第25話 最後の輝き 後編


「あんたら、もう敵意は無いんだろ? だったら生き延びる為に協力してくれ!」


兵士たちは初めざわついていたが、何人かをきっかけに説得に応じた。


「ありがとう……まずは扉を破るところからだ」

「でも、これは相当頑丈な造りだ。ビクともしないと思うが?」


彼らがゴンゴンと叩きながら言う通り、扉は重厚な金属製で、しかも階段の上にある都合周りの足場が狭い。

大人数を以てしても破壊は難しいだろう。

だからルドウィーグは別の策を講じていた。


「確かに俺たちでは壊せない……俺たちでは・・・・・ね」




 【汚れの】……宛がわれた名は伊達ではなく、巨体から繰り出される攻撃は一度でも直撃すれば瀕死の重傷となるだろう。

しかし、ローレンスが取る立ち回りの基本は、熊狼などを相手取るときと全く同じ。

言ってしまえば、回避と反撃を的確に繰り返すだけ。

これは相手が変わろうとも揺らがない、弔い特有の戦法である。


 憑き物は身体能力が高いうえ、非常に凶暴で簡単には怯まない。

対する人間の力というのは高が知れており、傷を負えばそこから動きが鈍って行く一方だ。

後者が前者に勝るには、

無傷で攻撃を見切り、丁寧に反撃を重ね、相手が弱った隙を突いて一気に決めるしかないのだ。


この戦法の考案したのは初代狩長たるローレンス自身ということもあり、長年の戦いで熟練度は極みの域に達していた。

ただ、僅かな余命を前に衰弱しつつある今の彼では、どうにも刃の通りが悪い。

ローレンスは


(全盛期の自分なら何でもなかったろうに)


と歯痒さを感じずにはいられなかった。

今は汚れの主が、まるで最後の宿敵のようにすら思えた。

そんなとき、横から一斉に声が。


「こっち向けぇ! 化け物‼」


兵士たちがポケットナイフやらゴミやらを投げつけて、主の注意を引いたのだ。

主はローレンスに振り上げた腕を下ろし、鈍い咆哮を上げて兵士たちの方へ歩き出した。

少し休むいとまを得たローレンスの下に、ルドウィーグが駆け寄って状況を説明する。


「彼らに協力してもらって、あの怪物を誘導する算段なんだ」

「なるほど、奴の攻撃で扉を破ると……」

「その通り!」


兵士たちは大袈裟に逃げ回り、危なくなったら他の者がフォローに入る事で死傷者を出さないよう努めていた。

実際のところ、意外と着実に誘導できており、作戦の成功は見込めると思われたのだが……


こういったときには何かしら邪魔が入るのが常。

予期せぬ事態を危惧したローレンスが辺りに気を配っていると、丁度上を向いた際に管理室のガラス越しにこちらを見下すアブラハムの姿を認めた。

そして今、奴は手元で何かを操作した……処刑場にはまだ罠が隠されてのだ。


(マズい!)


壁の各所から生えている排水パイプ――そう思っていた物の中からガチャンと作動音が響き、鋭い大矢を番えたバリスタが一斉に顔を出した。

バリスタが落雷のような轟きを起こす寸前、ローレンスはルドウィーグを突き飛ばした。




――ルドウィーグ視点へ―――――――――――――――――――――――――――


 視覚が、聴覚が、意識が朦朧とする。

こうなってからあまり長い時間は経っていないのだろうが、しばらく気を失っていたかのように気分が悪い。

俺が目を開けると、天井の穴から美しい満月が見えた……さっきの凄まじい衝撃で崩れたのだろう。

続けて横を向くと、視線とは垂直になった水面が細かい波紋を立て続けている……俺は仰向けに倒れているらしい。

上体を起こして辺りを見回すと、協力してくれた兵士たちは皆、大槍のような矢に貫かれて、血の池を作っていた。

また、俺のすぐ隣には汚れの主が横たわっており、自分は主が盾になる位置に居たために助かった事も悟った。

最後に視線を正面に戻したとき、串刺しになったローレンスを見つけた。

その姿は薄っすらと翠掛かった月光に照らされ、だが足元は赤黒い血に染まっている。


「……ローレンス!!」


俺はすっかり目が覚め、全速力で彼の傍まで駆け寄った。


「……今これ抜くから!」


彼に刺さった矢に手を掛けてみるも、床に巨大なヒビを作って深く刺さっており、ビクともしない。

俺は自分の無力を痛感して涙目になりつつも、それをやめることはできなかった。


(ローレンスは確かにもうすぐ死ぬと言っていた。けれど、俺にはまだローレンスが必要だ……シルビアにだって必要だ。

こんなに優しくて、強い人がどうして理不尽に死ななきゃならないんだよ。認めない、絶対に認めない!)


無駄な足掻きと分かっていても必死に続けていると、背後に大きな気配を感じた。

急ぎ振り返れば、汚れの主が立ち上がっているではないか。


「あ……」


主も体中を刺されて深手を負ったようだが、こちらに気付くと、無駄に元気な咆哮を上げて突っ込んで来る。

正面から視界を覆いつくす程の大口、その醜い内側が自分の見る最後の光景だと、俺は覚悟した――




――が、目を瞑ろうとした寸前、翠に光る粒子が視界の片隅をよぎる。

俺は再び目を見開くと、迫り来る主のことなど放り出して、光を目で追い掛けた。

光は飛び交う蛍のように沢山いて、まだローレンスが握っている大剣へ集まるとひらめいた。

次の瞬間、彼は甦ったかのように立ち上がり、俺の眼前に現れた。

ロングコートを英雄のマントの如くたなびかせる後ろ姿は頼もしく、改めて惚れてしまう。

彼は翠に輝く剣に力を込めて、ただ一度振るった。

暗闇にまばゆはかない閃光が駆け、汚れの主は再び地に打ち倒されたのだった。




 しかし、ローレンス自身もすぐに膝から崩れ落ちてしまった。

彼がまだ意識を保っていた事に俺は安心する一方で、虫の息といった有様を嘆かずにはいられなかった。

いくら聖血と言えど、彼が助かる見込みは限りなく0に等しい。

そんな状態で、ローレンスは掠れた声を絞り出した。

俯いていた俺は、急いで顔を上げる。


「ルドウィーグ、俺の最後の弟子・・・・・・・……よく聞け。誰もが、いつか死ぬ。俺は今というだけだ……だが、お前は違う」


彼は不安定ながらも、力強い手付きで大剣を差し出した。

彼の命と同じように消えかけではあるが、それはまだ翠の光を纏っている。


「この剣を……連れて行ってくれ。その先で……また会おう」


俺はその言葉の深意なんて全然分からなくて、上手い返しもできない。

でも、だからこそ、ローレンスの手とその剣をしっかりと握り締めて何度も頷いた。


「分かった。分かったよ、ローレンス。大丈夫、貴方の遺志はきっと俺が……」


ローレンスのヴェールは破れていて、そこから垣間見えた彼の表情は――どこまでも深い翠をした瞳は、満足気なものに思えた。

使命こそ遂げられなかったものの、ようやく解放され、安心して逝けるというのだろうか。

俺の視界は熱い水で潤い、歪み始めていた。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ローレンスの後ろ姿

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093087017249260


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