第6話 2-5-1(ツーファイブワン)
できれば、このまま一緒に行動できると助かるんだが、それをリクエストするには流石に『図々しいな』と言葉に出す事はせず、オッサの結論が出るのを待った。
「仕方ない、ついてこい」
俺の願いが通じたのかオッサの様子を見ると『このまま一緒に着いていって良い』という結論になったようだ。
「お前さん金はあるのか?」
「すいません、ステータスカードと一緒にお金もスッカラカンです」
「まぁ期待しちゃいなかったが、大体お前の【才能】は戦闘向きじゃないからのぉ」
「そうですね、軽率でした……」
政治家でもないのに『軽率』が口癖になりそうなくらい使いまくる。
「鑑定の金ぐらいは貸してやるとするか……さっきの【才能】だと庇護者もすぐ見つかるじゃろ」
庇護者かぁ……このオッさんいやオッサさん、もうオッサンでいい。
オッサンの話を鵜呑みにするのであれば俺の音楽の【才能】は相当レアのようだ。
「まぁ、音楽という文化がなさそうだもんな、そうなると……うーん」
「ソウタ。なんでお前さんがブツブツ言ってんだ。ホントその格好で変なことするなよ、お前さん見た目は完全アレなんじゃから……」
(――アレ、アレと来たか……俺はアレなのか……)
変質者、コミュ障、ネクラ、引きこもり、ネットジャンキー、チビ……今までの人生で割と言われた事のあるフレーズ頭を過ぎる。
(手が小さい? メガネ? いやメガネは違うわ!)
でも変質者以外は自覚あるしな……日本人が異世界に転生すると黒髪や瞳が黒いとかが転生者としての目印みたいなところが定番だと思うが、この世界にエルフとかドワーフとかいればそれに比べれば大した問題じゃないと思う。
(やっぱり、このヘルメット含めた服装だろうなぁ……)
とはいえ
そんなフラグを作りつつ、俺はオッサの後をついていこうとする。
「いや、ソウタ悪いが、その兜と武器は置いていけ」
「はぁ……」
彼の話し振りをみると武器を恒久的に持っている職業の人もいるのだろうがオッサンの格好見ると一切武器といえるものを持っていないし置いていく方が賢明なのは理解した。
地球でも(この世界も地球かもしれないけど)国によっては武装が当たり前の所や、軍や警察のみ銃の携帯を許されている所もあるので『そんなもん』なのだろうが盗難なども考えると所持して行きたい。
「オッサ……さん、これはですね武器じゃなくて楽器といいましてですね。なんていうのか伴奏とかメロディを奏でられ……」
当初自分で武器として持ち出したにも関わらず言い訳をしてみる。
「お前さんの言いたいことはなんとなく分かるが、無理だろうなステータスカードがないとそれは武器にしか見えん」
ちょっと納得いかない。武器ってもっと剥き出しにしているイメージがあるしポリエステル(?)的なバッグのどこに凶悪さを感じるんだろうか。
「そんなに嫌なら、ついてこんでもいいんじゃぞ? お前さんの性格見た目通り面倒臭そうだからの」
アレの正解は『面倒臭そう』だったらしい。
ここは素直にギターを置いていくべきだろう……盗難はまだしも雨や朝露などの湿気で楽器としての使えなくなったりしないか? と心配してしまう。
「いえ、行きます。ステータスカードがないと何もできないので……」
「まぁ、ステータスカードに『号泣』と出てくるんじゃろうけどな」
平気で心をえぐること言うオッサに付き合いづらい印象を受ける。
「ハハハ、前はそんなんじゃなかったんですけどねぇ」
(お、今のこの返しナイスじゃね? コミュ障ステータス絶対改善してるはず! )
「ちょっとは、元気出たようじゃの、ほれ行くぞ。武器はまた取りにくればよいじゃろ……」
行き先は決まった、そう覚悟が決まった瞬間どうしてもやりたいことがでてきた。
「オッサ……さん、お願いがあります、この場で一度ギターを出して演奏を聴いてくれませんか、オッサ……さんに聞いてもらうだけでいいです、それが終わればここに置いていくので……」
「本当の本当にそれ武器じゃないんじゃろうな?」
