第31話 ルドウィーグの決断

――ルドウィーグ視点から開始――――――――――――――――――――――――


 料理の大半はジーナが一人でやってしまうらしい……持ち前の腕前と地道な作り置きで何でも手際良く仕上げてしまうのだと。

彼女が厨房で良い匂いを立て、ジュリエッタが手伝いをしている間、残りの俺たちは無事だったテーブルに着いて待っていた。


 俺がハッとしたのは、スレッジがワインでビショ塗れになった服を着替えて戻って来たとき。

立ち続けに色々な事が起き過ぎて色々すっかり忘れていた……俺は防壁街での一件があってからそのまま逃げて来たから、本当なら不潔極まりない。

今朝、井戸端で雑に体を濯いだのも計算外のようなもので、食事の席に着く資格など微塵も無い筈なのだ。

しかし、クロエやヘーゼルの面持ちを窺っても何らおかしな事は無いという様子。

また、自分の体に鼻を近付けると包帯の中からほのかに石鹸の香りがした。


「あぁ、ルドウィーグ。あなた、お風呂ならもう済んでるから気にしなくていいわよ」


こちらの仕草で、何を考えていたか分かってしまったのだろう、クロエは優しく教えてくれた。


「それもジュリエッタが?」


後から思えば、俺はここで深く訊く必要などなかった。

これにヘーゼルが答えた事で、要らぬ邪念の種が撒かれてしまう……


「あぁ、殆どね。あたしも少しは手を貸したけど」

「そっか」

「それにしても、死んでるじゃないかってくらいぐっすりだった。途中で起きる気配すら無かった」

「知らないところで結構苦労を掛けてたんだな……あとでまたお礼言わなきゃ」


体格で言えば俺はもう大人の男に近いのだから、それを運んで服を脱がせるだけでもかなりキツかった筈だ。




(――あれ? 俺、裸見られてね?)




気付くべきではなかった事実によって火蓋は切って落とされ、理性と本音が葛藤を始める。


(落ち着け、ルドウィーグ。男ならその程度で動じるな)

(いや、分かってる。でもさ、何の覚悟もできてない間に全部見られたって思うと……流石にちょっと……)

(何言っているんだ! そんなの――)

(うるさい! ジュリエッタ年頃の異性に見られたんだぞ! 動揺するだろ!)


本音の繰り出す有無を言わさぬ猛攻により、恥じらいが顔色に表れ始めてしまった。

そして、ここに来てスレッジが俺のことを煽る。

こちらが頬を赤く染めてモジモジしているのを、机をバシバシ叩きながら下品に笑い転げた。


「ルドウィーグ、おめぇ素っ裸見られてるってことじゃねぇか! ■■■■も見られてやんの! ハッハッハッ、クハハッ!」


奴は俺が心の中で留めていた事を全て、それも厨房まで届くような声で言い放ってしまったではないか。

その無神経さはる事ながら、下ネタで大喜びする子供っぽさに怒りを通り越して呆れ、もう一周してブチギレた。


「このクソオジ! いつまで笑ってんだよッ!」

「あ、キレた! こいつキレたぞ! やっぱハズいんじゃね~か、ハハハッ」

「……さっき斬っておけば良かったか?」


一発入れないと気が済みそうになくて、俺が席を立つと、スレッジもテーブルの周りをちょこまかと逃げた。

終始笑ったままの態度に反し、逃げるのが無駄に上手くて余計にムカつく。

馬鹿らしくなった俺は大人・・しく席に戻った……ここは俺の方が精神的に大人・・でいよう。

不機嫌な自分を宥めながら、ドスンと腰掛けた。


「はい、お帰り。……スレッジはああいう人だから」

「うん、もう十分分かった」


クロエは少し話を戻した。


「……お風呂以外にも点滴で栄養剤を打っておいたわ」

「こうやってスレッジと戯れる元気があるようだし、効果は覿てき面か」

「やりたくてやってんじゃないだけどなぁ……」



 不貞腐れた俺のほとぼりが冷めた頃、丁度料理を完成させたジーナとジュリエッタが大皿を持って来た。


「お待たせ」


テーブルの中央にゴトリと置かれたのは、立派なカルボナーラだった。

俺の好物ということもあって、黄金に輝いて見える……既に視界が幸せだ。

ここまで来るともう食べるまでもなく美味いのが分かる。食べるけど。


 全員席に着くと、スレッジの合図で皆が食前の祈りを捧げ始める。俺もすぐに続いた。

言葉を添えない簡易的なものである通り決して長くないのに、その間が酷く待ち遠しい。(本当ならそんな邪念を抱えて祈るのは善くないんだろう)

