第32話 弔い崩れの男 前編

――三人称視点から開始―――――――――――――――――――――――――――


 スラターン歓楽街に住む、みすぼらしいなりの少年【モーリス】。

かつて孤児院に居た身なのだが、里親が決まったと白羽の矢が立ち、めでたく院から送り出された。

しかし、訪ねた里親のもとは空き家……近隣住民に聞けば、その一家は半年前に皆死んでいるという。

彼はそこで、口減らしとして追い出された現実を思い知った。

孤児院は教会連盟の運営する施設といこともあり、そこで過ごしたモーリスは信仰に厚い教育を受けて来た。

なので、他の子よりも出来が悪くとも、誠実に生きてさえすればいつか報われる日が――天国に行けるときが来ると信じていた。

しかし、現実は彼を容易に裏切ったのだ。

兄弟同然だと思っていた他の子ら、長い間世話になったシスター、色々な教えを説いて励ましてくれた神父……

彼は周りに居た誰もがずっと自分を騙していたのだと思えた。

皆が皆それらしい言葉をぬかし、裏では利己的な事しか考えていなかったのだと。


 そのまま行き倒れになっていたところをある男・・・に拾われ、今はその使い走りをしている――いや、させられている。

 モーリスの親分は、彼のような境遇の少年たちを子分にし、弔い稼業の手伝いをさせている男だ。

子分の主な仕事は、道具の手入れ・調達、武器運び、死体処理など。

支援の役で戦闘に加わる事もあり、その際は少なからず危険な目に遭うが、身寄りの無い者を引き取って仕事と報酬を与えていると考えれば結構まともに見える。

まぁ、はやいところ言ってしまうと、親分の本性は残念ながら極悪非道だ。

それは昨晩の一件を見てもらえばよく分かるだろう。


◆◇◆


 モーリスと同じ子分の一人が地図と風景を照らし合わせ、恐る恐る告げた。


「ヴィンセント親分。あの風俗店です、病人が居るのは」

「意外と小せぇ……まぁ、それは好都合か。間違いはねぇんだろうな?」

「は、はい! 多分大丈夫です」

「ん~…………別に違ってもいいか」


親分――すさんだ目付きと汚らしい長髪を持つ壮年男【ヴィンセント】は、スラターン歓楽街の南部を担当する弔いである。

彼はモーリスを含む子分四人を率いて、狙いの店に迫って行った。

客引きの為のあざとい文句が書かれた立て看板に対し、ヴィンセントは舌打ちをして蹴り払う。


祟りの禍中こんなときだってのにお盛んなこった」


だが、その後戸を叩く様子は穏やかであった。

風俗店などに入る際にわざわざノックをする者はまずいない。

これには何事かと、タキシードに身を包んだ受付係の青年が出迎えた。


「いらっしゃいませ、という様子ではなさそうですね……」


ヴィンセントは物々しい戦闘服が纏う物々しい雰囲気とは裏腹に、落ち着きのある笑顔と敬語を装って接した。


「あぁ、そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。我々、教会連盟の者なんですが、この店の方から病人が出たと聞きまして」

「い、いえ! うちの女たちは皆平気です、何かの間違いでしょう」


ドリフト諸島の世の中では、軽い病気に罹っただけで「祟りに感染したのではないか」という良からぬ噂が立つ。

この青年の態度からは、そういった事態を避けたくて必死に隠そうとしている様が見受けられた。


「お勤めご苦労様です、では!」


と言って戸を無理矢理閉じようとしたが、ヴィンセントは自分の足を挟み込んでそれをさせない。


「……私たち連盟員は、感染者を目敏く見つけ出して始末するのではありません。人の健康で安全な生活を守る為に奉仕しているのです。例え水商売をするような女性一人でも、私たちは助ける為に来たつもりです。どうか診察をさせて頂けませんか?」


