第4話 イニシャライズ

 裸眼に浮かれること30分ぐらいだろうか、大きめの石を集めてマーキングするという手法を覚えた俺は『家が見えない範囲も散策する必要がある』と決意し、カッターナイフを片手に草原と言える所を超え、やや木々が生い茂った林のような所を抜けた。林の途中に竹のようなものも植生していたがとてもじゃないが日本には思えなかった。


 途中で石によるマーキングを閃いた時は『我ながら天才だ!』と思ったしサバイバルスキルや冒険スキルなどの『何らかのスキルや経験値が少し上がってる証拠だろ』と思った。

 ぶっちゃけ一番の感想は「でかい動物や魔物的なのが出なくてよかった……」なんだが。


 因みに【素早さ】は上がってなかった。

 大人になって全速力で走ったことはなかったが、頑張って走っても想像を超えない馴染んでいる速度だったし、何より直ぐに息が切れた。

 それでもメガネがという裸眼の事実はかなり嬉しいことで、現状分かっているのはと、一般人の裸眼程度のというのを受け入れ自分を落ち着かせると『素早さの確認』から『散策』へ目的を変更したのである。


 林を抜けてしばらく歩くとやや大きめの石があった。その石に腰掛けるとペットボトルの水を口に流し込む。緊張と運動不足そして装備のによる疲れがドッと押し寄せてくる。

 道中の危険生物として大きめの哺乳類を浮かべていたが、よく考えたらタランチュラや人間より大きな蠍がいる可能性もある事も思い出し武器のギターは背負ったままだ。


「そろそろ、イベントが起きてもいいんじゃねーの?」


(異世界もので人間として転生した場合の初遭遇は召喚したシステム管理者か神様的か王族か美少女だろ……)


 心で突っ込む。というか家大好きで買い物さえ俺もさすがに常識離れした今の環境を目の前に『独り言』と『心の声』をしている状況は辛くなってきた。

 誰かに『相談したい』『愚痴を聞いてほしい』という欲求が出てくる。

 あれだけ五月蝿いと思っていた冷蔵庫のブーンと言う音や洗濯機の音、車の走る音がなくなってまだ二日というのに文化的な騒音が懐かしくて仕方ない。


「――誰かマジ来てくれや……」


 人恋しくて目が熱くなる。涙を拭こうとしてメガネをとろうして裸眼だったことに気づき「クソっ」と突っ込むと背負ったギターを横に置き改めて『人は一人では生きていけない』という当たり前のことを思い知らされる。


「メンタル弱いな……」


 裸眼の快適さというフィーバータイムに慣れた後の賢者タイムは心を『不安』と『寂しさ』というネガティブ方向にしかもっていくことしかなく文字通り号泣してしまった。


 ◇◇◇


「おい、兄ちゃんこんなところで自殺はいかんよ……」


 唐突に声がした。


「ばえ、rgは、いお、rがえ」


 声にならない声とはこの事を言うのだろう。

 涙の向こう側には中世ヨーロッパ的な緑色の服を着たオッサンがいた。


「こんな場所に若者が一人で自殺志願とは、失恋でもしたのかねぇ……」


 声をかけたことを若干後悔するような声が聞こえる。というかだ。

 たった二日ぶりに聞いた人の声に安心をし余計に涙が出てくる。

 泣き止みたいのが出来ず戸惑うが、自分で思ったより追い詰められたいたようだ。


「し、しつれんじゃ……ない……でず」


 やっとのことで返事をすると、男性はしばらく泣き止むのを待ち再度質問をしてくれる。


「にしても、大層な武器持って、何と戦うつもりだったんじゃ?」


 ギターケースを指差して尋ねる男性。


「こ、こ、これはギダー、エレギギダーで……七弦の方が、ぶ、武器になるがど」


 まだ泣き止む事ができないが必死でコミュニケーションをする。他人との接点をあれだけ望んでいたのにも関わらず感情がおかしくなり涙が止まらない。


「この辺滅多に動物は出ないし、そんな大きいもんじゃなくていいだろうに、ワシはてっきりそっちの手にあるナイフで手首でも切るのかと思ったぞ……」


 左手にあるカッターナイフを指差している。

 『カチカチカチ……』とカッターの刃を引っ込めると「すいません」と小さく謝った。


 少し落ち着くと様々な違和感が頭を駆け巡る。この人はなぜアルプスで日本語を喋っているのか、ギターを武器といった癖にスルーしていること、カッターで自殺する予測をしているのに武器ギターをもっていることを疑問視していないこと。

