第18話 焼却処分

――三人称視点から開始―――――――――――――――――――――――――――


 極夜が明ける数日前、教皇都には各地域の領主たる司教や大司教が集まり、密かな議事が開かれていた。

被害状況・対策・復興計画の報告や共有が目的である。

しかしながら、ただ一つ最早手の施し様が無い都市があった。



「最後はイグナーツ大司教の番ですな。防壁街の報告をお願いしますぞ」

「は。えぇ……他の都市に比べ、防壁街における祟りの感染者数が多いのは確かですが、人口に対する比率で考えれば仕方の無いものであります。むしろ、現地の弔いの奮闘によりこの危機を何とか潜り抜けられるでしょう。

と、とは言え医者や衛生管理員は不足しており、速やかな増援を求めるところであります。

また――」


防壁街を治めるイグナーツ大司教。

彼が何やら焦った様子でものを言っているのは、誰の目にも明らかであった。

そして、枢機卿を始めとする他の大司教が口を挟んだ。


「イグナーツ大司教、領民を守りたい気持ちは分かります。ですが、正直に言っていただかなくてはドリフト諸島全体の問題に発展してしまいます」

「人の噂というものは存外足が速いもので、私たちも防壁街の惨状には薄々気付いているのですよ?」

「素直に説明してくだされば、我らも協力できるかも知れません」


これらの譲歩や同情に何の意味も籠っていない事を悟っていたからこそ、イグナーツ大司教は言葉を失ったまま立ち尽くし、手に持った報告書に大粒の汗を何滴も垂らした。

大卓おおづくえを取り巻く聖職者のみならず、後ろに控える秘書や護衛なども含めて議事堂にいる全員が白い目で見ていた。

場はとても静かだが、状況は四面楚歌そのもの。

イグナーツ大司教は観念し、もう一枚の――本物の報告書を秘書に出させ、改めて読み上げた。


「以前から弔いの不足が懸念されていた防壁街は、此度こたびの極夜を受けて憑き物を対処し切れない状態に陥りました。この報告書をまとめた時点で半分の弔いが殉職しています。

