第7話 子育て計画 (?)

 俺がその喫茶店に入って長くないうちに、彼女はやって来た。

艶やかで薄い金色の髪を揺らす姿を見ると、どうしても「あの人」のことを思い出す。

それもその筈、彼女はあの人の実妹なのだから。

初めて会った頃はまだあどけない雰囲気を残していたが、今やすっかり一人の母親らしい大人の風貌になっていた。


「久し振り、ローレンス」


彼女は迷わず俺の居るテーブルまでやって来た。

(俺の体が大きいから目立っているのは否定しない)


「突然呼び付けて済まない、マリア。応じてくれた事、感謝する」

「そう硬くならないで。相談ならいつでも乗るし、あなたの方から折り入って頼みがあると言うんですもの。無下にはできないわ」


マリアは席に着き、俺の手元にあるものと同じコーヒーを注文する。


「……私、このコーヒー好きなの」

「知っている。俺も君の姉・・・から勧められたのだから」

「そんな言い方やめて。あなたの妻・・・・・よ」

「俺にはそんな資格――」


あの人の話になるだけで酷く沈んだ気分になる。

俺の口から悲観的な言葉が流れ出てそうになったところを、マリアは声を大きくして遮った。


「あぁ~、この話一旦無し! 私が何を言いたかったかというと、息子のこと」

「……ルドウィーグといったか」


その甥とは、彼が物心付いたかどうかという頃に一度会ったのみだ。

今は何歳かと考えていると、丁度マリアが教えてくれた。


「うん。もう15歳になって、私にこのコーヒーを淹れてくれるぐらいには大人びちゃってさ」

「この豆の良さが分かるとは、中々だな」

「そうなの~、良かったらいつか会ってくれない?」


俺は人と関わる事を避ける癖がある。

マリアはそれを知ったうえでのダメ元を口にしたのだろう。

だからこそ、彼女は俺の返事を聞いて驚いていた。


「遠からずそうなるかも知れん」

「え? 誘っておいて何だけど、何か気になることでも出来たの?」

「あぁ。少し状況が変わってな……」


このタイミングでマリアが注文したコーヒーが運ばれて来た。

ここからの会話は部外者に聞かれたくなかったので、「ごゆっくりどうぞ」という言葉を残してウエイターが去るのを待ってから俺は小声で本題に入る。


「女の子を一人養うことになった」

「その言い方だと、弟子ではないのね」

「あぁ、弟子はもう取らない。あの子には――シルビアには弔いとは無縁でいて欲しい」


その名を口にすれば呆れられると思った俺は、覚悟して真意を打ち明けたところ、マリアは「仕方無いな」という困ったような笑みを浮かべて


「それで?」


と一言。

彼女は俺の辛い過去を掘り返そうとはしなかったし、諦めの悪い罪滅ぼしも咎めようとしなかった。

実に配慮深く、寛大なその態度にはいつも救われている。

お陰で俺は心置き無く続きを話す事ができた。


「俺のもとで暮らしていると、他者との関りが少ない」

「そうよね。普通の子・・・・を育てるには、弔いの生活は孤立し過ぎている……学校なんかに通わせるのはダメかしら?」


ありがたい提案だが、できることなら最初からそうしている。

孤児院に限らず、教育施設や福祉施設といった公共のものは殆ど教会連盟の息が掛かっているから避けねばならない。


「実は、孤児院で実験対象として目を付けられていた子なんだ」

「少し前、火事があったっていう所の?」

「あぁ。その時に俺が勝手に救い出しただけで、公には消息不明という事になっている筈だ」

「えぇ……これはまた難儀ね」

「そこでというか――だからというか、君の所で『家族以外の人間関係』というものを教えてやって欲しい」


マリアはすぐには首を縦に振らず、顎に手を当てて悩んでいる。

俺はダメ押しとして


「この通り、互省だ!」


とテーブルに額が付くまで頭を下げた。

