第30話 酔っ払い 後編
――少し遡り、スレッジ視点から開始―――――――――――――――――――――
防壁街が焼かれた次は、ローレンスの訃報。
どちらも前々から嫌な予感はしていたが、サリヴァーンの伝手で俺のところへ回って来る知らせはやはり俺の心を打ちのめす。
ホント、飲まないとやってられない……酔えば鈍くなる、感じずに済む、忘れられる。
弔いになってからずっとそう。
いつだって酒は、俺の「心の鎮痛剤」だった。
店裏に不審者が出たとか何とかで、クロエたちがピーピーやかましかったが、今朝の俺は既にアルコールの世話になっていたから、心底どうでもよかった。
ヘーゼルが
「スレッジ。危ないから預かっておいてくれ、これ」
「んぁあ?」
手元のグラスから声のした方へ。
俺が目線を移すと、ローレンスの剣が映り込んだ。
特徴は多くないが、一目で分かった。
「ぅおい!」
「何だよ、急にデカい声出して」
「こりゃ、例の不審者が持って来たのか⁉」
「そう。意外と話を聞いてたんだな」
このときの俺は目を血走らせていただろう。
相変わらず気怠そうに煙草を吸うヘーゼルを質問攻めにした。
「ともかく、そいつはどこ行った⁉」
「弱ってたから介抱してる」
「二階か?」
「うん、客室」
「起きてんのか?」
「知らないよ、自分で見れば?」
階段を踏み外し、脛をぶつけて悶絶しながらも、俺は大急ぎで二階へ上がる。
客室を覗くと、「し~っ!」と唇に人差し指を立てるジュリエッタが居て、その奥のベッドには満身創痍の小僧がスヤスヤ眠っていやがった。
目を覚ましたそいつのことをしばらく脇から眺めていたらどうだ。
偽名から本名、出身地まで……
まさかとは思ったが、仮にそうならこいつはローレンスの甥にあたる……あいつの剣を持っていた事へも合点が行くというものだ。
そして俺は知りたくなった、ローレンスが遺志を託した男はどのようであるかを。
戦ってみれば大抵のことは分かるから。
結果……マジで意味が分からない。
素人じゃまずできないステップを、完璧な出来で連発してやがる。
察するところ、弔いでも何でもないみたいだから、余計と理解に苦しむ。
弔いというのは何年も鍛練を重ねて、実戦経験も積んでようやく技術をモノにする。
なのに、この若造はベテランである俺すら持っちゃいない
この劣等感は闘志の起爆剤となり、高揚へと形を変える。
俺はこいつとの戦いをもっと楽しみたい。
こいつのことをできる限り見定めたい。
あんな実力があってなぜ未だ剣を振らないのか、全く
酒のせいもあるが、俺は感情を抑え切れず、声を荒げる。
「はやくお前の剣を見せてみろぉ!」
ルドウィーグの応えは唐突だった。
何かの拍子に転んだと思った瞬間、懐に飛び込んで来たではないか。
その際の殺意の無い研ぎ澄まされた目と言ったら吸い込まれるように美しくて、危うく戦闘中なのを忘れてかけた。
我に返るや否や瓶をブン回してみるものの、ルドウィーグの髪を掠めるのみ。
こいつはそのまま前ステップで左脇を擦り抜け、振り向くように一撃を加えて来た。
回避直後の滑らかな反撃……玄人の技そのものだ。
こちらが鉄の右腕で防御した際に飛び散る鋭い火花――その刹那に浮かぶ感情が、俺を懐かしい気分にさせた。
緊張感が頭の中を駆け巡る、それでいて清々しいこの心地は、昔ローレンスと稽古をしていたまさにそのときのもの。
「そうだ! そういうのだ!」
俺はつい嬉しくなって調子付くものの、ペースを握っているのは依然ルドウィーグ。
こいつが振り下ろす剣を義手で受け止めたかと思えば、ほんの一瞬お留守になった足元に払いをお見舞いされ、俺は躓く。
手荒な後隙消しとして近くの椅子を叩き付けるものの、あいつはそれも読んでいたかのように蹴り返して来る。
ならこれはどうだと、俺は次の攻撃に合わせて向こうの剣を受け止め、捕まえた。
義手ならではの無理矢理な策ではあるが、これで二択だ。
ルドウィーグには剣を手放すか、このまま一撃を喰らうか、どちらかを選んでもらう。
大人気無いだとか言ってられるか、こちとら手加減する余裕なんて無い。
俺はその瞬間だけは全てを忘れるくらい渾身の力で瓶を振り抜いた。
気が付くと、義手が握り締めていた物は瓶の首だけになっており、舌の上には上手い汁がたっぷり。
(……目にも止まらぬ速さで拘束を解き、瓶をぶった切っただと?)
きょとんとしていた俺に、ルドウィーグは軽口を叩いてみせた。
「そのワイン、良い
ここまで来ると、勝手に笑いが込み上げて来やがる。
「ククククク、くはっはっはっはっは!」
俺は豪快に口を開けて声を出した。
まさかこんな若造に完封とは――いや、俺を完封できる若者が居るとは。
実に心地良い酔い醒ましだった。
「……はぁ。いいぜ、もう一本あるし。何より俺ぁ、お前のこと気に入った!」
顔を拭って一息吐く頃にはクロエたちも戻って来た。
「まさかお前が勝つなんてね!」
「え、あ、まぁ……」
「本当、喧嘩なら負け無しのスレッジに……あなた凄いのね」
「これはその……」
ルドウィーグは異性慣れしていないのか、一気に距離感を縮めてチヤホヤして来る彼女らにオロオロしている様子。
そんな童貞臭い小僧に助け船と言っては何だが、離れる口述を作ってやろう。
俺はカウンター席に掛け、隣の椅子を引いて言った。
「ルドウィーグ、仲直りの乾杯と行こうじゃねぇか」
「あぁ……うん!」
案の定、あいつはすぐこっちに来た。
その様は何だか俺が懐かれているみたいで少し嬉しい……まぁ、そんな内心は隠しつつ、俺は新しいワインの栓を抜いて、グラスに注いだ。
俺はボトル直飲みで行くから一つでいい。
ルドウィーグがグラスを持ったのを確認して、お互い握ったものを掲げる。
それから男同士らしく、ガチン!と杯を合わせてグッと飲んだ。
「……くぁ~、美味い!」
ルドウィーグは自分の唾液腺の辺りを抑えて悶絶していた。
「おーおー、どうした? そんなオッサンみてぇな反応して」
「オッサンはあんただよ……いやぁ、実はここ数日ろくに飲み食いしてなかったから」
なら――と俺の口が提案を唱える前に、俺たちの間へジーナが物理的にも会話的にも滑り込んで来た。
「じゃあご飯にしよぉ」
「私も賛成。店がこの有様だし、今日はとてもお客さん入れられないわ。お休みにして久々に皆で夕飯にしましょう」
クロエの意見に続けて、不機嫌そうなヘーゼルが俺の耳を引っ張りながら言う。
「私は『あんまり荒らしたら承知しない』って言ったのに、
「イデデデデ……」
「すいません」
「ルドウィーグは黙って」
「あ、ハイ」
「あんたに言ってんだよ、スレッジ。9割以上あんただろう!」
「悪かったって……てか、どうせ俺が綺麗に済ませるなんて思ってなかった癖に」
「何か言った?」
ヘーゼルはより強く耳を
いい年したオッサンのマジな悲鳴なんて、誰も聞きたくなかったろうに……
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