「はい、本当に武器じゃありません」
「まぁ、さっきは貴重なもんを見れたから、また貴重なもんを見れるんだったら少しの間待ってやる……ただしワシは後ろを向いてるぞ」
「え? 後ろを向くんですか?」
「呪われたらたまらんからのぉ」
なるほどメデューサのような感じで『見たら石になる』とかそういう類の呪いもあるんだろ。音楽で信頼を得ようと思ってたけど道のりは長そうだ。
時間が勿体無いので約15年以上明けてなかったギターのソフトケースを開ける。長期間保存するのあればハードケースに収納しておくべきだったのだろうが、踏ん切りがつかずソフトケースに入れたままクローゼットに閉まっていた七弦ギターだ。
色々な思い出が蘇るが弾き納めになるかもしれないと心に決めて、ギターを出す。
錆びづらいコーティング弦を張っていたとはいえ、さすがに1〜3弦の針金のようなプレーン弦のところどころは変色して錆が見えるし、ワウンド弦と呼ばれる巻き弦の部分も錆びているところが見られる。
ケースのポケット部分を確認すると、ポケットチューナーとシールドが一本、JAZZ型と呼ばれるピックが二つ見つかる。
そもそもエレキギターはピックアップと呼ばれるマイクを通しアンプで音量を増幅させる楽器だ、アンプに繋がない
どうやら半音下げチューニングの状態のようだ、ややズレている弦もあるががここまで弾いてない状態のギターの弦を巻くのは怖いので気持ち悪いがズレたままでやる。
問題は『何の曲を弾くか?』だ。本来であればじっくり吟味したいところがそういう時間はない。カリンバと比較して楽器の特性や音域の広さだけで言えば弾ける曲は相当多くなる。
『うーん、さっきは勢いでヘルメットを叩くってだけでクラシックの曲を口笛でやったけど、ロック弾くのもあれだし、フュージョンもなんか違うし、ギターって特性とB♭、生音って考えると俺のなんちゃってJAZZギターでAutumn Leaves(枯葉)がいいかもな……』
『枯葉』は元はシャンソンだけどJAZZ初心者でも知っていて「ちょっとセッションしよう」と言う時に誰か一人が挙げるぐらいド定番中の定番の曲だ。
周りの景色は枯葉ではなく青々としげる若葉なんだが
曲が決まったので早速弾き始める。Cm、F7〜とコードを弾き、楽器との別れを偲ぶように大切に1音1音楽しみながら休符を入れながら音を重ねていく。
チューニングがズレている3弦なんかはチョーキングを半音以下にしながらスライドで誤魔化したりしてアドリブを入れていく。
十年以上のブランク、錆びた弦、そして音楽という文化が存在しないであろう異世界でエレキギターの生音が小さくフレーズを奏でる。
手が小さいのに7弦ギターを買ったこと、とくにかくヘヴィにするということで、ダウンチューニングに挑戦し無理やり太いベース弦を貼ろうとしてナットが合わなかったこと、その後すぐにフュージョンにハマり弾く機会が極端に減ったことなどが蘇ってくる。
スライドを多用するという制約があるので演奏後には確実に指先に水膨れができるが、その指先に食い込む弦はなぜか心地良く久々に弾くと思えないほど自分の指が動く。
JAZZに限らずクラシックのような厳格に譜面通りに弾くジャンルでない場合、『演奏者がソロタイムを長くすること』でいくらでも時間を長くできるが、今回の演奏はコンサートではない『楽器とのお別れ』の決意である。
今までの人生で『楽器を野外に放置していく』ということはなかった。確かに演奏することもなくクローゼットに入れっぱなしだったり、実家のピアノに関してはカバーをかけたまま放置されている。同じ放置でもシチュエーションの違いでこんなにも悲観的になる心に『自分にとって楽器というものが特別だった』ことを思い出す。
32小節の小さい生音での『枯葉』の演奏が終わると「ありがとう」と小さく呟き楽器をケースに戻す準備をする。
『フリューメに新しい曲が誕生しました』
「ソウタ、お前すごいな、こんな短時間で祝福を聞くことなんてあるとは思わなかったぞ!」
後ろをを向いていたはずのオッサンがこっちを見ていた。