当然、民間人の犠牲者も多く、遺体の処理が追い付かない影響で様々な伝染病を蔓延しました。病院でも憑き物が発生するなど、医療現場は既に破綻寸前であります。

挙句の果てには、死者の数に伴って祟りに感染する者の数も増えており………………私はもう、どうしていいのか分からぬのです……」


イグナーツ大司教の目には涙が浮かんでいた。

仮にもドリフト諸島における最大人口都市・・・・・・を任されていたのだ。大切な領民の命が惨たらしく荒んで行く哀しみと罪悪感は想像に難くはない。

それでも、現実は無情だ。

彼を取り巻く者たちもまた、慈悲など持ち込める立場に無い。

枢機卿たちはイグナーツ大司教を諭しにかかった。


「分かってはいるだろうが、先の報告を聞く限りどの地域も危機に瀕している」

「魔境と化した防壁街を救いに行ける余裕など、誰にも無いのだよ」


止めの一言を叩き付けたのは、グラハム大司教。

彼は教会連盟創設時に多大な出資を行った資産家の子息であり、発言権は教皇に次ぐとされる程だ。


「防壁街はもう病原菌の発生源でしかない、全部焼いて消毒した方が良いノダ」


呑気にワインを飲み干しながら下衆な笑いを浮かべても、議事堂に居る誰も提案に反対しない。

そしてついに、上座に掛けた教皇がついに口を開いた。


「イグナーツ。これ以上対策を提示できなければ防壁街は焼却処分とするが、何か言ってみるか?」

「そんな、教皇様まで急がれないでください! 焼却処分など、領民はどうなさるおつもりです⁉」

「何を言っている、領民も既に病の床に成り果てておるのだろう。まとめて燃やすのだ」

「馬鹿を仰らないでください! 何万人居るとお思いで――」

「馬鹿は貴様だ、イグナーツ! 誰のせいでこうせざるを得なくなっているというのだ、えぇ?」

「……ち、力足らず申し訳ございません」


極夜が訪れる前から、誰のせいでもなくこの世は悲惨だった。

イグナーツ大司教への責任転嫁など酷い話だ。

それでも、彼は諦めずに反論を続けんとした。


「しかし――」

「もうよい。お前とて防壁街の病原菌の一つだ」


教皇は冷酷な声色で話を打ち切った。

枢機卿はその意図を汲み、親衛隊の兵に命じる。


「摘まみ出せ。牢にでも入れろ」

「お、お待ちください! 教皇様! そんな事をしても誰も救われませぬ! どうか話を……」


イグナーツ大司教の抵抗も虚しく、従者ともども取り押さえられ、連れ出されてしまった。

ゴミが片付いたと言わんばかりの溜め息を一つ挟んで、教皇は次にグラハム大司教に命じた。


「グラハムよ、焼却計画は貴様に一任する。軍は使って構わんが、首謀者が明らかになってはならぬ……上手くやってみせよ」

「仰せのままに」

「他の者共も分かっておるな? ここでの事、イザベル派や世間に漏洩せぬよう細心の注意を払うのだぞ」

「「「「はっ。」」」」


こうして議事は終了を迎えるかと思われたときだった――



――銃声が轟いた。



何の前触れも無かったもので、その場にいた者は肝を冷やしたが、

発砲したのは教皇直属の親衛隊長にして、四大聖騎士の筆頭【白騎士 グウェイン・アスタークラウン】。

端正に切り揃えられた茶髪の下から鋭い眼光を覗かせ、煙を吐く拳銃を握った腕を真っ直ぐに伸ばしていた。


「お騒がせしてしまい、申し訳ありません……害獣を見つけたもので」


撃たれた女は血塗れの大腿を押さえて倒れ込んだ。


「おい、貴様! 私の従者に何をしてくれるんだ⁉」


司教の一人が叫んだが、グウェインは大卓を回り込んでゆっくりと標的の元へ歩いて行く。


「エインズワース司教。お言葉ですが、従者の不審にも気付かないというのに、領地の管理などできるのです?」

「⁉」

「この女はなりすまし。おおよそスパイと言ったところでしょう」


グウェインは反抗的な目付きで自分を睨む女を観察し、隠し持っていた短剣を取り上げて確信したようだ。


「天井裏にも居ますね」


彼の言葉に反応して、部下たちが一斉に上へ銃を構えた。


「貴方たち、重鎮の前でそんな物騒な事は止めなさい」


グウェインは銃を降ろさせたかと思うと、また女を撃った。

一発目は小さな呻き声しか上げなかった女もこれには悶絶し、議事堂には悲鳴が響く。


「お仲間さん、早く出て来た方が良いと思いますよ」


グウェインは3発目、4発目の引き金も引く。

この仕打ちを見兼ねて、隠れていたもう一人も姿を現した。

黒いマント・フード・スーツに身を包み、素顔も一切分からない人物だ。

直後、黒尽くめのスパイは目にも止まらぬ跳躍を繰り出し、瞬間移動したかのようにグラハム大司教を人質に取った。

勿論、首元には短剣を添えて。


「ヒィッ、誰か! 俺を助けるノダ! はやく、はやくぅ!」

「大司教、黙ってください……相手の目的は人質交換です。殺す気は無い」


グウェインは落ち着いていた。

スパイはグラハム大司教を連れて窓辺まで移動し、グウェインと向き合う。

目を離さないまま後ろ蹴りで窓ガラスを割り、脱出経路を確保した。

グウェインは静かに先に女を引き渡し、自身の手から銃を離す。


「これで望み通りですか?」


黒尽くめのスパイは小さく頷き、グラハム大司教を蹴り飛ばして解放すると、すぐさま仲間を抱えて窓から落下する。

しかし、一瞬でグウェインは部下から銃をひったくり、二発ほど撃った。


「……外しましたか」






 黒尽くめのスパイたちはその後も続く白騎士団の捜索を逃れ、地下水道に逃げ込んでいた。


「大丈夫、ペレット?」

「ハァ、ハァ……このくらい、余裕……」

「下手すれば出血多量で死んでた癖に、強がり言わないの。今止血するから」

「……パラケートこそ平気?」

「あぁ、最後のやつ? 私は掠り傷だから安心して。それにしても白騎士グウェイン、聞いていた以上ね」

「何でバレたのか正直分からない」

「……今はカッコウが逃げ道を見つけて来るのを待つしかないよ」

「【防壁街焼却計画】……早くあの人に伝えないと!」






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


ペレット=parrot

パラケート=Parakeet

カッコウ=cuckoo

これらはコードネームですが、共通点があります。興味があれば調べてみてね!



 黒尽くめのスパイ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093083868353140


 白騎士グウェイン、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093084927659407


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