第8話 正規化

「これでええじゃろ」


 別室で用意されていたオッサの痩せていた頃の服を着る。失礼と分かりながら一度鼻をつけて匂ってみた。少しだけ薬草というか漢方みたいな匂いがしたが虫除けとかの類なんだろうと思うし、変にボロボロというわけでもなかった。

 もしかしたら『流行』とかあるのかもしれないが、元々流行を気にする様なオシャレでもなく安く見えない様な黒系の服で統一していたので「ダサく見られなければよい」という感覚だ。


 ふと思ったが俺は『転生』したのだろうか?

 ここが異世界であることはほぼ間違いがないが、死んだ記憶もないし召喚されたわけでもない、むしろ家ごと『転移』された気がしている。

 そうなると、異世界『転移』であって『転生』ではない。日本にいたことを『前世』というのが一番楽なんだけど、釈然としない気持ちもある。

 こういう細かいところに気が回るようになって『よかったことは皆無』なのだが、を気にしてしまう性格なのは物心ついた時から全く変わっていなかった。


 とりあえず着替えが終わり、自分の着ていた服を軽く畳むとお茶を出されていた部屋へ戻る。


「少し落ち着いたらステータスカードを作りにいくぞ」


「分かりました」


(キタコレ! これよこれ、異世界バンザーイ! これで俺のHPとかMPとか適正とか分かる王道パターンでしょ? )


 ステータス、異世界と言えばやっぱりだろう。自分の能力などが数値化される。

 マイナス面も知ることになるだろうが、そんなのは今までの通知表の体育の欄が『2』をとった時点で体験済みだ。


 【通知表】懐かしい響きであるが、これもステータスカードの一つかもしれない。

 俺の学生時代は5段階評価が多かった。小・中・高を通して全体的な成績は悪くはなかったと思う、小学校の時の体育は大体は『3』だったし、たまに『4』の時もあった。

 中学校に入って体を動かす意味が分からなくなったので、やる気がなくなり『2』を取ることもあったが、二重跳びや逆上がりもできたし、水泳は割と早い方だったので運動音痴というわけでもないと思っている。

 尚、体育が嫌になった理由の一つは『左利き』で球技の際に野球でグローブがなかったり、サッカーなどでやりたくもない左側のポジションをやらされたり何かと面倒臭いことが多かったからだ。


 そういう過去もあるのでぶっちゃけ【体力】とか【戦闘能力】とかは期待してはいない、人並みにあればいいし、転生前は人並み以下の体力だったし、固くなったジャムの瓶を開けれるくらいの力があればいいし、下手にその辺のステータスが高いがために戦闘員にさせられても性格が俺はがある。

 ちょっと期待をしたいのは【すばやさ】だ。現状移動手段が『歩く』しかない、もしかしたら【馬車】……テクノロジー具合によっては【転移門】とか【飛行船】とかもあるかもしれないが、この街(というか村)までの状態+自分の状態を鑑みると期待するだけ無駄だ。


 俺は残っていたお茶を飲み干す。


「俺はいつでも大丈夫なので、オッサさんのよいタイミングで出発しましょう」


 ちょっとだけテンションがあがっているので自分から誘ってみたりしている。自分から人を促すことに慣れていないためこういう台詞自体を『ダサい』と思ってしまう……自然にできるようになりたい。


「そうか、分かった」


 オッサは陶器でできたコップを下げると「ついてこい」と言って俺を促し家を出た。

 尚、靴下はちゃんと履いた。


 ◇◇◇


 移動中も考え事は続く、本来ならばオッサに全てを話して質問しまくるのが良いのだろうが、最初がされた上に咄嗟の嘘せっていがある手前質問という手段が取れない。

 あくまで、俺はこの世界の常識は知っていてトラブルに遭遇したの行動しなければならない。そうでなければステータスカードに突っ込みを入れるべきだ。


(違った意味でまぁまぁハードだな……)


 そうやって自分を納得させつつ知ったかぶりをしているステータスカードについて擬物が尽きない。


 ・どこでどうやって作るのだろうか?

