第7話 カプセル化

 ◇◇◇


 久々にギターを弾いて思い出した言葉がある『ミュージシャンズミュージシャン』というものだ。

 プロの中でも技術や演奏力などがずば抜けて同じプロから羨望の眼差しを受ける存在『変態』というと分かりやすい。

『一般受けしてるか?』というと殆どがのことが多く『知る人ぞ知る』みたいになってる場合が多い。


 楽器演奏はスポーツ競技とは違うので「速さ」や「難しさ」を競うものではないがある程度やるとやっぱりという奴に憧れる時がある。

 この漢字四文字は『』の心をすごく擽る。格式が高いと言われているクラシックも例外ではなく「超絶技巧練習曲」というのもあるし『』とか表現があるし、ポピュラー音楽で言うと『速弾き』やリズムの世界ではBPM(1分回に何回叩けるか? )とか『お前ら不整脈あるんじゃないか?』というぐらいの変拍子を繰り広げるなどゲーム感覚でに挑戦するわけだ。


 ニコロ・パガニーニという18世紀から19世紀にかけて活躍したヴァイオリニストは「悪魔に魂を売った」とも言われおり、『達人』という意味のイタリア語であるvirtuosoヴィルトゥオーソの権化ともいえる存在だ。

 俺もゲームをクリアするように技術を求めた時はあったが、知人の5歳の娘がカスタネットを一生懸命やってる姿を見て心を打たれた。危なくを見失うところだった。


 どうして『クラシック界の話をするか?』というとクラシックは歴史の中で王族や貴族などに作られた曲も多く、貴族は優れた演奏家をで自分の影響力を競った時期がある。

 そのため演奏されなくなった曲も沢山あるし、その流れを汲んでだろうか? 兎角他のジャンルを牽制し知識や演奏力の高さで相手を事を主目的にしている人を何人も見た。

 まぁ、クラシックを例に出したがJAZZでも『何曲知っているか?』みたいな暗記力で優劣をつけたりするし、ネットとSNSというオモチャを手に入れた人類が『レビューという名目』で人の作品を風潮と同じようなもんだろう。


 個人的には本来『音楽はもっと自由なはずで、楽器や演奏力に差別されるべきじゃない』と思う。

 そんなことを思っている俺も厨二病満載だった学生時代『どんなジャンルでも曲が書けないと!』と思いながらクラシック風、JAZZ風、フュージョン風、メタル風、イージーリスニング風などいろんなジャンルで数曲オリジナルの曲を作ったのはいい思い出だ。


 ◇◇◇


 ――さて、そんなどうでもいい事を思い出している間、体感的には一時間以上歩いただろうか? 原チャリ慣れした自分にはそろそろ足が悲鳴を上げてきている状態になってきた。

 オッサは方位磁針もないのに『どうやって方向を認識してるのか?』彼がという可能性も捨てきれない中『果たしてついてきてよかったのだろうか?』とかさえ思ってしまう。


「あそこがチェリアじゃよ」


 オッサの視線の先には木を加工した塀のようにした区画があり住居が並んでいるのが見える。

 塀の入り口に立っている人は門番だろう。獣人ではのでこの世界ではファンタジー的なものは少ないのかもしれない。

 少しだけ期待した城のような大きな建物は見当たらないので城下町という感じではなさそうな気もするが、この世界の城が縦に長いとは限らないし全て推定でしかない。


 チェリアの規模がどのくらいのものか分からないが、とりあえずは『ステータスカードの取得』と『情報の収集』だ。音楽家を目指すのであれば木工の加工具合や家の様子などを見てを確認し楽器が作れるのかなどを認識しなければならない。

 オッサの反応を見ると演奏家としてはやっていけそうなので早めに演奏をし、お金を稼いだら『食べ物』と『着る物』を手に入れなければならない。もちろん『火のつけかた』やオッサのような『迷わず目的地に着ける』方法『地図』なども欲しいにはほしいがというように何事も順番がある。

 幸いにして『住』はあるし『衣』は拘りもないし、心配の種の『食』は胃腸薬との兼ね合いになるかもしれないが好き嫌いもないし、余程グロいものとかじゃない限りは食べることはできると思う。


 とは言え『やることはかなりあるなぁ……』と思っていると入り口まで着いた。


「――オッサさん? そのなんというか……青年は誰だ?」


 右側の門番Aが尋ねる。(名前が分からないので右側を門番A、左側を門番Bと呼ぶことにする)

 あれだな、今の間は『変な奴』と言いたかったんだろう。ロックのジャンルで派手な化粧したりファンが同じコスプレをしてライブに向かって電車に乗っていると『奇異』な視線を感じるというが俺もを感じる。気付きたくなかったがある意味これもなのかもしれない。


「あぁ、ちょっとでな、平たく言うと犯罪に巻き込まれた被害者なんじゃよ」


「ふむ、その格好で被害者……」


「武器も持っておったが、ココに来るまでに置いて来させた、用事が終わるまではワシも必ず同行するので入れて良いかの?」


(――ヤバい、俺カッターナイフ持ってきてしまった。ギターよりカッターの方が殺傷能力は高いと思うし手荷物検査したらだ……)


