第12話 寄りを戻しました
オッサの後をほぼ無言で着いていくと、数時間前に見慣れた景色に遭遇する。
見慣れたと言ってもただの草原なので特に懐かしいという感覚もないが、『あ、この辺っぽいな』という感じでしかない。
そこから体感数分経った頃だろうか
「――ほれ、あそこじゃ」
オッサが指したところには俺がギターを弾いた場所があった。
「ありがとうございます」
流石に俺もあのバッグがある所は遠目でも分かった。
まぁ、ちょっと調子に乗るのであれば楽器屋に言って『自分が買うべき楽器が光って見える』とかそういうのだろうけど、草原にギターバッグがあれば誰でも分かる。
走るのは疲れるので早足で向かいたいところだが我慢してオッサの歩調にあわせてギターケースの所へ向かい、ギターを回収する。
数時間前に覚悟を決めてお別れをしたはずなので、スーパーダサいが嬉しいものは嬉しい。今の自分にとって『日本で買ったもの』というのは貴重だし、変に懐かしさと安心を覚えてしまう。
「では、俺が『呪いの元凶』と思う所に案内しますが、そこまでちょっと話をしながら行ってもよいでしょうか?」
「ふむ……まぁワシも心の準備がある方がよいし、あの泣き虫ぶりを見るからに……プ……この後に及んで嘘をついても大したことはできなさそうじゃからのぉ」
(今一瞬笑おうとした? 笑おうとしたよね?)
「では、早速着いてきてください」
「分かった……」
俺は林の方に向かい自分が作った目印を見つけながら家に向かっていく。本来、俺の覚悟すべきところは『楽器との別れ』じゃなく家に着いてきてもらうことだったのかもしれない。
「えー、早速大元というか元凶の話なんですが、二日前ぐらいだと思うんですが俺の家がですねこの林の向こうに移動させられたんですよ」
「はっ?」
「そうですね、俺もなんて言って良いのか分からないのですが朝起きて家の外に出たら、いきなりココに……家の場所が林の向こう側になっていですね。もちろん家ごとなので多少の食糧はあったのですけど……」
「いや、お前さん同じことしか言ってないぞ?」
「信じられないですよね。僕も説明がし辛いというか、もう見てもらうしかないと」
一人称が僕になってしまうが、気にせず続ける
「正直、なぜ自分がココにいるのか分かっていないですし、言葉が通じるのかも分からず、人がどこにいるのか分からないし、あまりにも今までの自分の生活などと違いすぎて暫くは途方にくれてました」
(魔法の練習とかしちゃったのは絶対に言わない!)
「それで泣いてたというわけか?」
(ほら、これを言われるわけだから絶対魔法の練習のことは言わない!)
「うーん、それも大きな要因の1つですけど人が自分以外に存在したことに驚いたとか色々感情がグチャグチャになっちゃったというか……」
「だからと言って袖を引っ張って大人が『号泣』するというのは帳消しになるとは思えんがの……」
(めっちゃ号泣って言われるなぁ……)
「まぁ、今大事なのはそこではなく元凶である家の方に案内しますので林の向こう側へ一緒に行ってもらうことは可能ですか?」
「うーむ、俄には信じられんがそれも着いていけば分かるじゃろ、結構かかるのか?」
「いえ、ここまで来た時間の半分もかからないと思います」
多分、家からココまで体感30分ぐらいだった気がする。しかも自分なりに警戒をしながらゆっくり来たと思うのでそこまでかからないだろう。ただ時間の単位も30分で通じるか分からないのであくまで今来た時間を想定にして答える。
(『分』という概念を説明できる気がしないな……)
「では、この目で見せてもらうかのそのワシには影響のない『呪い』の元凶というのを……」
やや憎まれ口を叩かれているような気もするが俺はオッサを連れて自分のつけた目印を見つけながら家へ向かった。
◇◇◇
「……これは……」
目の前には見慣れた一軒家がある。
「先ほどの街の家と比較すると異質に見えると思います……」
オッサがどこまで信じていたのか分からないが、実際に昭和の終わりくらいに建てられた家を見るとかなり異質だろう。
「……あれが入り口か?」
玄関を指してオッサが尋ねる。