 ・教会だろうかギルドなのだろうか?

 ・血を一滴垂らすとかあるんだろうか?

 ・名前とかを書かなければいけないんだろうか?


 正直針で指を刺したくない。健康診断と同じくらいの血液を抜かれるのであれば『遠慮したいなぁ』と思っていたが、俺は重要なことに気が付く。この世界ののことである。

 そもそも俺はこの世界に来てに触れていない。


 ・文字というものが存在するのか?

 ・識字率はどのくらいなのか?

 ・むしろ俺が読み書きできるのか?

 ・紙やペン的なものはあるのか?


 本来、俺のように転送された者はご都合主義おやくそくのおかげでに読めるということが多い。

 オッサと喋っている時も違和感がなかった。ただ脳内に浮かぶ文字は『日本語』『アルファベット』『数字』くらいなので大丈夫か? と不安もある。

 書き文字に対してご都合主義おやくそくが発動せず、可愛いお姉さんに『文字を書けないとステータスカードの発行ができません』とかなったら

 オッサの家にいた時は『日本に居た時の知識をどう活かすか?』が鍵だと思っていたが、ステータスカード含めこの世界の知識の方が重要な気がしてつい「キッツイなぁ」と愚痴をこぼしてしまう。


「どうした?」


 ――やばい、独り言が思ったより大きかった様だ『何でもないです』というのは簡単だが少しでも情報を吸収したい。言い返しを考えろ俺……うーん……うーん……よし!


「いえ、以前にステータスカードを作った時にちょっと色々あったのを思い出してしまって……」


 我ながら良い返しだと思う。体感0.1秒で返答したと思うので違和感もないはずだ。


「あー、【才能持ち】だと分かると確かにそういうことがあるかもしれんなぁ……」


 思いのほか良い反応だが、やはり【才能持ち】というのはトラブルメーカー的なものも含むのであろうか?


「ただ、それはお前さんがボーーっとしとるからだろ? 普通はステータスカードは発行時でも他人に情報を見せたりせん……」


(なるほどなるほど、確かに免許証の発行時にわざわざ隣の人に自分の本籍や免許番号などをおおっぴらにする必要はないもんな)


「いや、まぁボーッとしてたわけじゃないんですけどね」


「そりゃぁ、お前さん基準であって、ワシからするとお前さんはかなりボーッとしとるぞ?」


(……そっか、俺ボーッとしてるのか……)


 確かにオッサと出会ってから暇があれば考察してる気がするし、それを他人が見たらボーッとしてると捉えられても仕方ない。


「そうですか、なんか色々あって考え込んじゃうんですよね」


 これは嘘を言っていない本心だ。


「まぁ、じゃからのぉ。忙しないのは理解はできる」


 うーん、この世界で一番付き合いの長いオッサからの印象はこうなんだなぁ……第一印象の大事さを痛感する。

 俺としてはステータスカード取得時のトラブルと、拉致られたという咄嗟の嘘せっていの方のを主語としたところなんだが通じていない様だ。


「いや、僕だって常日頃泣いてるわけじゃないですよ」


 痛いところを突かれて一人称が『僕』になってしまっていた。自分の心理状態によって一人称が『俺』『僕』『私』と変わる癖も直したい……


「どうだかの、あんなに短期間で大声泣くなんざ赤ん坊ぐらいじゃが……」


「その節はすいません……」


 この世界に聞いてそんなに日が経ってないのに既に『黒歴史』ができた。いや、『ステータス!』とか『凝!』とか唱えていたのも大分怪しいが、自分基準では黒歴史にはなっていなかった。

 もちろんなら『黒歴史化したのは間違いない』が、あの状況を考えるとギリギリセーフのラインだと強く思っている。

 号泣したことだって、色々自分なりに努力をしたり後悔した結果だし、人が来るのが分かっていたらあんな泣き方はしていなかったと思う。まして戻ってきて来るとも思っていなかったわけで……