シルビアの為ならば、有って無いようなこのプライドなど造作も無く捨てられる。

俺はマリアから返事があるまでずっとそうしているつもりだった。


「……顔を上げて。ローレンス」


穏やかな声に告げられた通り姿勢を元に戻すと、マリアは上品な手付きでコーヒーを口にしてから俺に言った。


「良いわよ。家庭教師をやると思えばそんなに変じゃなし、私も息子も近頃ちょっぴり退屈していたの」


今度の彼女はうら若い乙女のようにいたずらっぽく、そして晴れやかに笑った。


「本当に恩に着るばかりだ」

「迷惑を掛けているなんて思わないで。そもそも、貴方たち・弔いが居なければ私たち庶民の生活は成り立ってないんだから、もっと胸を張ってちょうだい」

「わ、分かった」


あまり長時間弔いと居てもマリアに良いことなど無いだろうと思い、俺は話が終わったらすぐに帰るつもりだったのだが……

弔いだからと言って卑屈になるなと言われた以上、あまりはやく席を立つのは失礼だ。

俺は取り敢えず、残っているコーヒーをゆっくり口にした。

時間稼ぎと言われたらそれまでだが、幸いにもマリアは別の話を持ち掛けてくれた。


「そうだ! その『シルビア』ちゃんとの顔合わせ会として、一緒にこんなのどうかしら?」


彼女が鞄から取り出したのは、三枚のチケットだった。




 憑き物は月夜・・にしか活動しない。

言い換えれば、憑き物の活動時間は

月の満ち欠けに伴う月の出・入り時刻の変化に影響されるということだ。

満月は夜通し空に姿を現すため、憑き物が最も蔓延はびこる。

一方、下弦の月などは一晩中というわけではなく、上弦の月などは宵の短い時間だけだ。

更に、新月の前後ならそもそも昼間に月が昇り終えてしまうため、心配が一切無い。

 今日はそういう日だったので、弔いも業務が無く、三人で夕食を囲む事ができた。


「ご馳走様~」

「ご馳走様でした」


二人が食事を終えると、俺は懐から三枚のチケットを取り出して見せた。


「これは……」

「コンサートのチケットみたいだよ、シルビア。師匠にこんな趣味ありましたっけ?」


早速アシュレイが喰いついて来た――が、これはすり合わせておいた演技だ。

台本に従い、次は俺が軽く事の経緯を説明する。


「知り合いから誘われた。いつもなら断るんだが、シルビアが興味を示すかも知れんと思ってな」


この言葉とは裏腹に、シルビアを連れてコンサートに行く事は既にマリアと約束をしている。

しかし、それをシルビア自身に知らせるつもりはない。

本人の為とは言え、

まだ俺とアシュレイ以外の人間を信頼できないこの子を「もう決まったことだ」と言って半ば強制的に他所へ送りでもすれば、それこそ孤児院に捨てた時の沈痛を想起させてしまうだろう。

今回はさり気なく誘導し、好印象を与え、自発的に外の世界へ触れてもらう計画だ。それでアシュレイにも協力を仰いだというわけだ。


「確かに、まだ音楽に触れた事は無いので気になります」


心做しか、シルビアは目を輝かせているように見えた……ひとまず第一ステップ成功だな。


「なら決まりですね、師匠。明後日の昼頃、このコンサートに行きましょう」

「待ってください、私の髪は人に見られるとまずいのでは?」


シルビアの心配は尤もだ。

孤児院では研究対象として目を付けられていたようだから、脱走者として教会連盟が捜している可能性がある。

銀髪翠眼という外見的特徴は非常に珍しいので、見つかれば容易に特定されてしまうだろう。

だが……


「心配するな、その知り合いには織り込み済みだ。周囲への隠し方もゴマンとある。それに、俺たちが付いている」


そう言うと、シルビアは首を縦に振ってくれた。


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