「そうですね。家自体が呪われてる可能性がないとは言えないので『家にどうぞあがってください』とは言えないですが、私はこの荷物を一旦置いてきます」
なんせ、ギターが重いしヘルメットも邪魔なので早く収納したい。あと家に入って足を洗う文化はないのでそこも含めて家に入れるのは慎重になった方がよいと思った。
「分かった、この家の周りを見回ってもよいか?」
「どうぞ。多分家の周りであればそんなに影響ないと思います……」
俺は荷物を家に入れようと玄関を開ける、まぁ家の裏とか回ってなかったけど、多分大丈夫だろう……
(おぉ、我が家の匂いだ)
一旦、ギターを置きながら安堵する。家の匂いというのは各家庭で違うと思うが、やっぱり『家に帰ってきたな』という安心感は半端ない、仕事の面接を終えて帰ってきたような疲労感がある。
袋に入っていたヘルメットを戻し、着替えを洗濯機のところに持っていく。水は使えるものの『電気のない生活』なので洗濯機自体が無用の長物なのであるが、一旦洗濯機の中に放り込んでおいた。
リビングに戻ると最初に装備しようとした六弦ベースがあったので一旦七弦ギターと一緒にクローゼットに収納に向かう。オッサが玄関から覗き込むこともあったり、家に上がる可能性もあるので最低限の小綺麗にはしておきたいが、掃除機も使えない。
(充電式のハンディ掃除機買っておけばよかった……)
クローゼットの手前にはカリンバもある。
(これぐらいだったらこの世界の技術でも量産できると思うが……)
仮に音楽家で暮らすとなると電気がないこの世界で『シンセ』や『エレキ』と付く楽器は絶望的だし、人に聞かせることを考えると木を箱状にして共鳴させることで音を増幅できるアコースティックギターとかの楽器の方が効率的だ。因みにカリンバもヴァイオリンも同じ機構で音を増幅している。
(他に使えそうな楽器でも探してみるか……)
クローゼットの中には小学校の時に使った名前のシールが貼ってあるカスタネットやハーモニカ、鍵盤ハーモニカ、ソプラノリコーダー、中学校で使ったアルトリコーダーが目に入った。カスタネットはパーカッションでリズム楽器だし、なんだかんだピアノが一番良いのだが実家だ。
リコーダーやハーモニカは長く吹き続けると酸欠気味になる……昔なんとなくサックスを練習していた時に循環呼吸に憧れて練習したものの中途半端なところで辞めて以降吹奏楽器はやっていない。
もっと言うとトランペットだと唇が痛くなるし、サックスなら運指でどうにかなるがリードを変えないといけないが『探して削る』という気力がない。
「お、これがいいな!これ!」
見つけたしたのはギタレレだ。ウクレレサイズのアコースティックギターでかなり小ぶりで軽い。ウクレレの弦の数が四弦なのに対してギタレレは六弦なので良い所取りの楽器だ。
その上、以前買った時に弦を太めにして通常のギターと同じチューニングにしていたはずなので本当にミニギターとして扱える。
(カリンバとギタレレがあればなんとかなりそうな気がするなぁ……)
ギタレレも金属で巻いてある弦に対して多少錆びが見えるもののナイロン弦はそう簡単に切れる様子もないので楽器としては丈夫な部類だろう。
カスタネットも持って行って誰かにリズムを刻んでもらうのも考えたが断られない頼み方が分からない上に、教えるのも面倒くさい。
――ふと視線を感じる。
オッサが窓の外からこちらを見つめていた……
(カーテン閉めておけよ俺)
そんなに長く時間をとっているつもりはなかったが、家の周りだけを見てもらっても仕方ないので、一旦カリンバ、ギタレレ、ソプラノ・アルトリコーダーの2本、カスタネットを持っていくことにする。
本当なら、ベース楽器もあるとアンサンブルとして厚みがあるとは思うが、楽器を扱える人を知らないのでこれくらいで大丈夫だろう。
俺は、いつも仕事で使っていたリュックサックに楽器五点セットを詰め込み、一旦外に出る。
「どうでしたか? 何か変な所や気になるところはありますか?」
「いや、もうこの家というか空間が変という以外に言いようがないじゃろ?」
「はぁ、まぁそうですよね。俺も多少は慣れましたが初めて見ると言葉にするの難しいですよね……」
