第5話 異世界転移の教科書1ページ目

 人生では『嘘をつかねばいけない場面』があると思う。我慢という名目で痛くてもをしたり、入学するつもりのない学校や働く意志がない会社の面接で「ここが自分の夢でした」みたいなことを言ったり……

 特に後者の嘘は自分の一生を左右しかねない。

 正直に「いや、なんとなく理由はないんですが、簡単かなぁと思ったのでー」とか言うと先行に落ちること間違いなしだ。


 で、今の俺は目の前にいるオッサンの不信感を拭う嘘をで考えなければならない。ここでの嘘が嘘になることは直感している。これは同じ中身がオッサンの人生経験で確実に分かることだった。

 『嘘をついてはいけません』というをするが覚悟を決め全身全霊で自分の設定を考える。


 ……が、情報が少なすぎる。


 このオッサンとの会話を思い出すと『町(街?)』というワードがあったり『武器』や『兜』という言葉があった。

 ということは、間違いなく日本のような銃刀法的なものがなく、危険と隣り合わせな環境が許されているということだろう。

 また、病気も存在するし家族も存在するから生殖もある。


 馬鹿なことを考えていると思うが、今この時はでも必要な状況なのだ。


(くっそ、異世界に行った時に一番最初にしなきゃいけないのって能力のチェックの前に自分が怪しまれない設定を練っておくことだったんだなぁ……こんなの知らねぇよ!)


 愚痴もそこそこに、今のマイナスな面(主に服装や質問内容)を『ゼロな状態』には持っていきたい。決して『プラスに』という贅沢なことを言わない。

まず、名前は「ソウタ」と名乗って良いだろう、国や地域・年代によって違いはあると思うが日本語が通じている以上使全然良い。

問題は「なぜココでこの格好と荷物で泣いているか?」を説明することだ。

この世界に魔法や呪いというものが存在すれば、かなり楽になるのだが、危険な橋は渡れない。


 現実の日本でもを考えなければならない。


 ◇◇◇


「――おい、良い加減に離せよ……」


「すいません、ちょっと混乱してました」


 俺はオッサンの袖を掴んでいた左手を離す。


「実は俺、音楽家の仕事をしてるんです。街で酔っ払い数名と喧嘩になって拉致されて気がついたらココに捨てられていたんです……」


 諦めた。短時間でこの人を留めておくハッタリなんて考えられるわけない土台なのだ。

 逆の立場だったら嘘バレバレだ。第一に喧嘩した割に顔や服装が綺麗すぎる。


「はぁ? 音楽家? 音楽家ってなんだ?」


「いや。僕、ギターやピアノ、他の楽器もできますがその腕を買われてというか、それしか才能がなかったので……」


「ん? お前さん【才能】あるのか?」


「いや、まぁ才能と言えるほどではないですが、人よりと思います、ですがココがどこだか分からずパニックになって変な質問をしてしまいました……」


 正直、苦しいが俺には少しだけ勝算があった『ギター』だ。ギターさえ出して演奏させてくれれば一般の人より『っぽく』は弾ける。

 なんなら、鼻歌にコードをつけるぐらいはできる。


「そうか【才能持ち】なのか、だから変なのか……なるほど」


 ん? 今才能と言ったか、確かに才能の有無の表現として『持ってる』『持ってない』と表記はするが、会話で「お前才能持ってるなぁ」とは言わない。


「それで、その音楽というやつは、どいうなんだ?」


「えっとですね、これを……」


 俺はギターのソフトケースを開けようとするが、オッサンは俺の動きを静止する。


「まて、その武器は使うな、俺は平和主義者だ。酔っ払いと喧嘩するような奴が武器を持ってるのは分からんでもないが、対人用にしてもかなり珍しいのは分かる、武器なしで音楽というのをやれないのか?」


 おぉ? もしかしてギターが分かってない? というか、もしかしてこの土地に文化としての『音楽』が存在しないのか?


「すいません、なるべく変な質問にしないよう心がけますが、ギターという楽器はご存知ですか?」


「あれじゃろ、その黒い奴の中に入ってるものじゃろ?」


「そうですね、じゃぁピアノはご存知ですか?」


「知らん。お前の話は聞いたことのない単語があるがじゃない街で捨てられた【才能持ち】だろうと理解しておる」


 なるほど『チェリア』というのがここの国か町だか原っぱ周辺のエリアを指すことはわかった。そして会話を考えるとやっぱり『才能』というのは後天的に身につかないのようなものを示す言葉なんだろう。

 他は壮大に勘違いしてくれてはいるが『ほぼ後天的に身につかない』という意味で『絶対音感』というのは【才能持ち】という定義にギリギリ入る気がする。


「……確かに私は【才能持ち】ですが、このギターを使わないと私が変人でないことを示す事ができないのですが……」

 

「無理だ、お前は目の前の怪しい人が武器を出して殺すかもしれんというのを指を咥えて『どうぞ』と言えるのか?」


「……言えません」


「そういう常識があるのなら、その黒いのから手を離せ。そもそも【才能持ち】ならもっと他にも身の潔白を証明できるだろ?」


 参った、ギター作戦しか考えてなかったが、このやっぱりオッサン良い人っぽいのと結構。俺の顔に傷がない事などを全然突っ込んでこない。

楽器さえいければ『なんとかなるはず』だ……

まぁ、そのギター演奏という道が状況なんだけど。


「そうですね、因みに好きな曲とか音楽はありますか?」


「だから、オンガクってなんだ?」


(おぉぅ、そこからかい?)


