第9話 俺の苗字は黒だ!

 建物の中に入ると、受付があるのが分かる。

 双方の顔が見えないように目の細かい網目状になった布の衝立に座っている人の存在を感じられる手続きできそうな場所が五つ並んでいるだけだ。別にのようなものは期待していないし個人情報的なものは見せない方がいいだろうからこれはこれで良いと思う。


「ほら。再発行手続きをしてこい」


 オッサがそう言うが手続きの仕方を知らない。


「ステータスカードを無くした経験が初めてなんで再発行のやり方を知らないのですが……」


「そんなもん、ワシも知らん。聞くぐらい自分でせぇ」


 おっしゃる通りだ。知らない間にオッサが何でもサポートしてくれるもんだと思っていたらしい。ここは素直に謝罪しておくところだろう。


「そうですよね。すいません」


 謝罪をし、衝立の前の椅子に座る。オッサのあの部屋ではそのまま床に座ったので椅子があること、しかも一部釘っぽい金属も見えるので安心する。

 音楽はないものの椅子を作れるくらいの文明はあるのが嬉しい。日本の大工の凄技の様に『釘なしで組み上げる』みたいなもので組まれてなくてよかったとかどうでも良いことを考えながら頑張って話をする。


「すいません、ステータスカードの発行をお願いします」


(俺、超頑張ったぞ!)


 ここで再発行と言うと以前のデータの照合とかされる可能性があるので新規でも再発行のどちらでもイケる言い方をしたのだ。


「承知いたしました。ブランクカードはお持ちですか? それともカードごと発行しますか?」


「カードごとでお願いします」


(いいぞ、俺今の所順調だ!)


 マジこのやりとり緊張する。


「承知いたしました、お名前代行はいかがいたしますか?」


(お、お名前代行?これはどういうことだ?)


 下手に自分でやるより全部やってもらった方がいい気がする。


「代行もお願いします」


「承知いたしました。では、お名前を伺ってもよろしでしょうか?」


 (これは苗字を言った方がいいのだろうか、でもとか……あと日本人の苗字でいいのだろうか? それともここで勝手に決めた苗字でもいけるんだろうか? 苗字ない場合同名の『オッサ』が存在した時にどうやって識別するんだろう? )


 もうオッサにソウタと名乗っている以上変な苗字つけても仕方ないし、いくつかの小説ラノベではこういう場所でした例も知っているし名前だけで行くことにする。


「ソウタと言います」


「ソウタ様ですね」


 衝立の中を凝視するのも申し訳ない気がして、受付の女性がペンを使っているのかパソコン的なものを使っているのか、それとも魔法的なものを使っているのか分からない。

 すると一分も立たないうちに


「では、こちらのカードに利き手を重ねてください」


 衝立の下から手のひらサイズの白いプラスチックのようなカード状のものを出てきた。上部には小さな穴が空いているのでIDタグのように首から下げる形で使うことも想定しているのかもしれない。

 俺は言われた通り、左手を重ねる。


 汗を吸い取られる様な感覚があると、白かったカードが真っ黒になる。


(これは正しい挙動なのか?エラーなのか?どういう素材で、色が変わるのはどういう仕組みだ?この左手はいつまで起き続ければいいんだ?)


 本当は聞きたいことがメチャクチャあるが、この作業の経験は二回目という設定なので驚きの感情などは極力見せないような仕草で行わなければならない。


「できたカードをこちらの上に重ねてください」


 カードの大きさを2回り大きくしたような白い大理石のようなものが出される。


(どうやらエラーじゃないっぽいが、カードは左手で置いた方がいいのかな? そっちの方が自然かな?)