「それで、お前さんは拉致られたと言ってたが、この家ごと拉致られたのか?」
「いえ……この家は間違いなく俺の家なんです。ある意味家ごと拉致られたとも言えなくはないですが、『街で喧嘩をした』とか言うのは嘘になります。すいません」
「まぁそうじゃろな、喧嘩して拉致られた場合あんな荷物や服をそのままにしていく輩は少ないじゃろうからな」
「申し訳ないです、ただいきなり知らない人にココに来てもらうという頭がなかったんです。出会った人が俺に危害を与えるかどうかも分からなかったので……」
「その割には袖を引っ張って――」
「流石に二回声をかけてくれた人が自分に危害を加えるとは考え辛いじゃないですか……」
オッサの声が続くのを制するように俺は会話を続ける。
「まぁ、お前さんの言ってた『呪いの元凶』はなんとなく分かった」
「え? 原因がわかったんですか?」
「違うわい!お前さんが言っていた『家ごとここに来た』というのは信じるしかあるまい。どう考えてもこの家をお前さん一人で建てられるとも思わんし、汚れ具合からもある程度の時間が経っているのも分かるし、確かに家ごと知らない土地に移動されたら『呪い』としか呼べないというのも納得はする」
(おぉ、やっぱり人間って正直に言うもんだな、あと『時間』って言ったぞ、時間という概念はあるということだからこれが「60進数か?」とか「一日が24時間か?」とか教えてもらいたいな……)
「じゃがの、この家が『呪い』にかかってるとはちょっと考え難いのぉ……」
「え? どういうことですか?」
「基本的に『呪い』は物体にかかっていることよりも、恨みや嫉みなどが原因で対象は『人』の方が圧倒的に多い、そして『呪い』の家に住む人は家を出て行けば『呪い』の対象ではなくなるわけで効率が悪いじゃろ?」
「なるほど。そうですね家を壊せないのは仕方ないにしても対象が人の方がよっぽど……って俺そんなに恨まれることしたかなぁ……」
(むしろあまり人との接点を持たずに人生を過ごしてきたはずなんだけどなぁ……)
「それもこれもある程度ステータスカードを見れば分かるかもしれんな……」
疑いが晴れたのだろう。オッサが預かっていたステータスカードを俺に渡してきた。
「ステータスカードって他人に余り見せない方がいいんですよね?」
過去に見ていた
「そうじゃな、長所となるものならまだしも短所となることもあるからのぉ。親が教育目的として一時的に自分の子どものを見ることや、結婚の際に気になることがない限り自分のステータス全てを他人に見せるというのはないかの。ワシの仕事でも全てのステータスを確認したことは殆どない」
「やっぱり、そうですよね」
ついに俺のステータス確認をする時が来たようだ。【視力】のことや【祝福】のことカードの色のことを含めてどこまで解決できるのだろうか……
「お主の言ってることは分かった、じゃがワシは腹が減っている『来た価値はあった』とは思うがそろそろワシも街に帰りたい。お主はどうする?」
(そうだった、飯を中断させてまでも来てもらったんだった、どうするかなぁ……)
正直もてなす物がない、日本のお菓子を渡したところで腹が満たされるとは限らないし、貴重な日本からの食べ物を渡したくない気持ちもある。
「――また、考え込んでおるようじゃの。ワシも腹が限界になりつつあるからワシは一旦帰る。明日ワシがもう一度ココへ来る。それまでに色々考えておくとよいそれでいいじゃろ?」
余程お腹が減っているのであろう。結論を急ぎたいのが見え見えだがオッサの言うことも一理ある。
「分かりました。俺もステータスカードをちゃんと見て色々考えておきます」
明日来なかったらどうしようとは思ったが、ここは大人しく見送ることにする
「明日、仕事の都合もあるので適当な時間に来るから家からは出るなよ?」
「色々本当にありがとうございました。明日もよろしくしお願いいたします」
ある程度信用を得ただろうか? オッサと別れた俺は踵を返して家に戻り、ステータスカードの確認をするのであった。
俺の長い一日はまだ終わらなそうだ……
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