 ただ、そのおかげでこうやってライフラインが繋がっていると思うとであったと思えるのだが他人目線での感想を聞くとのは分かる。


(『黒歴史』って40歳手前になっても簡単にできるんだな……)


 仮に俺がこの世界で『英雄』や『勇者』になって本になったとしても第一章のタイトルは『号泣する変質者』みたいなものになるんだろう……『英雄』になる気もないし自伝も書く気はないが……


 しかし、こういうオッサみたいな距離感の人と一緒に移動する時の会話ってどうやればいいんだろうか? あのからこの街に来るまで、ほとんど会話という会話をしてこなかったし、今もそうだ。

 『憎まれ口』はあるものの、オッサに対して嫌悪感はほとんどないし、会話をしていて疲れると言うこともない。会話が少ないのは考え込んでいるのも理由の1つとしては大きいが、そもそも俺が日本にいた時もどうしていたのかを思い出せないぐらい技術ノウハウがない。


 まぁ、接客業でもないので会話を技術ノウハウとして捉えてる自体がおかしいのは理解しているが、この世界の情報がほとんどない中原住民とのコミュニケーションから少しでも情報を探り出すというのは必須だ。


 ――『ガキの頃はどうしていたっけ?』と思い返してみても何も浮かばない。記憶が消去されているというより、中学校からだったので友達と一緒に下校するとか登校する時に話すこともなかったのが理由な気がする。


 直近で考えてもネトゲやってる時は『あっちの方角にに敵がいそうなので向かいましょう』とか言うこともあったが、オンライン上のキャラと黒田奏太というキャラクターは若干違っていたし、正直今もIT技術者エンジニアの黒田奏太ではなく、ボッチの視力回復してになっているのでネトゲのように喋るというのも違う気がする。


 中学時代に遡っても参考になる技術ノウハウがない。『直近で微妙な人との会話』というのを脳内を検索した結果、最終的には『小学校の時の遠足』になってしまった……細かく言うと会話ではないが、交通ルールを厳守しなきゃいけない歩道でそんなに仲良くないクラスメイトと鬼ごっことかしてた……うん、俺会話してねーじゃん。

 まぁ、その鬼ごっこ中に見事に転んで膝から出血し、弁当の中身が潰れ状態になったとか、黒歴史ではないが、会話をしてなかったものばかりが浮かんでくる。


(あの頃はなかったから鬼ごっこにも誘ってもらえてたんだなぁ……)


 元々だったのもあると思うが、今の俺のこの性格が固まってしまったのは思春期に音楽にハマりすぎたのが色々拍車をかけたからな気がする。

 別に移動中の他人との過ごし方が小学校まで遡らないと出てこないことを後悔はしていないが、必要最低限のコミュニケーションしかしてこなった生き方はこの状態のこの世界では変えた方が良いだろう。

 義務教育でもっとを説いてほしかったと心の底から思う。


 課題は分かったのでこの世界ではは大事にしたい。できる気はしないが日本にいた時よりは努力はする。

 なんとなくだが、今の状況を考えると『帰る』という選択肢がないのも実感していたので生き方の指標を建てながらオッサに続き移動していく。


 移動中気づいたことだが、いくつかがあったが書かれていたのは簡易化されたイラストのみで文字のようなものはなかった。


(やはり識字率の問題なのか、言語が複数あるのか、文字というものが存在しないのか……)


(いや、ステータスカードが存在する時点で文字は存在するだろう……)


 となると、識字率の問題の方かもしれない。そうこうしているうちに俺たちは街の一角の石レンガでできた建物の前についた。

 カードのような長方形のマークの真ん中に丸が書かれた看板がかかった建物だ。

 あれからろくな会話もなかった俺にオッサは「相当な事があったようじゃのぉ」と俺に一言声をかけると「入るぞ」と言って建物の中へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る