利き手なのでOKだろうと左手をカードから離して大理石の上に置く。


『シュン……』


 音はしなかったが、大理石が少しだけ光ったような気がしたあと、衝立の向こうから『ティン』と金属音がする。多分登録ができた音だろう【レ】の音だった。


「お待たせいたしました、登録が無事終わりました。カードの方は複製はできません、また能力などを含めて他人に情報を見せる際にはくれぐれも取り扱いにご注意ください」


(おお、終わった、めっちゃ簡単じゃん。血液を一滴とかいらないじゃん! 痛くなくてよかった!)


「分かりました、ありがとうございます!」


「手続き料含めて銀貨八枚になりますので会計の方でお支払いください」


(あぁ、やっぱり通貨が存在するのか、銀貨八枚の価値が分からないな……通貨の事や物価のことも勉強しないとヤバいな)


 発行する行為のみに集中しすぎて手数料のことなどを一切考慮してなかったことを反省し、ステータスカードの中身が見えないように(というか何が書いてあるのかさえ確認していない)大理石から取り上げると、オッサの方に向かう。


「ありがとうございました。無事に発行できました、それで手数料の銀貨8枚なんですけど……」


 オッサは少しだけ眉間にシワを寄せると「払ってこい」と言って銀貨8枚を渡してくれた。


「すいません、お借りします」


 いつ返せるのかが未定なのは心苦しいが、勢いで『借りる』と宣言してしまった。でも、ここまでしてくれたわけだし『自分のことは自分でするべき』というのは異世界ここでも当たり前だと思うので「返す」という意思表示は大事だろう。


 銀貨八枚を会計に渡すと、会計テーブルの上にある大理石っぽい例のカードリーダーを出されたので、そこにカードをかざす。

『ボーっ』としていると、衝立の向こうから「登録された手を載せてください」と言われる。カードと手を一緒に乗せることで本人のカードであることを証明するようだ。


「ありがとうございました」


 衝立の向こうから声がした。どうやらこれでステータスカードの発行手続きは終わったようだ。

 オッサの元に戻ると「では、一旦ワシの家に戻るぞ」と言われたので「分かりました」と返事をし俺たちは建物から出て帰路についた。


 ◇◇◇


「……そういうことじゃったか……」


 しばらく歩いているとオッサの呟きが聞こえた。なんとなく『良からぬ事』か『異例イレギュラーな事』があったんだろうなというのが分かる、俺が手数料を伝えた時に眉間にシワを寄せていたのでステータスの何かによって支払い手数料の金額が変わる仕組みで、金額が異常に高かったのかもしれない。

 本当は今すぐ聞きたいが、この様子からすると『あまり公共の場で話すことではない』と察したので、会話をすることなくオッサの家に向かう。


(うーん、行きは何か会話をしなければならないと思っていたのに、帰りは会話が必要ないとなるとコミュニケーションってのはなんて難しいんだろう……)


 期待と不安、コミュニケーションの難しさを感じながらオッサに続いていく。

 オッサの家に着くと、靴を脱いで足を洗う。毎回靴下を脱いで足を洗うのは清潔ではあるが面倒臭さを感じてしまう。

 オッサは俺を放置して服を着替えた部屋に向かう。この放置具合は相当『緊急な事なのだろう』と一抹の不安を感じてしまい立ちつくす事しかできない。


「ソウタ、お前さんこれを使え……」


 オッサはしばらくして戻って来ると、青いカードケースを立ったままの俺に渡してくれる。冷静に考えると身分証明書を出しっぱなしの状態ってのは余り良くはない。しかも俺は確定ではないが【才能持ち】である、隠しておいた方が無難だろう。


「ありがとうございます」


 素直にお礼を言うと、オッサは大きなため息をついた


「――お前さん、あまり人に興味ないじゃろ?」


(図星すぎるよオッサン、とは言えないがこれはどういうことだ? どう答えるが正解だ?)


「まぁ、そんなに友達は多くないですね……」


 変な答え方をしてしまう。


「勘の鈍さもあるようじゃが……」


(いや、分かるよステータスカード発行で何かしら良くないことが起こったんだろ)


「それは何とも言えないですが……」


「色じゃよ、色、カードの色じゃ!」


(なるほど金額じゃなく『色』ね!)