「同行するとは言え寝てる間など含めてあなたが全て監視するのは無理ですよね?」


 割りかし若めの門番Bが至極まともな解答をするが、俺にはそれ以外に引っかかることがあった。今、確実に『監視』って言った。


(オッサは実は警察官的な人で巡回してたパターン? )


(この門番の上司的な人なのか? )


 色々やりとりがあると思うので俺はできているか分からないが『コミュ障スマイル』で敵意がない意志を伝えているつもりだ。


「まぁ、ちょっと耳を貸せ!」


 オッサが強引に二人の門番を引き寄せる、なんとなく例の【祝福】系の話をしてる気がする。こうなるのであれば【視力】ではなく【聴力】が上がっていた方が便利だったと思う。


「――本当ですか?」


 ほら、この反応絶対だよね。ということは、やはり【才能持ち】というのはかなり特殊でが高いという推測は間違ってないようだ。

 であればレア度に「SランクとかAランクなどの種別があるのか?」など詳細も知りたくなる。焦る気持ちを抑えつつ『コミュ障スマイル』を続けていると……


「行くぞい」


(おお、オッサ凄いよ、ポケットチェックされなかったよ! )


 カッターナイフもそうだけどチューナーも結構な電子機器になると思うから助かった!


「いやー、オッサさんって凄いんですね、彼らの上司か何かですか?」


 歩きながら素直に誉めてみた。


「んっ?」


 オッサの眉間にシワを寄せる……どうやらよくない質問だったようだ。


「あれは、ワシの同僚じゃ! 年齢が上なだけで上司でもなんでもないわい!」


 今までで語気が一番強い。


(はい、地雷踏みました。コミュ障治ってません)


 ――あるよね、調子に乗って素直に感謝だけ伝えるべきところだった。


「あ、すいません」


「謝ることでもないけどな……」


 どうやっても取り尽くせない状態、ここは話題を変えるべきか、それともしばらく沈黙しておくべきか……コミュニケーションの技術ノウハウがなさすぎてどうしていいのか分からないが、門番の二人に会釈をして一旦街の中へ入る。


「――どうするかのぉ。一旦ソウタの見た目をにした方がいいかのぉ」


 分かってた、分かってましたとも、やっぱりこの異世界サバイバル仕様にした『現代日本から来た服装』の見た目はかなり異質らしい。

 個人的には腹も減りつつあるのだけども『衣・食・住』というようにやはり見た目に直結する『衣』が共同生活をしたり、相手を安心させるという意味でも一番大事なのだろう。


 本来、王道の異世界モノで召喚されていたら5ページ目くらいのことなんだろうけど二日も経っている状況で『進みが遅すぎる』などと思いながら衣服に関しては『もらうのか、貸してもらうのか?』を聞いた方がいいのか悩む。

 無一文なのは知られているし普通の異世界ものだと最低限の服は支給されるとので個人的には『もらう』方に倒れて欲しいと願う。


(でもなぁ、ダニとかいたら嫌だし、ボロボロだったり全然好みじゃない服だった時に「いらない」とは言えないしなぁ……)


 オッサを見る限り不潔な感じはしないので大丈夫だとは思うが借りた衣服がダニだらけで『異世界転生! 肌に虫刺されのある音楽家』タイトルの小説ラノベってのは避けたいところだ。


 ◇◇◇


「――ただいま」


 同居人や家族がいるわけでもなさそうな部屋にオッサの声だけが響く。どうやらここがオッサの家のようだ。壁は土壁のようだがクリーム色をしている。


 様子を窺っているとなんと靴を脱ぐ習慣があるようで、靴を脱ぐとすぐに足を洗う文化のようだ。

 俺はオッサの真似をして靴下を脱ぎ足を洗う。足洗い場にはポンプ的なものもあるし下水も整っているようで一先ず安心する。


 オッサは「とりあえず、そこに座れ、今お茶を用意しよう」と言うと隣の部屋へ行ってしまった。


「ありがとうございます」


 返事をした俺は足洗い場のポンプで過去に読んだラノベを思い出す。


 ポンプ……転生後のとしては『井戸から水を吸い上げるポンプを作って一儲け』とか『魔法で下水を整える』みたいなのも結構あるが、俺はポンプの構造さえ知らないので無理だ。

 というかというのは与えられたチートスキルの有無に限らず『ポンプ』や『火薬のための硝石』のを実用レベルでパターンがあるが一体いつそんな知識と経験を得る機会があるんだろうか。

 特に日本の10代の学生が転生して『硝石』……銃社会ではない日本で作り方を知っていて、それを実践できるスキルがある時点で36歳のオッサンからしたらだ。


 スローライフ系の知識にしても農業をしていた祖父の作業を見たことはあるが、俺は非力だし何より自分から農作業をやりたいと思ったこと。鉈も鍬も上手に使えず田んぼ一反でさえ一年管理するなんてできる気がしない。

