第16話 神々の怒り
「もみじ…。」
西谷くんが厳しい目をしていた。
今、彼と私が思っていることは同じだと思う。
どういう神経で私たちに声を掛けているのだ、ということである。
散々迷惑をかけるようなことをしておいて今更何をしようというのか。
私は慎重に事の成り行きを見守った。
「この人に霊力を奪われたから怖かったんです…。」
八百万の神々の設定、またこの子は忘れている。
もうそんなものを信じていないのかもしれない。
京子さんが聞けば、どうなることやら。
確かに目に見えないものは信じないに限るけれど、この世界は別だ。
目に見えないものが真実となり得る。
そんな矛盾を孕んでいるのがこの世界なのだ。
そのことを、きちんと彼女は理解していない。
「そんな嘘はやめるんだ。君には見えない神々から聞いて俺らは君のことを知っている。」
「神様が意地悪しているだけです!この人と同じように!」
「失礼な発言をするんじゃない!」
「本当のことを言っているだけです!」
ザワッ…。
境内の空気が変わった。
私は思わず恐怖で震える。
両腕で自分を抱きしめていた。
なんでわからない、なんでわからない、なんでわからない。
この声が、この騒めきが、どうしてあの子には伝わらない。
神々が怒っている──
神代もみじの発言は神々を冒涜するものだった。
八百万の神々がそのせいで怒っている。
私は震えながらも神楽鈴を懐から出した。
鎮めなければ、私は神代の巫女だ。
唇を噛み締める。
もみじちゃんを庇うように西谷くんが彼女を抱きしめていた。
震えは相変わらず止まることを知らない。
神々を怒らせてはならないことはこの世界に来てからよく気配でわかっていたことだった。
だから発言や行動に気をつけていた。
それなのに元主人公の発言のせいでその苦労が水の泡である。
私だって怒りたかったが、それよりも恐怖が優っていた。
舞を、舞って鎮めなければ。
そう神楽鈴を握り締めた時だった。
後ろからふわりと良い匂いがした。
お香の香りだと思う。
それと同時に暖かさも感じていた。
後ろから抱き締められているのだと気づくまで数秒。
南雲さんが私のことを抱きしめていた。
「な、ぐもさん。」
「はい、私です。大丈夫です、深呼吸をしましょう。」
「は、い…。」
スゥと息をたっぷり吸い込む。
全身に巡るようにたっぷりと吸い込む。
そして一気に吐き出した。
「何度か繰り返しましょう。すぐに舞う必要はありません。まずは落ち着いて。」
言われた通りに何度か深呼吸をする。
…身体の震えはどうにか収まってきた。
私はもう一度神楽鈴を握り締める。
「南雲さん、お手数おかけしました。」
「これだけの神々の怒りです。無理もありません。私では頼りないかもしれませんが、どうか頼って下さい。」
最初はがっかりしたイメージを持っていた南雲さんだったが、実際に交流を深めるとそんなことはなかった。
とても思慮深く、頭の回転が早い良い人であった。
第一印象に囚われるのは良くないことだと反省する。
そんな彼だからこそ、私を落ち着かせることができたのだから。
シャン、シャン。
神楽鈴が鳴る。神を鎮めるために私は舞う。
以前にも唱えた大祓祝詞を唱えることにした。
長い長い祝詞を歌うように唱え、舞う。
神々が怒っているのが舞を通じて伝わってくる。
だがやめない。
この程度の責苦、巫女として舞うようになってから何度も味わってきた。
それに私は1人ではない。
支えてくれる守護者の皆がいる。
だから、怖がることがあったとしても今のように大丈夫だ。
やがて長い祝詞は終わり、舞も終わった。
周辺は静けさを取り戻していた。
神々はその怒りを鎮めた。
「紅葉さん!」
もみじちゃんの安全を確認してから、西谷くんが駆け寄ってきた。
申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません。辛い時は俺に言って下さいと言っておきながら…。」
「大丈夫だよ。南雲さんが来てくれたし。平気。」
今回の原因となった本人は1人取り残されて、こちらを睨んでいる。
私は睨み返す余裕もない。
はっきり言って、かなり疲れた。
精神的にも、肉体的にも。
「庇うのはさっきので最後だ。もう俺はお前のことなど知らない。」
「もみじさん。無知は罪ですよ。」
守護者の2人はそう言った。
私は安心したのか、腰が抜けてしまい地面に座り込んでしまった。
「紅葉さん!?」
「大丈夫ですか。」
「平気です。ちょっと腰が抜けて…。」
すると南雲さんが無駄な動き一つなく、私を抱き上げた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
重いと思うんだけど…。
でも男の人だし私よりは力があるから今は甘えさせてもらおう。
疲れた。
そうして私は気を失った。
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