第25話 最期の輝き 前編
ドブや汚水に足を取られるのは存外に煩わしいものだ……ルドウィーグの身体は勿論、精神にも疲れが見え始めた頃だ。
彼はローレンスと共にようやく、排水路の果てまで抜ける事ができた。
抜けた先にはこれまでの狭苦しい土管内とは打って変わって、ちょっとしたホールくらいの広い空間が広がっていた。
「ここは……?」
汚い水溜りはところどころしか無いのに、排水路よりもずっと生臭い空気が漂っている。
また、空間の中央辺りには暗中から薄っすらと姿を見せる物体が幾つか。
それらはローレンスの背丈と同程度には大きい。
二人が近づいてみると、鈍い鎖の垂れ下がった磔台だった。
「差し詰め、処刑場といったところか」
ローレンスが呟やく。
また、ルドウィーグは足元に汚れ切った石片(?)を見つけた。
元の色が白である事はどことなく分かる……
「これ、人骨かな」
考えたくもないと、彼がさっさと手放した丁度そのときだった。
いきなり、白い光が二人に照り付けた。
闇に慣れていた目が急に刺激され、目を細めずにはいられない。
大型ライトこっちに向ける者が現れたのだ。
続けて、槍などを携えた者たちもぞろぞろと姿を現し、立ち塞がる。
どうやら二人を待ち構えて身を潜めていたようだ。
しかも、元来た排水路にはいつの間にか鉄格子が下りて、退路まで閉鎖済み。
最早、この空間そのものが敵の罠と言っていい。
また、間も無くしてブクブクに太った男――アブラハムがお出ましになる。奴は拡声器を通して声を挙げた。
「もう追い詰めたノダ! 脱走犯はここで処刑なノダ‼」
小生意気な事を言っているが、ローレンスやルドウィーグは奴が入って来た扉の位置を見逃さなかった。
この処刑場の出口はただ一つ……兵士たちを突破した先だ。
「ルドウィーグ、隠れて居ろ」
ローレンスは双剣を構える。
兵士たちは不潔な処刑場を駆け回るのを躊躇いながらも、一人、二人と彼に突撃して行くのだった。
彼は防壁街で白騎士団の支隊を討ったときと同じように、向かって来る兵士を次々と斬り殺す――
――のではなく、なるべく軽傷で相手を無力化して行った。
剣の柄頭で殴って気絶させる、隙を突いて矛で転ばせる などなど。
真に実力のある者でなければできない芸当だ。
白騎士団はシルビアを害す意思が明確にあった上、手加減をしている余裕が無かった。
一方、この兵士たちはアブラハムに命じられているだけで、むしろ戦いに消極的だ。
ローレンスとて、この不憫な者らを一方的に殺そうとは思えないのだろう。
兵士たちの側も大方察して、立ち向かう者は途中から居なくなる。
両者はただ睨み合うだけになってしまった。
勿論、アブラハムはそれが気に食わない。
「クソ……やっぱ使えない雑魚共なノダ!」
奴は早々に諦めを付け、処刑場を後にした。
アブラハムは処刑場を見下ろせる位置にある管理室に入るや否や、部下に怒鳴り散らした。
「おい、お前! あれを出すノダ!」
「え? あ、大司教殿⁉」
「いいからやるノダ!」
「何をですか⁉」
アブラハムは不機嫌を包み隠そうともしない様子で、トラテープの貼られた大きなレバーを差した。
部下は指されたレバーの仕掛けが何を起こすか知っていた。
「お待ち下さい、これは……」
「手間を取らすな、とっととやるノダ!」
アブラハムは腰の銃を抜いて彼を脅した。
「ひぃ! 分かりました……」
ローレンスの邪魔にならないよう、ルドウィーグが壁際で気配を消す事に努めていたところ、源をすぐ近くとする震動と音を感じた。
それもその筈、
壁だと思っていた物自体が実は巨大な仕切りで、物々しい轟音を立てながら天井へと上がった。
隔たれていた向こう側には靄が立ち込めており、様子が見え辛い……故に、先に異常を捉えたのは彼の嗅覚だった。
舌がしびれて、頭の奥が重くなるような強烈な刺激。
鼻が曲がるどころか、腐ってもげてしまいそうだ。
臭いはすぐに広がり、ルドウィーグから
ただ、ローレンスだけは靄の中に立つ像に
暗い像は地響きに合わせて近付いて来る……
靄を抜けて現れたのは、7メートルはあろうかという桁外れに大きな憑き物。
