第30話 酔っ払い 中編

 俺とスレッジが武器を構えると、ジュリエッタが鼻白みながら懇願する。


「ちょ、オーナー! そういうのは外で……」


スレッジの方から仕掛けて来た喧嘩とは言え、彼女の言う通りかも。

店を荒らすのは良くない。

しかし、今のスレッジがそんなことを気にも留める筈が無いうえ、クロエもジーナもヘーゼルは、もう慣れたと言わんばかりに


「ジュリぃ、言っても無駄ぁ」

「私たちが出ましょ」

「スレッジ、あんまり荒らすと承知しないからね」


と言い残してさっさと店の外へ退避。

これで良いのかはさて置き、試合会場ラウンドは整ってしまった。



 スレッジは早速左手に握った瓶で殴り掛かって来る。

しっかりと中身が入っているので、重そうだし、直撃しようものなら砕けた破片が皮膚を割くだろう……その痛みを含めて想像に難くない。

スレッジの発する荒々しい雄叫びも相まって、俺はつい後退の選択肢を取ってしまう。


 シルビアが体を鍛えていると知った俺は(当時はそれが弔い修行とは知らなかったが)、一人の男児として負けまいと密かにトレーニングをしていたので、身体能力はそれなりにある。

が、戦闘については完全に素人であり、相手が何であれ襲われるのはやはり怖い。

ローレンスの動きを真似て何とかなっているが、常にプレッシャーを突き付けて来る相手に対してどんな心意気で臨めばいいのか分からないのだ。


 そうやって押されるうちに、手に握った剣はお飾りになってしまっていた。

スレッジ向こうもますます機嫌を悪くし、テーブルや椅子を蹴散らした末にしびれを切らす。

彼はそこらの棚から瓶を手に取っては、何本も投げつけるようになった。

中の酒は床にぶちまけられた。(何て勿体無い事を……)


「ちょろちょろしてねぇでとっとと来い! はやくおめぇの剣を見せてみろぉ!」

「そんなこと言われても」


蚊の鳴くような声で不平をこぼしたとき、気付きを得た。

弱腰になって前へ出れないのは、

身体からだのせいじゃない。

頭脳あたまのせいでもない。

もっと単純な話、臆病な心のせいだ。

また、こうして考え事をしていたら注意が鈍って、もう一度ステップをしようと床を踏み締めた際に靴裏が滑ってしまった。


(しまった! こぼれた酒で……)


このままではスレッジの前へ盛大に転んでしまう。

 危機に心をもてあそばれる中、突然周囲の音が消えて、ふと何かに背中を押されたような気がした。


【――そのまま行け】


俺は中途半端に前のめりだった姿勢を更に低くし、スレッジの目を睨んだ。

よろめいて千鳥のようになっていた足取りも、そのまま速度を上げる事で剛を取り戻す事に成功。

続けて、思い切り床を蹴る……気付けば、いとも簡単にスレッジの懐に飛び込んでいたのだ。

この動きは向こうも想定外だったらしく、一瞬反応が遅れている。

繰り出される反撃にも粗が目立っており、躱すのは難しくない。

再び瓶で殴ろうと振り被ったスレッジの左腕……俺がステップでその脇の下を潜り抜ければ、打撃と丁度すれ違った。

また、ステップ終わりに身を捻って旋回し、振り向く勢いを利用して剣を振るう。

この一撃は義手で上手く弾かれてしまったが、俺は今ので攻防のリズムというものを掴んだ。

 そして、流れを持って来てくれたものの存在にも気が付いた……周りを飛び交う微かな翠の光。

ローレンスが最後に纏った奇跡の光。

彼の剣を継いだとき、俺に群がって来た妖しい光。

これを認識した途端、重い枷となっていた疲労や痛みが麻痺した消えたのだ。

よく分からないが、今ならやれる。




――リズムに乗るんだ。




俺が剣を振り下ろせば、スレッジは義手でこれを受け止める。

  その隙に足払いを入れて、つまづかせる。

スレッジは転がっていた椅子を無理矢理振り回しながら起き上がるも、

  俺がその椅子を蹴り返して反撃を咎める。

またこっちのターンだ。

繊細な剣術なんて分からない。

でも問題無い、構わない。



 そそのかされた勇気から始まった奇妙な感覚とは言え、馴染み深い気もする、何だろうか。

答えは意外に悩まず浮かんだ……丁度、ピアノを奏でるときの感覚だ。


 曲が表現する感情やテーマは様々だが、どの旋律もただの無秩序な音の羅列になってしまわないよう、奏者は集中して拍子を保ち続ける。

相手の動きや癖を見極め、攻防のタイミングを一方的に利用し、優位を取る今の戦い方と本質は同じに思える。

今はただこの集中を切らさぬよう、のめり込むのが相応しい。



 スレッジが俺の剣を掴み、動きを封じた。

そのまま確実に喰らわせんと瓶を頭上で振り被る……でも大丈夫だ、まだリズムは崩れちゃいない。

彼が力を込めるとき、反対の手の握力が一瞬鈍る筈だから、タイミングを見計らって剣に力を入れる。


――見立て通り拘束が解けた。

俺はそのまま、迫り来る瓶を斬り上げで迎撃……瓶は砕けながらも想像以上に綺麗に両断された。

中のワインを頭から被ったスレッジは、茫然自失といった様子。



 誰の目にも明らかな一本が取れたところで、俺は静かに剣をおろす。

同時に翠の光も静かに去り、長い一曲を弾き切ったような達成感が残った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る