 何より、バイクもヘルメット姿で座っていることも疑問視していない。

 どうでもいいが一人称が「ワシ」ってのも初めて聞いた、確か広島の辺りでは一人称をワシと言うらしいが自分の人生で一人称をでワシと言う人はいなかった。


「……大丈夫のようだから、ワシはもう行く、人生これからだぞ……」


「待ってください、僕って変ですか?」


 コミュ障特有の脳内のことを端折って結論だけで質問をしてしまう。


「……まぁ、あまりにも泣いてたから声をかけたが、変というよりという方が適切かもしれんな……」


「『怖い』ですか?」


「気を悪くしたらすまんが、若者が草原に座って刃物片手に声を殺さず泣きじゃくっているというのは正直怖いとしか言いようがないんじゃが……」


 言われて納得する。ヘルメットかぶった若い男が凶器片手に子供のように泣きじゃくっているという姿は『変』を通り越して『怖い』としか形容できない。

 どうしよう、ここで「怪しくないです」と発言したところで怖さは絶対に消えない。


「――そうですよね……」


「まぁ、気持ちも落ち着いたことじゃし家族も待っていると思うから、早めに帰った方がいいぞ」


「……そうですよね……」


 家はあるものの家族なんてのはいないわけで、返答に困る。


「なるほどのぉ。家出か……」


「家出ではないんです。断じて……」


「まぁ、ってやつじゃな。まぁ、家出と違うのであれば一度家に帰って上手い飯でも食べなさい。大体はこれで解決するから」


「は、はい」


 異世界でも食事は大事という認識は同じようだ。


「じゃぁ、心強くな!」


 行ってしまった……というか呼び止める言葉がなかった、こんなところでコミュ障を発揮しなくてもいいと思うがそもそも説明のしようがないのだ。

 この状況、環境、格好、相当な陽キャであっても説明したところで怪しまれるのくらいは分かる。


「ありがとうございました……」


 とりあえず、お礼を言って座ったまま見送る。


「…………」


 姿が見えなくなると急に心細くなる。というか半端に優しさに触れた反動で心がのが分かった。自分がコミュ障であること、ギターを背負ったこと、カッターの刃を出したままでヘルメットを被って歩いていたこと、完全に異常者だった。


「寂しい……母さん……」


 30歳半ばを超えて思ってもいなかった感情が湧き溢れてくる、不安に押しつぶされるのではなく寂しくて涙が溢れてくる。気がつくと俺はまた号泣していた。



 ◇◇◇


「おい、あんちゃん、病気か?」


「????」


 気が済むまで泣くつもりだったが、気がつくと目の前にまたあのオッサンがいた。


「不知の病というやつかぁ?」


「ぢが、ぢがいまず」


「あのなぁ、いい年齢した兄ちゃんがこんな所で泣くなよ、さっき怖いと言ったが、気持ち悪いんじゃ」


 面と向かって『気持ち悪い』と言われ涙が少しだけ引っ込む。


「あい、ずびばせん」


「言葉は通じるようだから、はっきり言うが、ワシは親が亡くなった大人でもこんなに泣く奴を見た事がない。子どもでもあるまいし、はっきり言って異常じゃ」


「……そうですよね……」


「で、そんな怖い存在に、ワシは頑張って声をかけたんじゃ、めちゃくちゃ勇気を持っての」


「は、はい」


「そして、ワシの善意は終わった、一人の青年を助けた、家に帰って『今日は良いことしたなぁ』と美味い酒を飲もうと気前よく帰ろうとしわけじゃが」


「はい……」


「そしたら『わーーーーーん』って雄叫びがさっき通った道から聞こえる……」


「はい……」


「ワシの気持ち分かる?」


「はい……」


「あれか? 納得いくまで慰めてほしいとかそう言う奴か? おまえさんが凄いお金持ちとかなら慰めることもやぶさかではないが、どうみても変質者じゃろ?」


「……はい……」


 変質者というのはキツいが、客観的に聞くと否定するポイントが見つからず『はい』を連呼するだけになってしまう。


「そうなると、もう最低限の接点で済ませたいと思うのが普通じゃろうに……」


 このオッサン結構言うなぁ……と思いながらも、棚ぼたな状況には違いないので心を決めて聞いてみた。


「ぼ、僕の言葉わかりますか?」


「……」


 オッサンは何も言わずに眉間に皺をよせる


「違う、いや、日本語上手ですね……」


「お前、何か頭打ったのか? そんな大層な兜なんてつけてるのに……」


「打ってないです」


 オッサンはため息をつくと


「質問に答えると、お前の言葉は分かるが意味がわからん。会話ができてるのに『言葉が分かりますか?』と質問する奴は今まで会ったことないわい」


「……そうですよね……失敗しました」


「正直、ワシのお前さんと接点持ちたくないという気持ちはとてつもなく大きい」


「……はい……」


「でも、大人の男が大声鳴いてる、これもとてつもなく気持ち悪い。しかも一度慰めているのに」


「……はい……じゃぁ質問を変えます……あのココはどこですか?」


 オッサンは座っていた俺の目線に合うように座っていた腰を無言でスッと伸ばし、もう関わり合いたくないという雰囲気を全身から出しココから去ろうとする。


「すいません、何か気に触りましたでしょうか?」


 コミュ障であっても人が不快に思った時にとる行動はなんとなく分かる、これは間違いなく気分を害した証拠だ。


「すいません、すいません」


 とにかく謝る。このチャンスを逃すとさっきと全く同じになる。俺は必死になって背中を見せて去ろうとするオッサンの服を掴んだ


「おい、離せ!」


「すいません」


「頼む、もう限界なんじゃ、町中の子どもならまだしも、大の大人が『自分がいる場所が分からない』とかふざけた質問をする奴に付き合うつもりはない!」


 怒気を含んだオッサンの声に自分がしでかしたことを後悔する。確かに俺の質問はあまりにもた、学生の頃に同じことでよく怒られていた。

 ただ、今の自分の状況をどう説明していいのか分からない『起きたら異世界にいて、若返って家の周りを散策して途方に暮れてました』というのを正直に話した所で理解してもらえると思えない。

 せめて、格好が普通であれば違っていたのかもしれないがである。


 どうしよう、ここで助かるには相手が納得する咄嗟の嘘せっていを考えなければならない。左手で掴んだ服を離すこともなく奏太は必死で屁理屈を考えるのであった。

 

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