第22話 運命
ローレンスは突如として碧く輝く剣を顕現させ、その光で汚染の
しかし、ローレンスは掠れた声を絞り出して、俺に顔を上げさせた。
「ルドウィーグ、俺の最後の弟子……よく聞け。誰もが、いつか死ぬ。俺は今というだけだ……だが、お前は違う」
ローレンスは不安定ながらも、力強い手付きで大剣を差し出した。彼の命と同じように消えかけではあるが、それはまだ碧い光を纏っている。
「この剣を……連れて行ってくれ。その先で……また会おう」
俺は彼の言う意味がまだ半分くらいしか分からなくて、上手い返しも見つからない。でも、だからこそ、ローレンスの手とその剣をしっかりと握り締めて何度も頷いた。
ローレンスのヴェールは破れていて、そこから垣間見えた彼の表情は――どこまでも碧い瞳は、満足気なものに思えた。使命こそ遂げられなかったものの、ようやく解放され、安心して逝けるというのだろうか。
俺の視界は熱い水で潤い始め、歪みかけていた。
程無くしてローレンスの手は力を失い、大剣からずり落ちた。その直後、彼の肉は全て血と化し、盛大な飛沫を上げて溶けるように崩れ去る。こうして彼の骨と服だけが残された。
思わぬ出来事に俺は衝撃を受けたのだが、立て続けに気分の悪さというか、違和感が浮かんで来た。そして、覚えのない記憶や自分のものではない感情が頭の中を駆け巡った。
同時に、剣の碧い光は
(何が起きてる? 絶対に、何かが起きてる!)
動揺する俺は次の瞬間、知らない次元の苦痛に襲われた。
意識を引き千切られそうな猛烈な耳鳴り、体が内側から裏返るような激痛。抑え切れない何かの衝動が自分を突き破ろうとしている。幾ら空気を吸ってもろくに息ができず、全身を掻きむしってのたうち回った。
それでも苦痛は増していくばかりで、やがて動くことすらできなくなり、呻きながら縮こまってしまった。
(もぅ……限かi……)
そう思った危機一髪のところで、苦痛は鉄砲雨のように去って行った。
「ッ! ハァ……ハァ……ハァ……何だよ、これ……」
俺の息は乱れ、汗も滝のように流れており、全身の神経が痺れるような感じもまだする。この現象への理解も全く進まない。
それでも俺は、気持ちだけは整え、託された大剣を携えてすぐに立ち上がった。
……果たすべき約束があるのだから。
一難去ったかと思いきや、また次の兵士たちがここに派遣された。勿論、それはアブラハムの差し金であろうが、彼らは前の者たちがどのような扱いを受けて死んだかなど知らない。
俺は倒れた主の陰に隠れていたが、彼らは早速クロスボウを撃ち込んで来た。
「誰か居るぞ!」
「撃て!」
俺は慌てて主の体に隠れ直し、その矢弾を凌ぐ。
(敵の増援……俺がこの剣で戦う訳にも行かない。ここからどうすれば……)
行き詰まっていると、なんと、再び汚染の主が動き始めた。俺が弾避けの盾にしたせいで目を覚ましたのだろう。その恐るべき生命力に度肝を抜かれたつつも、俺はちょっぴり期待を抱く。
「お! これで向こうを襲ってくれたら――」
そう思った傍から、主はこっちを標的にした。
「で、ですよねー……」
俺は逃げまどうしかないかと思ったが、またも策を閃き、敢えて立ち止まった。
「……来いよ!」
汚染の主は当然、殴り掛かって来る。俺はそこで、ステップをし、躱した。ローレンスの動きを見様見真似で、一か八かやってみたのだが、想像の遥か先を行く出来に自分でも驚いた。
そして、計画通り、主の空振ったパンチが壁に穴を開けてくれたのだ。こうして、牢から出た時と同じように排水路へ逃げ込む。
主は俺を追って穴に顔を突っ込んだ。俺が全速力で逃げていたこともあって、流石にその攻撃が届くことは無かったが、しつこく壁に頭突きして、気味の悪い舌を伸ばして来るものだから、かなり冷や冷やした。
ローレンスはこの砦の構造をおおよそ知っていた一方で、そんな知識も無い俺は「勘が良い」と言うには不自然な過ぎる正確に進むことができた。正直、さっきから自分の様子がおかしいとは思っている。
また、まだ処刑場で暴れている汚染の主のせいだろう、追手が来ないのは勿論、他の兵士たちも対処に駆り出されているらしい。砦内の警備はザルも良いところ、遂に外への扉を奥に控えた登り階段まで辿り着いた。そこまで走りっぱなしだったが、脱獄成功を目前にして減速する気にはなれず、少し息だけを整えてそのまま駆け上がろうとした。
が、半分ほど登ったとき、視界に人の姿が現れた……と言うよりも待って居たのだろう。俺は警戒して一度立ち止まる。
相手は杖を握った長身瘦躯の男。服装からして高位の聖職者だ。顔の目から上を包帯のようなウィンプルで巻いてあるのも分かった。
「少年よ」
彼はゆっくりと、そして淡々とした口調で話し掛けて来る。
「君にはこの先、悪夢と言う悪夢が待って居るだろう。それが分かっていて尚、進み続ける覚悟はあるのかね?」
俺が沈黙する間、壁の松明どもがパチパチと音を立てる。相手のことはよく知らないが、きっとローレンスの生き様を重く捉える人物なのだろう。それには相応の答えというものが必要だ。俺は少し考えた。ただし、決して悩みはしなかった。
「……もし神が居て、この世で一番過酷な人生を俺に用意していたとしても、俺はその運命に立ち向かう」
「偉く大袈裟じゃないか。口が達者な者ほど臆病だと言うが、どうなんだね?」
「
母さんも生きてはいないだろう、アシュレイも死なせてしまった。シルビアにも辛い思いをさせて、ローレンスに至っては言うまでもない。
「ここで逃げることは、あの人たちへの冒涜だ。俺はそこまで恥知らずじゃない! 誓ったんだ、邪魔するならあんたもここで斬る!!」
俺は背負っていたローレンスの大剣を抜いて、男に向けた。我ながらたどたどしいとは思うが、この構えは脅しなんかじゃない。堅い信念がこの柄を握っているのだ。
「そうか……いいだろう」
そう言って男は動き出す。何かするのかと思い、俺は身構えたが、彼はむしろ扉を開けてくれただけだった。
「行って来るが良い、地獄へ」
そう言って男は俺を
まるで「悪夢」に
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
ローレンスの大剣
ローレンスから託された一振りの大剣
それは彼の弔いたる意思の象徴でもあった
丁寧な意匠も見て取れるが、今やすっかり
ただ、これは剣が永い年月を生きたことの裏付けでもあり
故に遠く険しい運命を共に旅する味方なのだ
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