 むしろ、特定の時期になると親戚一同で泥まみれになって強制的にやらさた田植えなんかは、本当に嫌々で仕方なかったのでやる気も起きない。


 現実問題チェリアに田畑があったとして、俺が生かせる知識と言えば田植えの時には『蛭』がいるのでとか、稲刈りの時には稲についていた害虫が飛び散りそれを捕食するための、稲刈りをした稲は事くらいで、米そのものの育て方や作り方は知らない。

 いや、そもそも田畑があればこんな知識いらないだろうから、そうなると王道パターンの『肥料作り』になるだろうが同級生だった専業農家の息子でさえ肥料の作り方の詳細は知らないはずで、お米のために異世界で奮闘する英雄なんかは『農業高校のスーパーエリートが昭和初期の知識を使って異世界転生で無双してるんだろうなぁ』と思っている。


 その上で俺が異世界ここに来て一番しっくりきたのが視力回復によるメガネの存在の消去である。

 俺の読んできた小説ラノベの主人公はかなりの比率で『オタク』『コミュ障』という性格の人が多かったが、自分の人生を振り返った時自分と同人種は九割以上メガネをかけていた。

 みんな異世界に来た時に『メガネ捨ててきたのか?』というぐらいことが多く、他に異世界人が召喚されていて俺の職業が『錬金術師』だったら商人と連携して『勇者にメガネを売りつける』みたいなことが脳裏を横切った。

 それぐらい俺にとって視力上昇の出来事は大きかったし異世界ここには眼鏡が必要ないためのご都合主義おやくそくだと思った。


(俺のチートスキルって本来なら仕事にしてるIT系なんだよなぁ……)


 今更ながら異世界ここにいながらネットやプログラミングができないことを悔やむ。

 ただ、実際ここにネットやプログラミングがあったところで俺のレベルは『ザ・中の中』くらいでにむかって「カモン!」と言いながら悪い貴族の情報を盗むことも。仕事でもサーバー用途として使われるOSのLinuxはある程度使えるが、モデムやルーターである程度のセキュリティが担保されている他のマシンをクラッキングできるスキルなんて皆無だ。


 咄嗟の嘘せっていででっち上げた『音楽家』も絶対音感はあるものの音楽文化がので上手く活用できればかなりのチートとは言えるが技術や知識は15年以上前で止まっているし、忘れている。

 社会人になってからは『分からなければ検索する』というIT業界の文化に慣れているため、最悪家の押し入れクローゼットにある昔買った楽典や楽譜やノートを読み返せば良いと思っていたががなければ意味がない。


 そもそもあの家には『帰れるのだろうか?』


 文化的なものを見て安心した証拠なのだろう……脳内の愚痴が止まらない。


 お茶が出てくるらしいが、あれだけ覚悟を決めたはずなのにが怖い。というか異世界ここのお茶と呼ばれるものの水以外の原材料は何なんだろうか。

 もてなしてもらっているはずだし、調理済みだったり工程が分からなければ『好き嫌いがないので大丈夫』と思っていたはずだが、いざ自分のというのは不安以外何者でもない。

 転生後に料理上手い人が『魔物を狩って調理する』みたいなのあったが狩や生物を捌く捌けないの前に俺は無理だ。


「ほれ……」


 出されたお茶(のような液体)は確かに澄んだ緑色をしていて緑茶のように見えるが匂いがしない、結構熱いのではされているだろう……


「――いただきます」


 覚悟を決めて口の中に流し込む、薄い味がするが飲める。


「――よかった……」


 思わず安心した感想が口からこぼれてしまった。


「門をくぐれたのじゃからそんなに不安がらなくても大丈夫じゃろうに」


 出されたお茶の『飲める』『飲めない』の感想とは思っていないオッサが気を遣ってくれている。


「いえ、本当ありがとうございます」


 本来なら味の感想を言うべきところに対し失礼なことをした自覚があるため必要以上に感謝を述べてしまう。


「さて、落ち着いたら着替えをしてもらわにゃいかんの。ワシの使ってない痩せてる頃の服があるはずじゃから探してくるわい」


 今の口調からではレンタルなのか判断不明だが一旦お金のやりとりはなさそうな気がする。土足じゃない文化や下水の文化を考えても洗濯しているはずだし、部屋の様子を見ても小綺麗な状態を保っているのでダニなどの心配はあまりなさそうだが……


 このような思考そのものが『失礼』なのを自分でも理解しているので口調は変わらず丁寧なまま返答する。


「すいません、お手数をおかけします」


(俺、本当こういう言葉遣いできるようになったのかぁ)


 つい三日前まではコンビニの買い物に限らず職場でも『、大丈夫です』とか『、お願いします』のような『あ』を付ける典型的なをしていたし『了解しました』みたいなことも言えず『、分かりました』と答えていた俺だ。

 このぐらいのやりとりができる様になったからといってモテる要素が増えたわけでもないし、異世界に来た途端に女の子からの好意に対して鈍感になっていたりもしていない。

 むしろ、これだけのことをしてくれている同性のオッサにでさえ懐疑的なので『誰かとパーティを組む』とか『クラン』のような何かの組織に入るというのはとてもとても無理だろう。


 うん、俺は異世界ここでもバンドを組めそうにない。

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