第36話 解決

夢──の中ではなかった。

おそらく神域と呼ばれるような場所。

私は伊吹童子に無理やり神域まで意識を飛ばされたのだ。

全く、神というのは恐ろしいものだ。

私はどうにかここから逃げなければと思いながらも、伊吹童子から目を逸らさない。


「ようやく来たか、嫁よ。」


いや、何言ってるのかなこの神様は。

角を生やしているものの、人の形をした神様だった。

あんまりにも年を取っているものだからボケ始めたのかな。

貴方の嫁になったつもりは全くもってないのですが。


「何を言っているのかわかりません。」


私はそうハッキリと言った。

本当のことだし、間違ったことは言ってはいない。


「は?今、なんと申した?」

「仰ってる意味が分からないと申しました。」

「何を言っておる。其方は儂の嫁だ。」

「貴方がそう思っているだけでしょう。私は承諾していません。そして承諾する気もありません。」


ここに守護者の誰かが来てくれるまでの辛抱だ。

私は会話でなんとか時間を稼ごうとした。


しかし、その考えは甘かったと言える。


グイっと顎を掴まれた。

一気に距離を詰められたのだ。

結構遠くの距離に居たというのに、神域だからなのか好き放題できるらしい。

でも私はあくまでも態度を崩すことはなかった。


「あまり調子に乗るなよ、人間風情が。」

「人間に恋をしたくせに叶わなかった人に言われたくないです。」

「ほお。よく言いよる。なら、その傷を其方で癒してもらおうか。」

「代わりなんていくらでもいるでしょう。私に巫女を重ねるのはやめてください。」

「貴様…。」


神の睨みはとても怖いものだけど、怨鬼神から伝わってきた怨念に比べたら可愛いものだ。

私は淡々とその睨みを見つめるだけだった。


「肝が据わっておるな。」

「お陰様で。」


伊吹童子は私にキスをしようとした。

どうにか私は自分の唇を両手で覆って隠す。

ますます熱が入ったのか、その覆っている両手にまずキスをした。

何度も何度も、飽きるんじゃないかってくらいキスをしてきた。

手がふやけてしまうんじゃないかってくらいされて、私は少し気持ち悪くなった。


(そろそろ誰か来てーーー!!!!)


限界が、近づいてきていた。



「そこまでです。伊吹童子。その方を返してもらいます。」



聞き慣れた、優しい声が聞こえてきた。

南雲さんの声だった。


振り返れば、阿南くん、西谷くん、東野くん、北山くんも一緒に居た。

全員で私のことを助けにきてくれたらしい。

これは後できちんと礼を言わなくちゃなと思った。


「皆さん…!!」

「その方を離してもらいましょう!」


南雲さんの声を筆頭に様々な神が召喚された。

神様に詳しくない私は何の神様までかは分からない。

この場は伊吹童子の神域だというのに召喚することができた神々。

きっと格というものが違うものなのだ。

それだけは分かった。

伊吹童子は焦る。


「貴様ら…ここで食い尽くしてやる!!!」


守護者たちに恐れも何もない。

私を取り戻す為、自身の守護神を操り伊吹童子に攻撃を仕掛ける。

その様子を私は黙って見ていることしか出来ない。

ここで動いたら、巻き込まれるかもしれないからだ。

戦闘能力がない私でもそれくらいはわかる。

私は胸元をギュッと握りしめてことの顛末を見守った。


勝者は守護者たちだった。

私は無事、彼らの元に戻ることができた。


「皆さん、ありがとうございます。」

「お礼なんかいりません。あんな風に持っていかれるとは私自身も思っていなかったので…失念していました。申し訳ありません。」


今日の守護担当の南雲さんが私に頭を下げた。

私は慌てて頭を上げるように言った。


「結果オーライってことで、気にしないでください。」


そう言って笑顔を作って見せた。

守護者の皆は私のその顔を見て、頬を赤らめていた。


ちょっと単純過ぎない?

私はそっとため息をついた。


これにて伊吹童子の一件は解決した。

死亡フラグが一気に折れて良かったと心から思えた。

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