第8話 出会いと旋律 後編

 暴漢は遅れてやって来た警備員によって拘束され、盗みをさせられていた男の子と共に警察のお世話になった。

私と少年は軽い事情聴取を受けてすぐに解放された。


「あの、本当にありがとうございました」


隣を歩きながら感謝の意を伝えると、彼は答える。


「あんなの見過ごしたら男じゃない。むしろ、助けに来るのが遅過ぎたくらいで申し訳無い……怪我の方も本当に平気?」

「気になさらないでください。全てあなたのお陰です」

「一応、感謝は受け取っておくよ」



 エントランスホールに戻って来ると、焦った様子で辺りを見渡す師匠と、動揺しているアシュレイさん、職員に迷子を尋ねるマリアさんの姿があった。

私が突然居なくなったのだから、当然の反応だ。

私は三人のもとに駆け寄った。


「師匠! アシュレイさん! マリアさん!」

「「シルビア!」」「シルビアちゃん!」

「多大な心配をお掛けしました……」


流石にお叱りを受けるかなと覚悟していたのだけれど、


「無事だったか?」

「ホントよかった!」

「目を離してごめんなさい」


皆、寛容――というより、かなり甘かった。

マリアさんに至っては頬擦りまで……本当に愛されています、ありがとうございます。


「母さんったら、もうその子に懐いたのかよ……」


突然、ピアノ弾きの少年が口を挟んで来た。

しかも、マリアさんのことを「母さん」と呼ぶ。


「お帰り、ルイ。……だって私、娘いないんだもん」

「……へぇ、その子の名前『シルビア』って言うんだ。訊きそびれてた!」


開いた口が塞がらずにいた私を見て、マリアさんはようやく説明してくれた。


「あぁ、言ってなかったわね。この子が我が一人息子【ルドウィーグ】で~す! ちなみにルイは愛称だよ♡」

「そのまま呼んでくれると嬉しいな。よろしく」


ルドウィーグさn――ルドウィーグはごく自然に、手を差し伸べる。

私は複雑な気持ちにまだ整理が付かないまま、彼の手を取って握手をした。


「は、はい……私のこともどうか『シルビア』とお呼びください」



 その後、ルドウィーグが師匠やアシュレイさんとも挨拶をしていると、師匠が彼の傷に気が付いた。


「ルドウィーグ、その痣はどうした?」

「あぁ、実は――」




―――ローレンス視点へ―――――――――――――――――――――――――――


「もう、バカ! 大人を呼びなさい、大人を!」

「そんなこと言われても、呼びに行ってる時間すら無いくらい危険だったんだってば!」

「……でもよくやったわ」


マリアは息子を叱りながらも、髪がグチャグチャになるまで撫でて褒めていた。

一方俺は、事の次第を聞いてシルビアに危機に何もしてやれなかった事を猛省したし、もしルドウィーグが居なかったらと思うとゾッとした。


「俺からも――」


言葉の途中でアシュレイが袖を引っ張る……そういうことか。


「俺たち・・からも、この上無い感謝を伝えたい」


俺は一人の人間として、ルドウィーグに頭を下げた。


「いや、当然のことをしたまでで……」


と本人は謙遜しているが、俺は「心から信頼できる人物」の中に彼の名を加えざるを得なかった。

この男ならば、この先もシルビアを守ってくれる……そういう確信が俺の中で立ったのだ。

マリアと目配せを交わし、話を進める方向に決める。


「ルドウィーグ。良ければ、これからもシルビアと仲良くしてやってくれ」

「勿論!」


彼とはそうして拳を合わせた。

また、続けてマリアが口を開く。


「シルビアちゃんも、良かった今度うちに遊びに来ない?」

「こちらこそ、いいのですか?」


シルビアは許可を求めるように俺の顔色を窺っているので、頭を撫でながら言ってやった。


「良い経験になる。沢山学んで、楽しんで来ればいい」

「あなたの保護者もこう言っている訳だし」

「では、お言葉に甘えます。それから、ルドウィーグに一つ伝えたくて……休憩時間の演奏聞かせてもらったんです」

「……あのとき、君だけが拍手してたね」

「はい、あまりにも素晴らしかったので思わず――」


当時の感動をありのまま伝えようとするシルビアの言葉を、あまり晴れやかでない表情を浮かべるルドウィーグが遮ぎられた。


「あれは自作曲なんだけど、ぶっちゃけ、失敗作もいい所だと思ってる。自己満足の行く形にすら落とし込めずにもう何年経ったろう」


自信やモチベーションが薄れ、半ば諦めかけている様子だ。

母親であるマリアですらただ渋い顔をしている通り、

若いなりに一人の芸術家としてのプライドを持つルドウィーグには、誰もかけられる言葉を持たないかと思われた。


「でしたら、満足の行く曲が出来るまで待っていてもいいですか?」


シルビアは何気なくこの一言を発したようだが、

ルドウィーグは憂鬱から驚き、驚きから照れ笑いへ表情を大きく変えた。

彼はきっと、その曲に対して深い思い入れがある。

だから、諦めと挑戦の狭間で悩み、そしてたった一度背中を押されるだけでまた挑戦へと踏み出せるのだろう。


「分かったよ! この曲が完成したそのときは、シルビアに贈ろう」


その日は、二人の約束を以ってホールを後にした。




 何はともあれ、計画は成功である。

僅かばかりではあるが、シルビアが外の世界に触れる為の足掛かりはこれで確実になった。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ルドウィーグ、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074150214504

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