第30話 酔っ払い 前編

 いぶかしむ視線を向けているであろう皆の顔を見た。


……皆の表情は、俺の見当と全く違っていた。

青い顔をするクロエとヘーゼル、伏し目がちになるジーナ、ジュリエッタも失言をしてしまった風に自分の口を慌てて押さえた。


「ルドウィーグ、でいいんだよな? お前、防壁街に居たのはいつの話だ⁉」


ヘーゼルは咥えていた煙草を落して俺の肩を掴み、問う。

並々ならぬ心配と焦りが滲み出るその形相から、俺は事情を察した。

防壁街焼失事件、即ち【火の聖誕祭】はこの数日で大々的に報じられ、数多もの人に大きな衝撃を与えたばかりなのだろう。

今更はぐらかすのも無理があるうえ、彼女らもみだりに情報を外へ洩らす人ではないだろう。

俺は壁に掛かっていたカレンダーの「1月1日」の文字に目をやってから口を開いた。


「……丁度1週間前だよ」


忘れようと努めた心労の大きさを鑑みれば、まだ一週間かと嫌気が差す。

いつどう足掻いても鮮明に蘇る記憶を鑑みれば、もう一週間かと気分が落ち込む。

誰かにこの心をさらけ出して少しでも楽になりたかった事は否定しない。

無意識に息が速くなり、声が震えた。


「俺とほんの数人を除いて、皆焼き殺された」


あぁ、苦しい。思い出したくない。

祟りの影響で庶民の多くは生活圏が狭い。

だから俺に取っても、生まれ育った街ふるさとが世界の全てだった。

なのに、かつて夢を誓った空は、火の粉と煙で埋め尽くされた。

恋を育んだ想い出の場所さえも、捨てて逃げざるを得なかった。

全てが赫々たる劫火に包まれ、阿鼻叫喚が絶えず響き渡る光景は地獄そのもの。

例え生き残ろうと、突然憑き物になってしまう人も見た。

あの夜は、名も知らぬ数え切れない老若男女の死がすぐ近くに感じられた。


 あの気持ちを他の誰が知っているだろうか。

クロエたちが接し方に困っているのも当然と言えば当然なのだ。

この決定的な隔たりは容易に埋まる筈も無く、双方どうして良いか分からず沈黙が流れる。



 部屋の隅に居たオッサン……彼が飲み干した酒瓶を机に乱暴に置く音で、沈黙は破られた。


「なるほどなぁ」


彼はしわがれた声で喋り、席を立った。

ボロ布と毛皮で出来たような粗末な作業着? に身を包む後ろ姿は、棚の酒を漁り始める。


「ちょっと、スレッジ。今日は流石に飲み過ぎだよ⁉」


クロエが注意すると、スレッジと呼ばれたその男はこちらを振り向いた。


「いちいちうるせぇなぁ……心配しなくても、今更気に掛けるほど健康じゃねーよ」


彼は見事なまでの屁理屈で忠告を受け流し、元居た席ではなく俺の隣に腰掛ける。

ローレンスには及ばずとも、筋肉質で大柄だった。

そして、また新しい酒瓶を開けながら俺に尋ねる。


「お前ぇ、ルドウィーグって言ったか? ぅ゙ップ……」


酒臭いげっぷから顔を背けながら俺は答えた。


「う、うん」

「シカトすんじゃねよ」


すると、スレッジは突然俺の顎を掴み、顔を上げさせた。

その感触は固く冷たい……右腕は金属製の義手だった。


(歓楽街に居る義手の弔いって、狩長のメモに書いてあったやつよな?)


俺は幸運にも探し人を漕ぎ着いたようだが、不運にもそれはろくでなしの男だったのだと、間もなく分からされる事になるのだった。

 先程までのらりくらりとしていた彼の様は豹変し、重い圧を纏う声を叩き付けて来た。


「……この剣、どうやって手に入れた⁉」


彼はローレンスの大剣を床に突き立てた。(別の所で預かっているというのは予めヘーゼルから聞いていた)

刺さったまま小刻みに震え続ける剣が澄んだ音と鈍い余韻を響かせる中、

その気迫にたじろいでいると、スレッジは更に声を荒げ、


「何とか言えや、オラァ!?」


形振りなりふり構わず俺の首を締め上げて来た。

硬い金属製の指が肉をどんどん圧迫して行く……喉仏が潰れそうだ。


「オーナー、やめて!」


ジュリエッタが止めようとしてくれたが、


「俺とこいつの問題だ、お前ぇは黙ってな!」


と容赦無く突き返されてしまう。

言動から察するに、この男はローレンスの友人だ。彼が肌身離さず持ったこの剣の重要性も分かっているようだ。

だからこそ、こちらも誤解を招かないように答えたいのだが、こんな状態では上手く声を出せない。


(酔ってるせいなのか? 力加減ってものが全然無い!)


このままでは最悪殺されかけないと感じた俺は、まだ自由が効く下半身を懸命に働かせ、スレッジを蹴るようにして後方へ跳び退いた。


「ケホッ……ローレンスから託されたんだ!」


やっとの思いで言葉を発したものの、火照った顔をIしかめたまま聞き入れてくれない。


「おめぇみてぇなのがローレンスの何をってる⁉」

「!……」


俺はあの人から過去や思いを聞いた……聞いただけ・・・・・だ。

彼との間に固い誓いがあるのは確かだが、こればかりは何も言えることがなかった。


「おう、答えなくていいぜ……話はコイツで聴く」


そう言ってスレッジは俺に大剣を寄越す。

また、俺が慌ててそれを拾う間に、彼は壁に掛けてあった鹿の角飾りの兜を被ったうえで、一際大きなワインボトルを武器のように握った。


「ほら! 行くぞ、貧弱小僧!」


荒事はりだと思いながらも、俺は剣をグッと握り締める。


「全く、酒癖の悪い大人だ!」






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 スレッジ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150228726


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