第24話 その頃、上では……
――三人称視点から開始―――――――――――――――――――――――――――
「肉だ! もっと肉を持って来るノダ!」
教会連盟の軍事・司法部門を受け持つ大司教にして、このバーグ砦の責任者【アブラハム・グラハム】。
肉尽くしで美味そうな名m――失礼。大司教という称号に反して、
財閥の子息であるのを良いことに横暴を働き、怠惰(と肉)を貪る最低な男だ。
しかも、その財閥というのは武器製造や貿易を取り仕切って破綻寸前の社会を何とか支えている……ドリフト諸島最後の柱と言っても過言ではない。
例えアブラハムの言動が目に余っても、歯向かってはならない。
社会的に殺されたくなければ、全て見過ごさねばならないのだ。
「なぁ、今あのローレンスって男が脱走してる状況なのに、
部屋に居る将校の一人が、隣の者に話し掛けた。
アブラハムの食事中はとにかくやかましいので、ひそひそ話をするのは容易である。
しかし、彼が
「止めとけ。口は禍の元だ」
と言う通り、アブラハムはとにかく傍若無人な気分屋で、何を聞いて何をしでかすのか分かったものではない。
実際、今もアブラハムは喚き散らしている。
「肉はもう無いだと⁉ フン、もう良いノダ!」
奴の汚らしい口から放たれる暴言と食べカスを浴びせられながら、その理不尽にただ謝るしかないウエートレスには同情する。
アブラハムは彼女にサラダを皿ごと投げつけて席を立った……そのときさえ腹の贅肉を机にぶつけて、テーブルの上を乱して行く。
二人の将校はこれを控え目に言って胸糞悪い気分で見ていた。
また、アブラハムは彼らに近付いて来たかと思うと、一人のスカーフをひったくって口を拭いた。
「お前」
「はっ」
彼は屈辱を受けながらも、調子の良い声で答える。
「脱走者は今どこに居る」
「具体的な所在は不明ですが、排水路を進行中だと思われます」
「むぅ……兵士を集めておくノダ」
「何の部隊を手配いたしましょう?」
雑な命令に対して彼が具体的な指示を求めると、
「私にそんなことを訊くな! 自分で考えるノダ!」
アブラハムは前触れも無く怒鳴り出した。
その顔面はもはや興奮し切った豚のそれである。
「……了解、しました」
「そうか、なら良いノダ」
アブラハムは満面の笑みを浮かべ、部屋を去って行った。
彼の姿が見えなくなると同時に、部屋に居た誰もが大きな溜め息を吐いた。
皆、財閥の経済への貢献度を崇めるばかりで、アブラハムの醜い本性を知らない……
部下の苦労も知らずにアブラハムが廊下を歩いていると、杖を突いた長身痩躯の司教とその小姓たちが通りすがった。
サリヴァーンらである。
「おい、サリヴァーン! ここは俺様の勢力圏なノダ! それなのに挨拶も無しか⁉」
彼はゆっくりと振り返り、アブラハムとは対照的な落ち着いた声で答えた。
「済まないね。私はもうろくに目が見えないものだから、
ほんの少し揶揄われただけで、アブラハムは顔を真っ赤にして護衛兵に命じる。
「おい、お前! あいつを懲らしめてやるノダ!」
「し、しかし――」
躊躇う護衛兵……その反応は実に当たり前な倫理観から来るものだった。
が、アブラハムは形振り構うような者ではない。
自分の機嫌を損ねるもの、命令に従わないものが大嫌いなのだ。
「俺様の言う事が聞けないのか? もう一回だけ言うのだ、あのジジイを痛め付けろ」
「……できません!」
正しい決断をしたこの護衛兵を称賛したいところだが、
アブラハムは眉間にシワ(もとい、たるみきった脂肪)を寄せて拳銃を抜いた。
すかさず、廊下には炸裂音が響く。
アブラハムが下手だったお陰で弾道がズレたものの、護衛兵は理不尽な傷を負わされた。
「うっ!………」
同じ目に遭いたくないが故に、彼の同僚たる兵は黙って突っ立っていた。
「次に鉛玉を喰らうのはお前なノダ、サリヴァーン!」
しかし、サリヴァーンは銃口を向けられても動揺を見せず、代わりにベテルギウスが呆れた口調で言葉を返す。
「今の腕前でこの距離から狙えるとは思えないのですが?」
「いいや、ルギア。素人の鉄砲よりも怖いものは無いと言うだろう。どんな弾が飛ぶか分かったものではないからね」
「それもそうですね」
サリヴァーンは適当にあしらいながら、ナチュラルに煽り返すのだった。
「この野郎……もう許さんノダ! 眉間ぶち抜いてやるノダ!」
アブラハムが撃鉄を起こしたそのとき、藍色の服の紳士が颯爽と割って入った。
「おっと、コイツは穏やかじゃないなぁ……大司教、お年寄りは
「チッ、青騎士……お邪魔虫が増えたノダ」
「誰がお邪魔虫だ、あぁん? それと、弾入ってないぜ」
「え? あ、ホントなノダ……」
自分の武器の扱いも理解していないとはみっともない。
これには流石のアブラハムも調子が狂ってしまって、
「お前たち、覚えておくノダ!」
捨て台詞を吐いた後、プンスカ去って行った。
先程の所長室付近の廊下には大きな窓や長い絨毯が見られたが、そこから離れて地下へ向かうにつれて陰鬱な通路に変わって行く。
サリヴァーンはベテルギウスを一度下がらせ、レオンと歩きながら話をした。
「やれやれ。先生の身体に喧嘩を買える程の余裕は無いんだから、挑発は控えてもらわないと」
「そう言う君こそ、私をお年寄り呼ばわりとは偉くなったものじゃないか」
「まぁ、一応狩長ですから」
二人は肩を揺らして少し笑った。
「……さて、ローレンスは?」
「さっき会いました。やはり脱走中みたいです……一人お供付きで」
「ほう?」
噂をすれば、急ぐ兵士や看守が何か言いながら横を過ぎて行った。
「脱走者は排水路を使っていたらしい!」
「それで地下の処刑場に召集が掛かったんだな」
二人の耳にはそのような内容が飛び込んで来るのだった。
「処刑場か。僕たちも行きましょう」
レオンが呼び掛けると、サリヴァーンは
「……ローレンスは以前から度々、自分の余命を宣告していた」
突然このように話し出した。
が、レオンも困惑する素振りは無く答える。
「ええ……そういう手紙、僕も貰ってます」
「それに偽りが無ければ、彼は今死んでもおかしくない頃だろう。それでも、君は彼を助けようと言うのかね?」
「まさか。僕ごときが師匠の生き様に手は出せませんよ……ただ、見届けるまでです」
「それなら良かった。私も同じ思いだよ」
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