第6話 責任を持って

――ローレンス視点から開始―――――――――――――――――――――――――


 俺はあること・・・・を思い立ったのだが、肝心のシルビアが見当たらない。

久しい間ガラス張りの棚の中にあった小箱をポケットに忍ばせながらうろついてしばらく。

工房を覗くと、アシュレイが弓矢を整備していた。


「アシュレイ、」

「どうしました? 師匠」

「シルビアはどこか分かるか?」

「ガーデンテーブルのところで本を読んでたと思います」

「そうか、助かる」


俺は回れ右をして今度は庭へ向かう。

旧診療所ここの庭はちょっとした球技の1コートくらいはある。

ただでさえ周りには荒れ果てた家屋しかないというのに、その庭まで殺風景では良くないので、芝生や花壇の手入れはしている。

とは言え、気休め程度でしかないうえ、春になったこの頃でも若干肌寒い。

あんな所で本を読むとは、シルビアもそれで良いのだろうか。

そこくらいしか読める所が無いというのであれば申し訳無い限りだが……



 扉を開けて外に出ると、中々綺麗な水色の空を仰ぐ事ができたが、やはり空気が冷たい。

そもそも廃屋街自体が防壁街の地形のせいで陰になりやすいので、昼過ぎになっても気温が微妙なのだ。


 ガーデンテーブルの所にはしおりの挟まった本が置いてあるだけで、シルビアは座っていなかった。

だが、すぐ近くで気配がするので心配無用だ。

茂った植え込みの方に目をやると、常磐ときわ色のスカートが――あの子の下半身がこそこそと動いていた。


(頭隠して尻隠さず、か?……)


俺は黙ったまま診療所の壁にもたれてシルビアを観察していると、すぐ近くの窓が開いてちゃっかりアシュレイが顔を出した。


「最近、猫が来るんですって」

「そういうことか」


あの子はまだこちらに気付いていないらしい。

随分夢中になっているのか、


「あ、来てくださるんですか?」


などと猫に話し掛けている。

ようやく植え込みから出て来たシルビアの手中には白い毛並みの猫が居て、俺やアシュレイに気付かないまましばらく戯れていた。

アシュレイは目を細めてその様子を眺めながら呟く。


「可愛いですね」

「……そうだな」

「フフ、どっち・・・がですか?」

「うるさい」


俺はアシュレイに弱いゲンコツを入れて、良い加減あの子に歩み寄った。


「師匠」


シルビアはようやくこちらに気付き、マフラーを翻しながら振り向く。

いつ見ても儚げで、実にうるわしい子だ。


一本一本繊細で、輝きすら放つ銀の髪。

雪のごとく純白かつ、磁器のごとくきめ細かい肌。

どこまでも深く、鮮やかな翠色をした双眸。

そんな左目の下には堪らなく愛おしい涙黒子ぼくろも控えている。

体つきの方は、もう少し幸せ太りしてくれてもいいのだが、理想的な華奢といったところ。


およそ人間離れした美貌を前にすると、自然に肩の力が抜けて来る。


「楽しそうで何よりだ」

「見ていらしたんですね」

「……猫が好きなのか?」

「はい、とても愛らしいので」


引き取って間も無い頃は、憑き物から生まれたが故に何の障害があってもおかしくないと、覚悟していた。

が、この子の発育は正常で、様々なものに興味を示している。

それからシルビアは、俺に笑みかけて


「よければ師匠も撫でてあげてください」


と、脇を抱えた白猫のことを俺の方に差し出した。

その猫はもう疲れ、されるがままといった様子であり、困ったような目つきでこちらを見つめている。

……取り敢えず、俺はシルビアの頭を摩った。


「え? し、師匠⁉ 私ではなくて――」

「髪に葉が付いていた」


頬を赤らめて動揺している彼女の態度は置いておいて、今度は猫を受け取る。


「それと、猫はこう抱いてやれ」


猫が俺の腕の中で丸まって落ち着いている様子に、シルビアは目を丸くした。

先程猫と戯れていた様子……シルビアが嬉しそうなのは何よりだが、少々一方的なじゃれに見えたので、教えておきたかったのだ。


「愛しいものに対して色々と求める気持ちは分かる。だがな、相手の心も考えて優しく接するものだ……猫に限らず、人も同じだ」


この子は心が欠落してなどいないが、見た目年齢の割に感情表現・制御に慣れていない節がある。

この先どう育ててやれば良いだろうか。

俺が密かに悩んでいる一方で、シルビアは何か気付いたかのようにこう問うた。


「……師匠が私に優しくしてくださるのも、私を愛しいと思うからですか?」

「!?」


ま、待て。

これではまるで、俺がシルビアにからかわれているようではないか!

アシュレイも大笑いしている。


「おい! お前が何か吹き込んだのか?」


あいつは笑うのを止めない。

あぁ……もういい。


「シルビア。もし飼うなら、最後まで責任を持って面倒を見ろ」

最後・・?」


純粋無垢な眼差しのシルビアにそう聞き直されて、俺はハッとした。


「……いや、今のは忘れろ」


とても俺が言える話ではない。

余計なことを口走ったせいで、色々と狂ってしまった。

このポケットの中身である髪飾りを渡すのは、また今度にしよう。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翠宝石の髪飾り

シルビアに贈られた小さな髪飾り

狩りへ出掛けるローレンスは、家に留まる愛娘にこれを持たせた

「必ず帰って来る、これがお前の下にある限り」との思いを込め、

自分が居なくとも安らかに眠れるように

しかし義娘ぎじょうは彼の背を追い、夜の闇に足を踏み入れた


 シルビア、キャラクタービジュアル

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093074029150222


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