青年は誠意の籠った言葉を受けて心変わりしたのか、ヴィンセントたちを奥に通してしまった……その言葉が上辺だけに過ぎない事を知らないまま。


 病で寝ている女は確かに一人居た。

冷静に見ればただの風邪である。

ところが、ヴィンセントはわざわざ麻酔をかけ、本格的な道具を引っ張り出し、ときどき唸りながら無駄に時間を掛けて似非えせ診察をした。

その診断結果は次の通り。


「うん……祟りの前兆ですね、これは」


あまりにもケロリと言い渡されたものだから、立ち会っていた青年は


「はい?」


とこぼす事しかできずにいた。


「早いところ殺処分するんで、少しの間他所を向いていてください」


ヴィンセントが短剣を取り出して、彼はようやく我に返る。


「ちょっと待ってくださいよ、根拠?みたいなものを説明してもらわないと受け入れられませんって」

「長年この仕事をしていると分かるんですよ」

「だから、根拠を! そんな軽々と殺処分とか言われても――」

「なぜ感染者を庇うんです? ……もしかしてぇ、あなたも祟りに感染しているんじゃ?」


ヴィンセントは短剣の切っ先を青年の方に向け改めた。


「滅多な事言わないでくださいよ! 私は憑き物なんかじゃない!」


ヴィンセントは「もう敬語はいいか」という風に呟くと、本性と同様にどす黒い声音を露わにした。


「……潜伏感染者はよくそう言う。お前ももう脳をやられてるんだろう」

「こ、こんなの憑き物狩りじゃない! 人殺しだ! やめてください……やめろ、やめてくれぇっ!!」


ヴィンセントは後退りする青年を追い詰め、心臓を突いた……ズンッという鈍い音を伴って。

「教会の短剣」は本来介錯用の武器という事もあり、一撃での絶命は免れない。

救済こそを崇高な使命とする連盟から賜ったこの刃を、信仰の象徴たる十字架を象った剣を、これほどまで背徳的な目的に用いる者はそう居ないだろう。

力無く倒れた青年を退けたヴィンセントは、続けて眠ったままの女も一突きにしてしまい、子分たちに告げた。


「店に残ってる奴を全員締め出せ、客も女もだ」

「……」

「どぉした、返事は⁉」

「「「「はいっ!」」」」


子分たちは親分の機嫌を損ねないよう、急ぎ向かう。

それから虚ろな目をしたまま


「祟りの感染者が確認されましたので、速やかな退去をお願いします。これより滅菌処置に入ります」


と人払いの為に叫ぶのだった。

不思議なものだ。

彼らの身体は貧相かつ貫禄が出る年齢でもないため、強制力など微塵も感じられないというのに、誰もが腰を抜かして我先にと失せて行く。

人々が持つ祟りと教会への反抗に対する忌避の気持ちは、かくも激しいらしい。

 そうして店内が自分たちだけになると、ヴィンセントは金品を好き放題に掻っ攫い始めた。


「てめぇらは何にも触るんじゃねぇぞ。金目のもんは一度全て俺が回収する。勝手な小遣い稼ぎは許さねぇ」


彼は最初からこれが狙いだったのだ。

彼は弔いの誇りなどとうに失っており、憑き物を狩る事など考えていない。

無知・偏見・恐怖心を利用して人を陥れ、糧とし、貪る。

どうせ憑き物と死に溢れている世では、誤って人間が殺されようが、故意で殺されようが、一々気にする者は居ないのだから。


「よし、今回の収穫は悪くない……あとは火ぃ付けてずらかるだけだな」


子分たちはその言葉を命令として汲み取り、部屋中に油を撒き始めるのだった。

特に、先程刺殺された二人の死体には入念に……人間の死体が残ると、人間を殺した事がバレてしまうので。


 程無くして、店は全焼。

先程までここに居た者たちも、この一件の書類を確認した連盟の管理職員も、真相を確かめる術は持たない。


◆◇◆


 子分たちとて、自分たちのしている事くらい分かっている。

しかし、ヴィンセントからのケチ臭い給与でさえ、以前の生活が酷かった彼らからすれば破格の金額であり、手を引くという選択肢など無い。

そもそも、人に裏切られてドン底まで堕ちた彼らの意識には「蹴落されるくらなら蹴落とす」という世への復讐にも近い考えが強くあるのだ。


 たちの悪い強盗に加担するのは胸糞悪いと少しは思っても、モーリスは結局今日もヴィンセントの待つアジトに戻って来た。

そこは石造りの宿だった場所。それなりに大きな建物ではあるが、窓や扉の多くは壊れ、内装も乱れ切った状態だ。

ヴィンセントは損傷の少ない一階に、不釣り合いなまで高価なテーブルと椅子を一セットだけ設置し、自身の場所としていた。


「親分……戻りました」

「偵察はどうだ? 次の標的は見つかりそうか?」

「それが、すんません」

「ん~…………別に期待してねぇよ」

「……」


椅子を傾けて座り、テーブルに足を乗せているヴィンセントを横目に、モーリスはもう休もうと奥の部屋へ行こうしたが、

ヴィンセントは直近の彼の細かい変化を見逃さなかった。

すさびの相手であるコインから目を離さないまま、尋ねる。


「近頃、仕事に身が入ってねぇな。なんか気掛かりな事でもあんのか?」

「えっと、それが……や、やっぱ忘れてくれますか?」

「チッ、歯切れが悪いな。聞くだけ聞いてやるっつってんだ。はやくしろ」

「い、一週間くらい前なんすけど! 北の方に行ったとき不用心な行き倒れが居て、何故か良い剣を持ってたんで頂こうとしたんす……結果的にしくじったんすけど、後々顔を見てみたらそいつがクロード先輩にしか見えなくて」


クロードとは、数年前に死んだ筈の子分の一人である。


「へぇ……そいつぁ俺も気になるなぁ。その後クロードはどこに行ったか分かるか?」

「それが、何の偶然かスレッジのところに拾われたみたいなんでs――」


モーリスが言い終わらないうちに、ピィンっとコインが砕ける音が響いた。


「面白れぇじゃねぇか、ちょっくら覗いてみるか」


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