第20話 霊感があるということ

死んだ人間を救うことなど、出来ないと思っていた。

その無念を晴らすことなど、到底出来ることではないと。


だって、もうその人たちは生きていないのだから。


 でも、この世界は違う。

記憶が、意志が、今でも生き続けている。

ならば、私のこの霊感も役立つことができるだろう。

 今までずっと無視しかしてこなかったけれど。

もうあの無視をしなくていいのだと思うと、今まで無視してきた罪悪感に苛まれた。

少し、暗い気持ちにならざるを得ない。


(じゃあ、何か出来たかっていうと何も出来やしないんだけど。)


私が死人の想いを伝えたところで相手が信じなければ意味がない。

そして私が生きてきた世界は、ほとんどの人が霊感を信じることはない。

だから、この罪悪感は意味のないものだ。

分かっている。分かってはいるのだ。


それでも。


(何か出来たのでは、って思ってしまうんだよね。)


私はきっと、浅ましい人間なのだろう。

胸の痛みが消えることはなかった。




「何かありましたか?」


 南雲さんが、私にそう話かけてきた。

いつものように村の巡回をしていた時の話である。

私は少し気落ちしていて、それでも空元気を振りまいて巡回を続けていた。

 何故か、それがバレたらしい。

営業スマイルには自信があったのだが、ちゃんとスマイルに見えていなかったようだ。


「当たり前のことなんですけど、人間って無力なんだなと思いまして。」


何があったのかまでは言わずに胸の内を吐露した。

東野くんがあんな顔をしていたのだ。

村の隠された歴史を彼が知らないというはずがない。


「…そうですね。人間は基本無力だと思います。でも、貴女は無力なんかではありませんよ。」

「何故ですか。」

「無力だと思っている人ほど、誰かを助けていたりするものです。」

「……。」


 私が無視していたことが、霊にとって優しいことだったりするのだろうか。

それが、救いになっていたりするのだろうか。

南雲さんが私がこの世界の人間ではないということを知っているとは限らない。

 八百万の神々が彼にどれほどのことを話しているかは知らない。

だから、何も言うことが出来なかった。


「紅葉さん。辛い時は無理して笑わなくて良いんですよ。…貴女は霊感をひた隠しにして私たちとは違う世界で生きてきたんですよね。神々から聞いて知っています。」

「え…。」

「最初に出会った時から知っていました。知っていて、私はこのように貴女と話しているんです。」

「そう、だったんですか。」


目を思わず見開いてしまった。

てっきり、そんなことを言う人だと思わなかったからだ。

知っていても言わないような人だと私は勝手に思っていた。


「この村では少なくとも霊感があるからといって気味悪がる人間はいません。でも貴女は優しい人です。それがきっと、辛いのでしょう?ずっと霊の声を無視してきたというのに、今はしなくても良いということ自体に罪悪感があるのではありませんか?」


南雲さんの優しい声に少し泣きそうになる。

良い大人だし、そんなことくらいで泣いたりなんかしないけど。

でも、頼って欲しいと言う言葉を思い出して胸の内を吐露した。


「…そうです。正直、辛いです。罪悪感がとんでもなくあります。でも、無視してきた霊に何かしてあげられたかと言えば、何も出来なかったと思うんです。だから、私は霊感なんてものがあっても無力なだけだと思いまして。」

「考え方がとても謙虚なのですね。」

「そうでしょうか。」

「ええ。でも、その行為は良かったと私は思いますよ。霊にしてあげられることは、生きている私たちには何もありませんから。精々、言葉を交わす程度くらいでしょう。それが逆に傷つけることもある。だから、貴女のしてきたことは間違いではないと思います。」


その言葉に救われた気がした。

誰かに肯定して欲しかった。


今、見えている世界を無視していて良いのかということを。


ずっとずっと、母の言いつけを守り続けてきたけど辛かった。


誰にも言えないことがあるという事実があるということが辛かった。


だから、誰か。誰か、私と同じ世界を見える人に肯定して欲しかった。


歩く足が止まる。思わず下を向いてしまった。

地面が目から溢れ出す雫で濡れる。

まるで雨が降っているみたいだと、雫を流す私はそう思った。


ふわりと暖かさを感じる。

目の前が南雲さんが着ている着物の色と同じだった。

背中に手が回っていることに気がつく。

そうしてようやく自分が抱きしめられているのだと分かった。


「な、ぐもさん?」

「幸い身長は無駄に高いものでして。こうしたら、泣いているのが見えません。今だけは、思い切り泣いてください。もう、我慢する必要なんてないんですよ。」


あまりにもその言葉が優しくて。

心も温まるようだった。

私は子供のように沢山泣いた。



元の世界で、母が「もう言っても良いんだよ」と言われているような気がした。



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