第26話 伊吹祭り

祭りが、始まった。

私は巫女服の正装姿にお手伝いさん達に手伝ってもらい、もう一度なる。

時間になるまで私は神社にて待機だ。


「緊張していますか?」


京子さんが尋ねてくる。

私は頷いたが、


「大丈夫です。私は1人じゃないって分かってますから。」


そうなるべく力強く言った。

自分に言い聞かせる為でもあった。

強がってみたけど不安が全くないわけじゃない。

頼もしい仲間はいる。信頼だってしている。

でも失敗する未来だってあるかもしれない。

誰だって未来はわかるものではないのだから。


それでも、逃げて良い理由にはならない。


私自身が何よりそれを許さない。

恐れも何もかもから私は立ち向かいたい。

自分しか出来ないことなら尚更だ。


屋敷から見える空を見る。

相変わらずオレンジ色に染まっている空に、黒い雲のようなものが覆い被さっている。

天気は快晴のはずなのにとても不気味な光景だ。


(あの雲そのものが怨鬼神の一部なのか…)


私は深呼吸をした。

身体が固まっていては神楽も舞えない。

村の新鮮な空気を吸い込んでいく。

肺に満たされ、全身に酸素が回っていくような感覚を覚えた。


ふと、声が聞こえた。



──どこにいる。



声が、聞こえた。



──我が妻はどこにいる。



声が、聞こえた。



──ここに居ります。



声が、聞こえた。



──ここに居るのです、どうか気がついて。



あぁ。と悟ってしまう。

この声は怨鬼神とその妻となるはずだった巫女との念話ということが。


怨念に囚われている彼は妻の必死な声が聞こえないのだ。

私にだけ、神代の巫女を受け継いだ私にだけ聞こえる声。


なんて悲しい声。

妻の方は涙声だった。

ずっと声を届けようとしていたのだろう。

どれほど必死だったのだろうか。どれほど涙を流したのだろうか。

でも、その声も願いも届くことはなかった。

怨念の方が強過ぎて、愛しい妻の声を聞くことが叶わないなんて、なんて皮肉な話なことか。


私の中にあった僅かな恐怖がなくなっていく感覚がした。

怖がっている場合じゃない。

2人をなんとしてでも会わせてあげなければ。


会って、叶わなかった夢を叶えてあげなくては。



力強く拳を握りしめた。



村人に見せる舞の時間になり、私は舞台場所へと移動する。

まるで歌舞伎を披露するかのような大舞台が設置されていた。

地鎮祭の最後を飾る砦。

失敗は許されない。でも大丈夫だ。

私には、これからしなくちゃならない使命があるのだから。



神楽鈴を持ち上げる。



シャン……シャン……


自身が鳴らす神楽鈴の音が響き渡るのを聞き届けると、舞を舞始めた。

円環を描くような舞が始まる。

動きは鎮めるための舞と同様に激しいものだ。

だが細部が違うのだ。

その動きの違いがわかるのは私を守護してくれていた守護者くらいじゃないだろうか。

京子さんは私に動きを教えた人物なので除外。


私は舞の動きにひたすら集中していた。


どうか、その魂が静まりますように。

どうか、その声が届きますように。

どうか、あなたの会いたい人と会えますように。


この動きにその力はないけれど、想いだけは届きますように。


怨鬼神に向けて私は願うように思いながら舞を続けた。














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