 これは勘が鈍いと言われても仕方ない。色でランクなどが程度区分されてるやつで黒はとかそういうパターンだろう。他の人のを知らないので分からなかったがようやく理解できた。


(理解はできたが……どう返そうか?)


「黒ですね、前回も黒でしたよ?」


「そりゃぁ。そうじゃろ当たり前のこと言うな!」


 やや怒気を含んだ返しをされてしまう。


「はぁ……どこから説明すればいいんじゃろな?」


 自分のステータスを早く確認したいのに中々確認できないジレンマを感じながら、オッサの話に耳を傾ける。


「お前さん、ステータスカード黒色じゃったじゃろ?」


「はい」


「お前さんの黒に対しての印象はどうじゃ?」


(え?黒に対しての印象?いやブラックカードと聞いたらアレでしょ?ゴールド、プラチナの上、金額上限なしとてつもない金額が使える天下無敵の超富豪カード!)


 俺は拉致られた上に捨てられたという咄嗟の嘘せっていを話している。『ブラックカードなんて人前でそうそう出すもんじゃねーよ』って言いたいのだろうか?

 ただ『ブラックカード=富豪』という図式は日本での話なので、異世界ここでのブラックカードの印象と言われると何と答えればいいんだろう……


「――印象と言われても、俺的には馴染みの色だなぁ……とかそういうのとしか言いようが……」


 正解が分からない以上怒られる前提で返答してみる。既にちょっと怒ってるししょうがない。


「はぁ……あのな黒といえば『闇』とか『夜』とかじゃろ?」


 深いため息をしつつ答えてくれるが『と言われましてもねぇ……』と口答えしたくなるが堪える。


「まぁ、確かにそうですね」


「あのな、大きな声で言えないが、黒のステータスカードはと言われとるのを知らんのか? これだから【才能もち】は……」


「……」


 なるほど『呪い』ね『N・O・R・O・I!』確かに呪いのアイテム系は黒のイメージある、ありまくる。いや、凄い納得した。だってもうここへのが呪われてる感じするし。

 その上でオッサが求めることは何になるんだろうか? のだろうか? ここまでお世話になったしお金を返却したいのは山々だが直ぐにでもここからお暇した方がよさそうだ。


「まぁ、知らんかったようじゃから、座って話を聞け」


(……違ったようだ……)


 ◇◇◇


 オッサは、黒のステータスカード所謂『呪いのカード』の話をしてくれた。通常ステータスカードは「白」が多く稀に「青」や「赤」などがあるらしい。

 特に【才能もち】は有色カードになることが確定で、実はオッサも俺が何色のカードになるのかにしていたということだ。


 で、予想通りというかこの世界には『呪い』があるらしく呪いを受けるとどんなカードもようで、「灰色」や「黒」に呪いの『進行具合が進んでいる証拠』と伝承されているようだ。


 あと、オッサがくれたカードケースはどうやら『違法のもの』らしい。オッサが若い頃カードケースを使うことで有色カードであることのように見せ【才能もち】として高額な請求をするが横行したようだ。


 本来なら魔道具大理石カードリーダー(兼登録した手のチェッカー)を通せば本人であるかどうかが分かるし必須なのだが、傭兵など『表稼業』じゃない人が仕事をする際など魔道具大理石カードリーダーを使わない方が便な時もあるし『見た目のみで判断する場面』でカードケースは問題になったそうだ。


 尚、カードに『直接色を塗る技術』は今の所存在しないようで、苦肉の策でカードケースが開発され『一見カードケース』も今となっては相当レアなのようだ。


 そんな話を聞きながら俺は『穴ありまくりじゃん』とか思ってしまう。その上でオッサがなぜカードケースを持っていたのか気になった俺は『理由』を聞かないことにはいられなかった。

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