 これはピンチだ、俺に音楽の説明をできるほどの。設定とかハッタリじゃなく音楽を楽器もなしに説明しろって相当難しい気がする。


「では、吟遊詩人はご存知ですか?」


「あぁ、話にはなんとなく聞いた事があるが、お前はオンガクカって奴なんだろ? 今、吟遊詩人は関係ないだろ? それとも吟遊詩人の才能も持ってますとか言うんじゃないだろな?」


「あ、その才能はないです」


 作詞の才能が皆無なことは知ってたのでそこは正直に返答する。


「で、オンガクってなんだ?」


 頑張れ俺! 他に楽器を探すんだ! いや楽器を作る気でいけ! 考えろ考えろ! 俺の今の服装で使えるもの……ヘルメット? ヘルメットしか出てこない……いや、もっと考えろ! 草笛か? うーん、草笛のやり方を知らないし目の前の草が


(笛、笛……口笛だ!!!!)


 口笛吹きながらにすればちょっとはストリートミュージシャンみたく見えるんじゃないか?


「あの、この兜は外してもいいですか?」


「あぁ、まぁ防具はな……その奇抜な見た目は呪いがかかってそうな気がするが、俺にかぶせなきゃいいぞ……」


 ヘルメットを取るとヘルメットを太ももで挟む。


「では、やります。聞いてください『ラデツキー行進曲』」


 なぜか打楽器で始まる曲で思い浮かんだのがラデツキー行進曲これだった。俺はヘルメットをパーカッション代わりに口笛でラデツキー行進曲を奏でる。

 なるべく丁寧に、強弱をつけてフルコーラスを頑張る。


 ぶっちゃけ、そんなに長くはない曲だが、口笛で吹いた事がないので勝手が分からない、緊張で音程が若干ヨレる……


 自分の中では長かった演奏? を終える。


『フリューメに新しい曲が誕生しました』


(――また、あの声だ……)


 どうやらスマートスピーカーではいことが確定した。


「おい、お前すごいな!」


 オッサンが、目を丸くして伝えてくる。


「あ、ありがとうございます」


「怪しいと思ってたが納得した! その兜を叩きながら才能を持って生まれたんだな!」


 オッサンが興奮気味に感想を伝えてくれるが、かなり勘違いが入っている。


「あ、いや、その兜じゃなくてもでも、叩ければ机でもなんでもよくてですね、僕の専門はパーカッションではないので……」


「よく分からんが、まぁ【才能持ち】っては充分わかった【祝福の声】は俺に聞こえたし!」


 【祝福】と来たか…… これは天の声のことだろう。キラキラ星の事も考えると俺が演奏すると【祝福】が聞こえるようだが、この【祝福】が聞こえる人は決まっているのもしれない……

 まぁ、詳細は分からないが今は聞かないでいた方がいい。

 オッサンの反応でなんとなくプラマイゼロにはした気はするがを何も考えてなかった、どうするべきか……


「おい、お前さんの名前は? 自分の名前も分からないとは言わないよな?」


「あ、奏太、俺ソウタといいます」


「ふーん、変わった名前だな、まぁ【才能持ち】はそんなもんかもしれないな」


 とりあえずこのオッサンにとって不可解なことは大体【才能持ち】の一言で片付くんだろうな。


「で、あのオッさ……いやアナタのお名前はなんて言うんですか?」


「あ、俺名乗ってなかったか? でもお前今言ったろ? 名乗ってたと思うぞ、俺はオッサだ」


『あなたの方も充分変わった名前ですね』と言いたいが堪える。


「オッサさんですね。色々パニックになって変な質問をしてしまいすいませんでした」


「まぁ、拉致されたなら仕方ないな、ただ、それならそれで一回目にワシが聞いた時に答えればよかっただけだがな」


「いえ、ここに放置されて2日以上経っていてコチラもどう伝えて良いのか分からなかったんです……」


 そろそろ話題を変えないと綻びが出るので、自分の『設定』には極力触れられないよう思考を巡らせる。


「それで、私は先ほど言った通り自分がどこにいるのか理解できていないのですが、ここから一番近い街や集落まではどのくらいかかって、どのように行けばよいでしょうか?」


「うーん、兄ちゃんその様子だと、ステータスカード持ってないだろ? 変に祝福なんて見せるだけで自分の身分を証明できるはずなんだが……」


(おぉ……ここでステータスカードが必要になるのか! 俺の異世界始まった!)


 今の言い方は『生まれてすぐか、成人前に教会的なところで発行されて偽造できない様なカード』と考えた方が無難だろう。ただ、詳しくステータスカードの存在を知らないので言われた通り『無くしたこと』にした方が良さそうだな。


「そうなんです、それで途方に暮れて泣いていたのもあるんです……」


 結局嘘に嘘を重ねることで会話を続ける。というか俺若干コミュ障がなくなってきてる?


「なるほどなぁ、大方【才能あり】のステータスカードを売り飛ばすか『成りすましをさせて詐欺をやろう』って連中に絡まれたんだろう? そんな格好してれば奪ってくださいと言わんばかりだからなぁ……」


 ん? 今の言い方はステータスカードは本人以外偽造できないわけじゃなさそうだな……まぁ完全唯一技能ユニークスキル的なもの以外は『文官』とか汎用的な才能を持った人もいるかもしれないからもあるのかもしれんなぁ。


「そうですよね。軽率でした」


 こういうを仕事しはじめた頃から使えればもうちょっと給料多くもらえたかもしれない。そう考えると絶対コミュ障治ってるだろ……


「うーん、どうするかのぉ。明らかに【才能の持ち】じゃもんなぁ……」


 オッサは胸の前で腕を組むと何かを思案している。これは俺の所在をどうしようとしているのだろうか、それとも『今日は一度解散で……』ということなのだろうか?

 できれば、このまま一緒に行動できると助かるんだが、それをリクエストするには流石に『図々しいな』と言葉に出す事はせずオッサの結論が出るのを待った。

 

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