃないんですけどね、私の地元ではお茶もやや渋味がありますし、これからお出ししようと思ってるのも苦味と酸味を楽しむというか香りを楽しむというか……」


(まぁ、安物のインスタントコーヒーにそこまでを求めて買ってはないけどね)


「なるほどの、エールの味を表現すると確かにになるか……」


「お湯が冷めたらもったいないので…別に無理強いをするつもりはないんですが」


「じゃぁ、お前さんがそのお湯を使え、ワシはそっちの水をいただこう」


(ラッキー、異世界で地球のコーヒーを飲めるぜ! )


 俺は左手に持っていた自分のマグカップをオッサに渡すと家の中に戻りキッチンにあるコーヒーの袋を開けてコーヒーを作る。そんなに時間は経っていないのに懐かしい匂いがする。

 茶菓子を持っていくべきか考えたが、そもそも来客がない家に洒落たものがあるはずもなく、あるのはネトゲ中に片手でつまめるものばかりなのでそのままカップを持ち外へ戻る。


「――うん。美味い」


 戻るや否やコーヒーを口に運ぶと自然と感想が出てくる。オッサはその様子をジーっと見ている――視線がやや気になるがここは無視するのが一番だろう。

 丁度良いブレイクになったので、このまま『魔法の使い方を教えてもらうか?』それとも『他の話題に行くか?』を迷う。

 正直、風呂のことを考えなければライターとカセットコンロで十日は持ちそうな気がしてきている。


 むしろを考えると、少し大きめの石をあつめた竈門と薪を外に準備した方がいい気がする。

 網がないが、竈門の口を鍋の大きさより小さくすれば大丈夫だろう……ということで魔法の使い方より収入を得る質問をするようにシフトした。


「いやーお湯って素晴らしいですね……話変わっちゃうんですが、今の俺ってステータス上では『無職』扱いになってるんですが、これってどうやったら変わるんですか?」


 職業安定所とかそう言った類の施設に登録しないとステータスが変わらないのであれば早めに動いた方が良いだろう、無収入だといくらライターで火をつけても薪さえ買えやしないわけで……

 因みに今の家は小学校の時からの捨てるに捨てれなかった通知表や教科書、裁縫道具なども持ってきているので燃やしても構わない紙や小学校三年生か四年生くらいの時に買ってもらったノコギリなども探せばあるはずだ。


 ただ、薪に使える木は乾燥させる必要があったはずだし、燃えやすい木、切った後も斧や鉈である程度加工しなきゃいけないのはなんとなく知っているので絶対、いや絶対できないので買うしかない。


「あぁ、そりゃぁギルドに行って登録しなきゃ変わらないだろうな」


「なるほど、ただ俺音楽家になる予定なんですけど、ギルドに『音楽家』って言って分かりますかね?」


「分からんじゃろな」


「そうですよね……」


 音楽文化が未発達のこの世界で音楽というものを説明する度に口笛だのなんだので旋律を奏でなければいけないと思うと面倒臭い事極まりない。


「そんな顔せんでも、別にステータスが無職でもぞ?」


「あ、そうなんですか?」


「もちろん、自分で仕事を見つけてこなければならないとかという前提があるが、絶対にギルドに入らないと仕事をしてはダメということではない」


「あー、なるほど仕事の斡旋をしてくれるのか!」


「それ以外にも色々便利な事もあるが、所属するギルドや担当によっても当たり外れがあるからのぉ……」


 IT業界のフリーランスに仕事を紹介してくれるエージェントの関係と全く一緒な気がする。

 コネクションやスキルがはエージェントなんて通さなくてSNS経由や紹介の紹介で仕事がもらえる、そして紹介料も発生しないしエージェントという存在しないので会社員サラリーマンが得ることのできない報酬を得ることができる。


 ただ、IT業界は基本的に俺のように陰キャが多いので『人と接したくない』とか『プログラム以外の面倒な会議を極力したくない』という理由だけでフリーランスを選ぶと、結局エージェントに頼らざるを得ず満足する収入にはならないことが多い。


(まぁ、なんでも自由を手に入れるなら+αの能力ってのが大事ってことだな)


「でも、結局ステータスが無職のままってことは検問で身分を証明する時や家を借りる時に苦労するって事にもなりますよね?」


「そうじゃな、そういう場合は後継人とか親などが同席することが多いの、昨日のお前さんが街に入ったのも同じようなもんじゃし……」


 確かに門番である人が連れてきた人なら余程のことがない限り、その人自体が治安を維持する為に働いているわけで街に不利益になる人を入れる可能性は低くなる。


「なるほど。俺は運がよかったんですね……」


「いやー。呪いのカードじゃし、家がこの状態は運が良いとは言わんと思うぞ」


 的確なツッコミで現実に引き戻されるが、めげずに質問を続ける。


「チェリアで俺の演奏……昨日のような感じで私のやることを聞いてお金をもらえる場所ってありますかね?」


「うーむ、難しいのぉ。飲む場所には皆酒を飲みながらも話をしにきておるし、あの口で鳥の真似をするのを聞くという雰囲気でもないし、変わった斧……ギターとか言ったか? あれも音が小さいからのぉ……」