何しろ、俺は胃腸の中が本当に空っぽなのだから。


「よし、食うとしよう」


目を開け、組んだ両手を解く。

すぐに取り分けを済ませると、俺は待ちに待ったカルボナーラを口に運んだ。


「……うま!」


思わず短く叫んでしまい、皆が笑う。

クリームソースとチーズが醸し出す濃厚な旨味。それがコシのある麺によく絡んで、口いっぱいに広がる。

適度に混じっているベーコンの歯ごたえと味わいも最高だ。

これらを呑み込んだ後に残る胡椒の風味も良く、非の打ち所が無い。

ジーナはこれ見よがしに


「フッ」


としたり顔をキメ込んでいるが、確かにこれは誇っていい味だろう。

やはり美味いものは良い。元気が出る。



 夢中になって食べ、腹が満たされると生き返ったような気分だった。

また、その頃合いを見てスレッジが口を開く。


「ルドウィーグ、もうちょい詳しくを聞かせてくれよ。クロエたちこいつらも他所に言い触らしゃしねぇ」

「分かった……」


明るい食卓の雰囲気は打って変わって、繊細な問題を取り扱う場になった。


「さっきは防壁街の生き残りだっていうところまで話したっけ。ローレンスと、その弟子である人に助けられたんだ」


あの人の名を出すと、クロエやヘーゼルまで耳打ちをし合って反応を示していた。


「『ローレンス』って確か――」

「あぁ、スレッジの昔馴染みの人だ」

「でも結局捕まって、俺とローレンスはバーグ砦の牢獄に入れらていた……昨日までね」


ここから先も思い出すだけでやるせない、語ろうにも口重になる内容だ。

しかし、俺は案外落ち着いていた。


「二人で脱獄しようとして、でもあの人は俺を守って――」

「そうか、逝ったんだな」


スレッジが確かめるように訊き、俺は首を縦に振る。

事実を直接見た俺の口から告げられると、やはり辛いのだろう……彼は寂し気に天井を仰いだ。


「剣を託したってのはそういうことだったんだな」


彼のしわがれた声はいつの間にか柔らかくなっており、何の前触れもなく頭をクシャクシャに撫でてくれた。

これまでで素直に苦労を労ってもらったのは初めてだった事もあり、存外心地が良くてほんのりと目頭が熱くなる。

ただし、俺はここで涙を堪えた……泣くのは何もかもが済んだ最後に取っておこう。


「まだ、俺にはやることがあって」

「みたいだな」

「だけど、今のままじゃ何をするにも足らなくて、弱過ぎる」

「そうか」


俺が自分の意思を確かめながら一つずつ吐き出すように、ポツリポツリと喋っても、スレッジは急かさずよく待って受け止めてくれた。

その末に、俺は大きな決断と頼みを表明するに至った。


「だから、スレッジの下で修業させて欲しい」


こんなとき、どんな顔をすればいいか分からない。それでも、俺はできる限り誠意を込めた視線を送った。

 少し間を挟んで、スレッジがしわがれた声で静かに答える。


「おめぇは強くなれる。望むなら、きっとどこまでもな……俺は別に構わねぇぞ、おめぇがここに居座る事。女主人たちには改めてしっかり挨拶するんだぞ」


彼は顎の短い髭をジョリジョリ掻きながら、さも上機嫌そうにニヤニヤしていた。




  教会連盟の機密事項として扱われているであろうシルビアのもとに辿り着くには、組織の中で成り上がって行くのが最速と思われる。

スレッジに相談したところ、同じ答えが返って来た。

下っ端では手掛かりすら掴めないのは言うまでもない。

策士や戦略家といった柄でもない俺は、必然的に己が力を示す道を取る……早い話、弔いの一員に加わるというわけだ。

連盟は常に人手不足だそうなので、幸い、加入条件がかなり緩い。

中級以上の既存連盟員から許可を貰った書類を提出するだけ。

俺もスレッジに頼めばすぐにでも可能だ。(勿論、防壁街の生き残りといった身元は偽装する)

また、この先憑き物の脅威だけでなく、人の陰謀に巻き込まれるだろう。

その際、対抗する術が無ければ死あるのみ。

逆に、力を上手く使って功績を挙げれば、資金や機会、人望も手に入る筈だ。

何より、弱い奴は頼りにならない……シルビアを安心させてやれるだけの立派な男になって、きっと再会してみせる。

今日がその第一歩。

俺はもう、強くなるしかない。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ジュリエッタ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074151827535


 クロエ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074151638007


 ヘーゼル、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074151743134


 ジーナ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074151712427


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