第23話 獄中の希望 後編

 俺は恐る恐る振り返り、自分の肩を掴んでいる者の顔を見る。

恐怖心のあまり、おっかないオッサンをイメージしていたが、実際は全く違った。

高い背丈故に、かなり見上げてから顔立ちが目に入った……艶やかな唇の両端をそれと無く上げた金髪の青年。

知性も感じさせる甘い美貌は、女性と並んでも引けを取らないとすら思える。

また、割と見覚えがあった……きっと著名人だ。


「こりゃあ失礼、僕がに頼んだんだ」


青年が口を開くと、看守たちはそれを二度見。

慌てて立ち上がり、全員ビシッと敬礼をした。


「か、狩長殿!」


その呼び名でようやく気付いた。


(狩長――ってあの【レオン・アインハード】⁉)


その青年は弔いの長、すなわち【青騎士】の位を賜った者。四大聖騎士の一人である。

彼が博す知名度と人気は圧倒的なものがあり、高頻度で新聞に載るほど彼の武勲は偉大だ。

本来、大衆から忌まれながら暗躍する弔いにはありえない、華々しい英雄としての評価は、ずば抜けた本人の実力に起因すると言われている。


 そんな明星を目の前にして、茫然としていた俺。

レオンはこれを尻目に看守と話を続ける。


「事前連絡も無く来ちゃって悪いね。……押収品、どうせ処分するなら譲って欲しいんだ」

「そういうことでしたら、砦下町に良い武器屋が――」

「あぁ~、ノンノンノン。そんなじゃなくてニッチな武具が好きなんだ、僕は。コレクションにしたいのさ」

「わ、分かりました。上には話を付けておきますので、ご自由にどうぞ!」

「OK、ありがと。差し入れのスイーツはここに置いておくよ」


レオンはスピーディーに場を解決に導き、看守たちが菓子に惹かれている隙に俺を連れて看守室から出た。


「言い訳ぐらい用意しとかないと駄目じゃないか、君」

「……⁉ ……⁉ ……⁉ ……本物⁉」


まさか謦咳に接する日が来るとは思っておらず、俺は興奮気味に彼のことをまじまじと観察した。

磨き上げられた革靴からスタートし、長い脚に沿って視線を上に持って行く。

着こなした藍色のスーツはスラリとした体格を際立たせ、その縦縞模様も実にお洒落だ。

ここから更に、小綺麗なソフトハットと金のエポレットを揺らすケープが、狩長に相応しい高級感を醸し出していた。

そして何より、背には聖紋が描かれたマント……これこそ四大聖騎士の証であり、本人に間違い無い。

 俺は少々興奮していたが、ふと我に返った。

防壁街で襲撃を仕掛けて来た白騎士グウェインの件を忘れてはいけない……幾ら評判の良い教会連盟の騎士様だろうと信頼してはならないのだ。

そもそも、レオンはローレンスの武具を奪うだとか言っていたではないか。

俺が警戒した眼差しに改めると、彼はこちらの考えを読んだかのように言った。


「大丈夫。僕、敵じゃない。師匠・・と一緒に脱獄中なんだろう?」

「うん――って、えぇ⁉ ローレンスあの人、あなたの師匠でもあるの⁉」


レオンはいたずら好きな少年のように笑いながら頷いた。

ローレンスとの付き合いはそれほど密接ではなく、彼の人間性何かを理解しているわけでもない。

けれど、彼の育てた弟子だというだけで、レオンを信頼に値する者だと思えた。


「さぁ、急ごうか。君たちが脱獄してる事はもうバレ始めてる」

「ありがとう、狩長!」



 それから、レオン狩長と一緒に徴収物保管室へ入り、手分けしてローレンスの武具を探す事に。

ロッカーは腐るほど多いので、一つ一つ確認して行くのは骨が折れる。

少しでも手伝ってくれる人が居て助かった――

――などと思っていると、狩長は一発で当ててみせた。


「お、あった♪」

「何で分かったの?」

「強いて言えば勘かな」


……凄いと言うより、怖い。

それはそうと、同じロッカー内には見覚えのあるボロ鞄も入っていた。

俺が命からがら生き延びた際、唯一持っていた荷物だ。漁ってみると、家を出る直前に詰め込んだ楽譜がほんの少し焦げただけの状態で入っていた。


「……」


俺はそれを手に持ったまましばらく固まっていたが、急いでポケットに突っ込み、武具の運び出しに取り掛かった。


「君、名前は?」

「ルドウィーグ」

「OK、ルドウィーグ。時間が無いから防具は諦めよう」

「マジか」

「大マジさ。君らが地下牢から居なくなって、今頃捜索が始まってる筈」


敵の動きが想像以上に速い――或いは、こちらがあまり速く動けていないのかも知れない。


 狩長は重い方である矛、俺はまだ軽い方である大剣を持って部屋を出て、例のマンホールの方へ。

狩長は矛を下へ投げ落とした。


「師匠、居る?」

「その声……レオンか?」


床に突き刺さった矛を抜くように受け取りながら、ローレンスがこちらを見上げた。


「どうか武運を」

「あぁ、逝って来る・・・・・


そうか、これは師弟が顔を合わせる最後の機会だったのか……

狩長は別れの挨拶を交わすと、今度は俺に向かって言った。


「僕は他の方にも手を回しておかなくちゃいけないから、ここまでだ。

 ルドウィーグ。師匠を――あの人の遺志を頼むよ」

「……分かった」



 去り際に、安易な返事ができない重いものを託されてしまったが、とにかく俺はローレンスの待つ排水管へ下りて、

ロングコートや手袋、そして剣を差し出した。


「お待たせ」

「よくやってくれた。これで少しは戦える」


今の彼はどこか意気込んでいるようにも見えた。




・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レオン、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150225386


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