第32話 弔い崩れの男 中編

――ルドウィーグ視点から開始――――――――――――――――――――――――


 いつぞや聞いたことがある。

『男の仕事の殆どは決断。それさえ間違わなければ、あとはついでのようなものだ』と。

この格言に敢えて倣うわけではないが、

スレッジに弟子入りした以上、俺はどんな厳しい修行を課せられても音を上げずにやり切る腹づもりで居た。

火の聖誕祭があってからの短期間で数々の危機に直面したせいか、覚悟を決めるのが速く、そして強固になったと自分でも思う。


 しかし、体の療養がある程度済んでも、スレッジは何も教えようとしなかった……その翌日も、そのまた翌日も、更に次の日も。

納得できずに理由を尋ねると


「お前ぇ、俺に勝っといて何だよ。教えられることなんざねぇ。だいたい、俺が人に教えられるほど器用に見えるか? 帰った、帰った。酔っ払いと稽古しても怪我するだけだぞ」


と答えられ、そのまま追い返されてしまったのだった。



 仕方無いので、俺は独り空き地で鍛錬に耽る毎日を送るようになった。

その空き地というのは、例のレストランの隣にあるスレッジの所有地で、密かに修業するには持って来いだ。

塀も備わっているので、人の目も気にせずとも、好き放題できる。

走り込み・腕立て伏せ・上体起こしなど、基礎的な運動は欠かさず、剣の素振り・ステップ練習といった弔いらしいこともなるべくやってみた。

以外にも、順調に成長している手応えを得られた。

もう少し板に付いて来たら反射神経のトレーニングなんかもやってみようと思う。


 ただ、恐らくこれは俺自身の能力ではない。

平凡な少年だった筈の俺が汚染の主の攻撃を掻い潜り、バーグ砦を独りで駆け抜けたに留まらず、酩酊状態とは言えベテランの弔いであるスレッジから決闘で一本取ったのだ。

そのときは必死だったので深く考えなかったけれども、どれも不自然極まりない。

こんな芸当ができるようになったのは、妖しい翠の光を取り込んだ後……原因もそれしか考えられない。

俺はローレンスから剣の他に、特別な何かが宿った翠光も受け継いでしまったと考えるのが妥当か。

つまり、

今行っている鍛錬はローレンスの力や記憶を俺の身体に落とし込む作業であり、俺を急激な成長に導いているのかも知れない

ということだ。




 それはそうと、体力を温存しておかなくてはならない日もある……スレッジが狩りに出る月夜のときだ。

彼が留守になった後の酒場兼レストラン【My Dear Son】について、俺は用心棒を任されたのだ。

歓楽街の条例で許されているように、深夜まで営業しているものの、女性陣四人では少々心許無いらしい。

滅多な事は起きないだろうが、少しでも安心素材と手伝いになれるなら喜んで引き受けた。

 また、その女性陣たちと一緒に過ごして分かって来た事もあるので、改めて『My Dear Son』の従業員たちをおさらいしよう。



 まずはクロエから。

俺をとっ捕まえた色黒のレディ。

30歳はまだ迎えていないと思う。

以前、憑き物に襲われて家族を失くしていたところをスレッジに助けられ、そのまま保護されたそうだ。

飲食店の立ち上げは、居候は申し訳無いと言った彼女が最初に提案したのだという。

現在は店長に就任し、カウンター席で酒の取り扱いを担当している。

面倒見が良い、皆のリーダーシップである。


 次にジーナ。

ふっくらした黒髪ミディアムに大きな丸眼鏡……あどけない印象を受ける料理人。

こう見えて、俺より一つ年上らしい。

彼女の抜群のセンスは先日のカルボナーラと言い、日々の賄い料理で認めさせられる。

おっとりした言動には掴み所が無いけれど、性格の表裏も無くて関わり易い。


 それからヘーゼル。

最年長の風格漂うブロンド髪のお姉さん。

身長が高くて、よく煙草を吸っている。

更に口調も強めだから、普通の人からすると近寄り難いのかもしれないけど、俺は彼女の親切心を知っている。

スレッジとも付き合いが長いらしく、店では長いこと給仕係を担当していると聞いた。


 最後にジュリエッタ。

看板娘的立ち位置の、金髪が美しい子(なお、シルビアと比べてはいけない。彼女を引き合いに出してしまうと、全人類がブスと言っても過言ではなくなる)

初めて会ったときの彼女の言動がそうであったように、結構おてんばだが、その元気さには多少なりとも救われている。



 『My Dear Son』は地元では人気の店ということもあり、今日も彼女たちと共に多くの客をもてなした。

薄暗い店内に点るオレンジ色のランプと、酒や料理の香り、そして人の賑わいが昼間には無い洒落た雰囲気を醸し出している。

 夜も深くなって来た頃だった……戸が開き、取り付けられてある鈴がチリリンと鳴った。

常連客はこんな遅い時間には来ない。

入って来たるは物々しい男衆。

清潔とは言い難い貧相な少年四人の戦闘には、黒い長髪を垂らす男が立っていた。


「すみません、ラストオーダーの時間はもう過ぎてて」


ジュリエッタは動じず対応しているが、

男が身に着けているのは、軽装ながら機能的な戦闘服――灰色の弔いらしい装束だった。

客が帰ったテーブルの片付けをしていた俺は、その異変に気付いて注意を向ける。


「構わねぇよ、お嬢ちゃん。用があるのはあの兄ちゃん・・・・・・だ」


男が指を差した先には丁度俺が立っている。

男と連れの少年らは、他の客たちが座るテーブルの間を縫って歩み寄って来た。

客たちも只ならぬ空気を感じ取って談笑を止めたり、食器を置いたり、そっと席を立ったりして行く。

そうして静かになってしまった店内で、俺と男は互いの腕が届くくらいの距離で相対した。


「よぉ、久々だな。死んだと思ってたぜ」


男の顔には乱れた長髪が掛かっていたものの、その表情は確かにほくそ笑んでいた。

問題は、俺はこの男に面識が無く、何を言っているか全く分からないこと。

こんな怪しい輩には相応の口調で対抗したくなるが、今の俺は店員だ。

一応敬語は崩さず答えた。


「いや、初めましてですね。どなたでしょうか?」

「おい、シラ切るのは止せ」

「そんなこと言われても、知らないものは知りませんよ」

「あぁん? 記憶喪失か?」


このくだり最近誰かとやったような……


「人違いだと思いますよ?」


相手にしてもろくなことが無いと思い、俺が仕事に戻ろうと目を背けた瞬間だった。


「後輩も来てるってのに連れない奴だなぁ⁉」


男は声を張り上げながら手荒にも俺の襟を掴み、子分の少年と顔を合わせさせた。


「……」


とは言え、彼も気まずそうに黙りこくっているではないか。


(あれ? こいつどっかで見覚えが――)


「あぁっ!」


いつかの剣泥棒ではないか! と俺が大きな反応を見せると、男は再び俺の襟を引っ張り、放り投げた。


「危ないな、畜生……俺を暖炉にぶち込む気かよ」

「やっぱ覚えてんじゃねえか」


男の顔からは初めのような笑みの色は消え、冷めた私怨を押し付ける仏頂面になっていた。


「いや、相変わらずあんたの事は知らないな」


……用心棒の初仕事になりそうだ。

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