第4話 孤児院 前編


 銀髪の少女はあの後、そのまま孤児院のシスターたちに保護された。

シスターたちは孤児たちの世話をする立場にある……少女はそういった普通のことを洞察するだけの知能や、言葉を既に持っていた。それでいて、ドリフト諸島の特殊な事情についてはまるで無知。

シスターたちからしても、月夜の間に人知れずここへ来た少女というは謎めいた存在であり、丁寧な事情聴取が行われた。

とは言え、どういう訳かは本人にも分からないので、「記憶障害者・或いはそれを伴う島外からの来訪者」と予想されてしまった……まさか憑き物の子であるなど、誰も思いはしないように。



 孤児院には四人の大人が居た。

マザーと二人のシスター、それから用心棒だという壮年の男が一人だ。


少女を最初に発見したのはシスター・マーガレットという物腰柔らかな人だった。困惑している少女を積極的に助けてくれようとする親切心もあるが、それ故に他の子供たちからも引っ張り凧である。

一方、もう一人のシスター・クローディアは少女のことをたいそう迷惑そうに扱い、眼鏡越しに睨みつけて来る。その警戒した態度はあまりにも露骨だったため、少女はドリフト諸島で月夜を彷徨うという行為がどれほど不味いことか、少しは理解した。

 ただ、少女にとってはクローディアよりもマザー・フリーダの方が怖かった。というのも、彼女の事柄に関して動揺せず、誰と接してもまるで態度が変わらない。だが、そのように人に興味が無さそうな割には、少女に対して異様に詳しい情報まで求めるのである。孤児院で必要とは到底思えない業務を淡々とこなす様はどことなく不気味だ。

 「孤児院らしからぬ」と言えば、用心棒の男こそ当てはまる。

マザーからの事情聴取も一通り済んだ少女は、部屋の隅のソファーに腰掛けている男に話を聞いた。


「あの……」

「あぁ、君か。何か用かな?」


男は少女に隣に座るよう合図した。


「お訊きしたいことがあって……この地域というか、【ドリフト諸島?】は治安の悪い所なのでしょうか?」

「そうだなぁ……治安というか、病気が蔓延はやっているのさ」

「病、気?」

「その病気は――いや、祟りは人をおぞましい憑き物に変えちまう」

「その憑き物というのは、怪物のようなものと考えていいのでしょうか?」

「あぁ。色んな獣の姿をしているんだが、絶対的な夜行性である事だけはみ~んな同じなんだ。君がシスター・クローディアに嫌われてるのは、感染を疑われてるからだ」

「そういうことだったんですね……」

「孤児院っていう場所に不似合いながいるのも、万が一の備えだ」


大方語り終えたところで、男は少女に茶を淹れ、カップを渡した。

それを受け取った少女は、水面を見詰める……映っているのは確かに人間だった。

しかし、この島ではその当たり前が簡単に崩れ去る。誰も自分が憑き物でない事を証明できない。

彼女は思い詰める内に、自分という存在について自信を失って行った……生まれて初めての明確な感情は「心細い」になった。


「まぁ、今日は聖誕祭だ。君は髪の色的にも人種は違いそうだが、今生きている者だけでも幸せに過ごそうじゃないか」


今日の晩餐に向けて部屋を飾りながらも、じゃれ合う微笑ましい子供たちを眺めて男はそう呟く。


「……はい」


少女はゆっくりと茶を口にした。




 日が暮れて間も無くの頃。少女が廊下を歩いていると、マザーが一人で話しているのが聞こえた……部屋で通話機を使っているのである。


「第二孤児院のフリーダです。はい、先生・・に替わって頂けますか?」


少女は気になり、聞き耳を立てると、辛うじて相手側の声も聞き取る事ができた。


「もしもし?」

『ああ。私だ、フリーダ』

「ご無沙汰しております、先生」

『構わんよ。何かあったのかね?』

「はい。今朝、敷地内で一人の少女を発見しまして、その子が色々と特殊なんです。特徴からして【聖血】かも知れません」

『その言い草だとまだ調べてはいないのかい?』

「はい、血性検査の手配はまだです。ですが、可能性はあるかと」


少女にとって、またしても新出単語が……「ケッセイ」と「セイケツ」。

馴染みの無い言葉ばかりで溜め息が出るが、マザーが自分のことを連絡しているのはすぐに解った。


『そうだな……取り敢えず、こちらに連れて来てくれないか?』

「……承知しました、では速やかに彼女をそちらへ」


(もしかして、どこかに連れて行かれる⁉)


きちんとした手配かも知れないし、悪企みかもしれない。

だが、いずれにせよ少女はまだここを離れたくなかった……黒尽くめの大男に会いたいと思っていたのだ。

少女が不安と焦燥で右往左往していると、後ろから冷たい声が飛んで来た。


「あなた、何してるのよ」


相変わらず刺々しい物言いは、シスター・クローディアだった。


「えっと……」

「チッ、もういいわ。早く退いて」


シスターは吐き捨てるように言って、少女とすれ違った。

ただ、その両手で盆を持っており、その上には水の入ったコップと薬の瓶が乗っていた。


「……どこか悪いんですか? 私が配慮に欠けていたなら、ごめんなさ――」


少女はシスターとの関係を悪化させたくなかったので、誠実に向き合おうとしたのだが、むしろ何を言っても気に障ってしまう相手だ。

彼女の言葉は敢え無く、食い気味に否定されてしまった。


「私じゃないわ、マーガレットよ。あなたみたいなお荷物が来て、疲れたんでしょうね……それとも、変な病気を移されたのかしら」


純粋にシスター・マーガレットの心配をしたいだけだったのに、クローディアはきつい嫌味を残し、用のある部屋へ去って行った。



その部屋から耳をつんざくような咆哮が轟いたのは直後のことだ。






・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――


 通話機

島の遺跡群から発見される「共鳴の鈴」を先進国から持ち込まれた試作品に組み込んだ通話機

まだドリフト諸島が封鎖される前

諸外国との貿易・交流が文明の可能性を広げ、数々の発明がなされた

普及率はそう高くないが、これはそうした物の一つである


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