 少なくともギタレレがあるのでエレキギターのようなことにはならないと思うが音量の問題は絶対について回ると思うのでどこかで早めに解決しなければならいだろう。


「昨日、いくつかもう少し音量がある楽器を見繕ったので、ギターのようにはならないはずです……」


「しかし、お主のやることに対して、ワシをはじめ皆がいくらの金を払えばいいか? というのも分からんのだよ」


「なるほど……」


 今日の会話で俺は『なるほど』ばかり連呼している。学生時代だったら絶対『なるほどマン』とかあだ名をつけられそうなのは自覚している。

 こうなるとやっぱりストリートミュージシャンが一番簡単なんだろうな……

 となると、肝になるのは【祝福】の件だろう、ココは予測していたのでちょっと聞いてみよう


「オッサさん、仮にですよ。仮に俺が昨日のように【祝福】をガンガンやれるとしたら、一回の【祝福】に対していくらお金払ってもよいと思いますか?」


「はぁぁぁ? お前さんとんでもないこと言うな……」


 オッサの目があり得ないぐらい開く


「え? ダメですかね? 俺にできることってそれくらいしかないんですよねぇ」


「あのな、お前さん【祝福】をなんだと思ってるんだ?」


(これなぁ、俺が聞きたかったことなんだよなぁ)


 なんとなくこの世界での初の出来事だとか、快挙とか今後にとってよい傾向になるものに対しての『お印』なんじゃないかと思ってるんだけど、他人が【祝福】を受けているところを見てないから頻度や『ありがたさ』の実情が全く分からない。


「――うーん、俺のいた所でも同じような【祝福】のことを『神の啓示』とか言って受けとれる人の噂はあったんですけど、それを受けたからと言ってその人自体の人生が変わるとかみたいな言い伝えはなかったんですよね」


 あまり詳しくは知らないが、歴史的に見てものオカルト的なものは『人からの信仰を集めるための手段』が多い。お告げを聞く媒体を人間がやっている時点で寿命は限られているし、死後は神格化はされているものの『生きている時はあくまで修行中』とかそういうスタンスであるというのが俺の知っている知識だ。


「どう話して良いのか分からんが、【祝福】は周りの人に影響が出るというのが共通しておる、その周りの人というのが一人なのか百人なのかより多いか? はその段階では判断できん」


「あー、個人に影響するものではないと?」


「基本的には【祝福】は神が与えるもので、神からの【祝福】は独占することはないと言われておる」


(やっぱり神の存在があるのか、そして案の定ハッキリしない感じなんだなぁ)


「ああ。仮に同じ行為を個人の為と他人の為にやった場合、後者は【祝福】を受けるけども前者は受けないと?」


「そういう風に言われておるな……」


(はい、これは嘘ですね。俺は自分の部屋で誰もいない時に【祝福】受けてるからね、しかも二回! )


「うーん、それはちょっと信じられないんですよねぇ。俺誰もいないところで【祝福】を受けたことがあるので……」


「はっ????」


 息を飲むとはこのことだろう、オッサは表情が面白い。


「それは今後言ってはならぬ」


(あー、やっぱり禁則事項タブーか……)


「うーん、言わないのはいいんですけど、でも難しいと思うんですよね。俺の予想だと【祝福】って簡単に受けることできますよ? いや、これ受けるっていうのかな?」


「話が見えんぞ?」


「あのですね。他人個人の問題とは別ですけど、多分ですけど【祝福】を受けるのってってすごいという感じで捉えてますよね?」


「そうじゃな。もちろん聖女や聖職者、勇者などは【祝福】を受けやすいという話は聞いたことがあるが、それでも数年に一度とか世界にとってが起こる時、起こる前とかに……というだけで滅多には起こらんと言われておる」


「ですよね? でも多分俺の【祝福】ってオッサさんのおっしゃってる【祝福】とはちょっとタイプが違うというかですね……なんだろ量産型? 違うな、なんだろう俺が新しい文字を作ったらそれがもう【祝福】になっちゃうみたいな感じだと思うですよ……」


(うん? この流れは『俺が神だ!』って感じで例えちゃってる? )


「余計に話が見えん? お前さん自分が神とでもいいたいのか?」


(ほら、やっぱり)


「いや、そうじゃなくですね。音楽というものを奏でると【祝福】になっちゃう体質というかですね……」


「あのなぁ、そんな体質の人間なんておったら一大事じゃわい、それこそ拉致られたり殺されて当然の存在になるぞ?」


「いやー、それは多分聖職者とかの【祝福】なんですよ。俺のはただのであって何も恩恵もないというか、いやそもそも【祝福】って恩恵あるんですか?」


「質問に質問を返すな! しんどいのぉ……」


「すいません、でも俺はこちらに来て多分四回は【祝福】受けてるんですよ」


「よ、よ、よっ、四回?」


「はい……」


 表情の変わりようすごいな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る