しかも典型的な獣の類ではなく、イモリといった両生類に近い姿。
恐竜のようでありながら、全身が醜く肥大して半ば腐っていた。
異常な臭気は
「……なんだ、この化け物は!!」
「憑き物、だよな? デカすぎるだろ!!」
「聞いたことあるぞ……もしかして【
慄き騒めく兵士たちを見下ろすように、アブラハムは管理室で笑っていた。
「ゲヘへへへ……これでローレンスも終わりなノダ!」
そんな間にも【汚れの主】は歩み寄って来て、兵士たちに広い影を落とす。
彼らは主を見上げたまま、恐怖に体を拘束されてしまっていた。
ただ、主もすぐに襲おうとはせず、無駄な仕草を繰り返す。
ふと、一番手前の兵士に顔を近付けた……何か調べているのだろうか。
少し動きが止まっている間、ルドウィーグは主の特徴を目に焼き付けた。
おびただしい数の腫れ物は、突けば割れて膿が飛び散りそうなくらいパンパンで、妙に光沢があるのもまた気色が悪い。
体表の粘膜の上には寄生虫やカビが巣食っているのも分かる。
それを目と鼻の先で見せつけられているあの兵士は、今にも失禁しそうな表情で仰け反りながら、あらゆる衝動を我慢したのだろうが、
「う゛……オェェェェェッ!!」
ついに耐えることができず、倒れ込んで嘔吐してしまった。
彼は悪くない……しかし、今のが刺激になって主が暴れ出した。
手始めに不気味な赤色をした斑点模様の喉袋をプックリと膨らませたかと思うと、
次の瞬間、口をいっぱいに開けてヘドロのブレスをぶちまけた。
津波のように押し寄せるそれに呑まれた者たちは最期の言葉を紡ぐことすら許されず、腐った泥の中で溺れ死ぬ……控えめに言って最低な死に方だ。
何とか攻撃を免れた残りの兵士たちは出口から逃げようとしたが、先程退散したアブラハムが扉に錠を掛けて行ったようだ。
取り残された兵士たちは口々に叫ぶ。
「は!? 嘘だろ!? ふざけんな!」
「こっから出せ! 俺たち死んじまうよ!」
「お~い、誰か! そっち側に誰か居ないのか? 開けてくれ! 早く!!」
しかし、返って来たのは救世主の声でも何でもなく、管理室の拡声器から出る奴の声。
『お前らなんか使い捨ての雑魚なノダ! 命令に従えない奴はそこで死んでろなノダ!』
一蹴された兵士たち……彼らの血相は汚れの主と対峙したときから変わっていたが、その引き金たる心情は困惑と恐怖から純粋な憎悪へすり替わった。
だから、もうあのデブに媚びを売ったりはしない。これまで蓄えて来た不満を、誰もが罵詈雑言として吐き散らす。
「畜生! この腐れ外道が!」「それでも大司教か!」「地獄に落ちろ、豚野郎!」
とは言え、そんな事をしても自分たちの結末は変わらないと諦め、兵士たちはすぐに嘆息を漏らしてしまうのだった。
「クソッ……こんな所で……」
まだ結末を変え得る者が――抗う者が居る事に気付くまでは。
ルドウィーグはずっと見ていた……彼らがへたり込んでいる間も、ローレンスは一人で主に立ち向かう様を。
兵士たちもこれに圧倒され、言葉を失っている。
また、ルドウィーグも、自分がただ見ているだけでは駄目だと思い、この好機を逃すまいと兵士たちの前に立った。
「あんたら、もう敵意は無いんだろ? だったら生き延びる為に協力してくれ!」
彼らは初めざわついていたが、何人かをきっかけに説得に応じた。
……返事は無くとも、急ごしらえの信用がこもった視線が集まって来ていた。
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
携帯照明
ドリフト諸島の遺物を用いた発明品のひとつ
遺物は未解明・非公開のものが大半だが
この道具は極めて単純であり、庶民にも広く普及している
内蔵された【蛍の巣】は暗中にて自然と輝き出すので
その光を鏡やレンズで集めるだけなのだ
「光」は古くから人類を導く希望の象徴である
故に
汚れの主、クリーチャービジュアル
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150227181
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