どうやら【天の声】はそんなに頻繁に聞こえないらしい、残念ながらオッサンは俺の演奏じゃなく【祝福】が聞こえたことの方に感動しているようだった。
今の演奏は観客のために弾いたわけじゃなく、人生でも発表会を一度しか経験しておらずライブ経験もない俺からしたら、先ほどの演奏が物心ついてはじめて人前(人後ろ?)で弾いた経験になる。
深く考えずに音楽家という設定にしたが今後の事を考えると『人前で弾く』という経験値が圧倒的に足りないことに気付くが後の祭りである。
演奏の余韻を楽しむこともなく、俺は片付けに入る。
「まいったのぉ……」
オッサは胸の前で腕を組むと何かを思案している。この仕草は『モブキャラなのか?』と疑いたくなるほど少し前に見た動作と全く同じでゲーム世界であるなら『序盤はもっと簡単に進めてほしい』と思いつつ質問を投げかけてみる。
「どうしたんですか?」
自称コミュ障を大幅改善した俺はギターをケースに入れ直しファスナーを閉めながら会話をする。
「今、しまったその斧のような武器は武器じゃなくて、お前さんの『才能』を証明するための道具なんじゃろ?」
(斧、これが斧に見えるのか……)
確かにアメリカの超有名な化粧をするバンドのベーシストが斧の形をベースを弾くのが有名だが、今収納したギターの形状はいわゆるストラト型。自分の感覚で言うと『斧とは全く違う』ので異議を唱えたくなるエレキギターは形が大事なのだ。
だが、ここは異世界。ギターを知らない人からすると『斧のような武器が入っている』と言われても否定できない部分があることは理解しなければならい。
これが『フライングVだったらなんと言われたのだろう?』と思いながらも、オッサは多分ギターを持ち歩くことを善意で思案していることを感じる。
「そうですね、
俺は俺でもう心を決めたのである、ドライだが『これからどれだけ歩くのか分からない』のに
「は? 鍋で今と同じようなことができるのか?」
「まぁ、技術的には可能です」
グラスハープ専門の人になれる気はしないが、
「そうじゃなぁ。今のはワシ一人じゃからよかったものの近所の赤ん坊の鳴き声があったら聞こないじゃろうし」
「そうですね。本来は音を大きくする道具があるんですが音量よりも見た目の方が異質でしょうし先ほどの演奏で諦めはついたので……」
色々思案してくれているが、これ以上『覚悟』を揺らしてほしくはない。
「なるほどなぁ。お前さんが良いというのであればいいが、もったいないのぉ……」
予想以上にギターの演奏がよほど気に入ったのか名残惜しそうにするオッサ。
「その場で音が出るものがあれば、楽器に拘らずなんとかするのが音楽家の本質だと思います」
オッサが音楽という文化を知らないことに平気で嘘つくようになってしまった自分に驚く。
『楽器に拘らずなんとかする音楽家』なんてのは聞いたことがないし、こんなことを平気で言うのは音楽家でもなく詐欺……いや、断じて違う!
広義で考えれば老舗のライブハウスで観客としてゲストに来ていた凄腕ミュージシャンがその場にある適当な楽器で飛び入りセッションしちゃうやつもあるから、それを多少盛って言っただけだ。
『一を百にする』のを「嘘」と言うのか「盛る」というのかはそれぞれの主観によるだろうが、俺の中では前述した事実がある以上嘘ではない。
「では。いくか」
「はい。聴いてもらってありがとうございました」
やや晴れない表情のオッサと文字通り肩の荷が降りた俺は一路……一路……
「あれ? それで俺はどこに行くんですっけ?」
「チェリアに決まっているじゃろ」
俺は今からチェリアという場所に向かうようだ。
日本にいたら絶対聞きなれない地名に異世界にいることを噛みしめながら俺は七弦ギター(ケース付き)と別れを告げた。尚、ケースのポケットに入っていたチューナーとピックはズボンのポケットに入れて行くことにした。
すまんシールド……
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