第6話 説明の回

 正確には名前がなかった訳ではない。俺は小さい頃から『グレイス』と呼ばれていた。


 ただ、それだけじゃ分からないから、さっき思い出したばかりの自分の記憶を整理してみる。


 小さい頃に母だと思われる女性ひとに聞かされていたのは、俺の父親は『ビル宰相』で『あなたは貴族のなの』と言われていたことだ。この情報を思い出した時にはよくぞ、今まで耐えてくれたと思った。


 前世の記憶を持ったまま『男の娘』として過ごすのはスッゴくイヤだ。


 じゃあ、なぜそうなったのかと言えば、ビル宰相の正妻が妊娠中にビル宰相の館でメイドとして住み込みで働いていた母がビル宰相を誑し込んでモノにした。そして、することをした結果、母は見事にご懐妊で、それが正妻にバレた母は館から追い出され、実家のある町に返される。


 そして、臨月で大きなお腹を抱えていた時にビル宰相の元に娘である『グレイス』が産まれたことを噂で聞くと、自分の大きなお腹に「あなたはグレイス、あなたはグレイス」と聞かせ続けたらしい。


 それから正妻に遅れること二ヶ月後に俺はこの世に生を受けることになるのだが、股間には娘にあってはならないものがあった。


 それを認めた母は半狂乱になったそうだが、最終的には「関係ない」と俺が男であることをひた隠し、俺も洗脳されていたのか股間のブツが小さかったのか、女の子としてなんの問題もなく過ごしていた。


 その間に母は地元の商家と再婚し、俺もそこで一緒に過ごすことになるが、ある日宰相の家から使いがやって来た。


 俺は詳しくは聞いていないが、どうやら宰相の家で俺の面倒をみるから、大人しく差し出せと言われたが、そこは商家らしくタダで俺を引き渡さずに商取引をいくつか成立させたと聞いている。


 そして母と継父からは「元気でね」の一言だけで馬車に乗せられ、宰相の家に連れて行かれると、直ぐに遺伝子上の父であるビル宰相の前に連れて行かれた。


 その時、俺は当然の様にスカートを履いた男の娘ルックだったのだが、宰相は娘とだけ聞いていたので何も不思議には思わなかったのだろう。ただ、一言「似ているな」と呟いた後は、メイドに風呂で清めろとだけ言うと、俺は風呂場へと連行された。


 いくら俺が洗脳され女の子だと思い込んでいたとしても俺の股間には小さいながらもその存在を主張するモノがあったのを世話を任されたメイドが発見してしまい騒動になる。


「宰相様! あります!」

「何事だ! あるとはなんのことだ?」


 俺を風呂場に連行したメイドが宰相の部屋を乱暴に開けると同時にそんなことを叫ぶが、宰相としては何を言っているのかが全く分からない。


「宰相様。女の子だと聞いておりましたが、着いておりました。間違いなく男の子です。いえ、正しくは男の娘でしょうか?」

「何を言っているのか、分からないが。要は男だったと言うのだな」

「はい……どういたしましょうか?」

「切ることは出来るのか?」

「え?」


 この時、宰相は「切ってしまえ」と言ったらしい。だが、そこでメイドはマズいと思ったのか、それは悪手だと言い張る。


「ほう、たとえば?」

「そうですね。切ることは出来ますが、その傷が元になり、性格に支障が出るかもしれません。後は今まで女子として、育てられているのであれば、そのまま女子として育ててはどうでしょうか」

「ふむ、それもそうだな。分かった。だが、この件は館の者以外には決して口外しないように言い含めておくことを忘れぬようにな」

「はい。承知しました」


 ここで俺が『男の娘』として生活していくことが決まったのだが、そもそも俺が呼び出されることになった理由があるハズだが、まだこの時には教えて貰えなかった。


 俺が教えてもらったのは、見た目俺と全く一緒で鏡映しとしか言えない存在である姉グレイスに会った後だった。


「あなたが妹グレイスなのね。初めまして。私もグレイスなので、あなたのことは妹グレイスと呼ばせてもらいますね。私のことは姉グレイスでも姉様でもお好きな方で呼んでね」

「え、えっと……じゃあ、お姉さま?」

「ハイ! なんでしょうか」

「お姉さま!」

「ハイ! うふふ」


 この時は姉と呼ぶことを許してくれた姉グレイスを本当にいい人だと思った。そして、この人を助けることが出来るのならとも思った。


 では、何から助けるのかというと、姉グレイスを一目で気に入ったというこの国の王子であるウィリアム王子から見初められ婚約をお願いされているが、宰相という立場から王家に対し断る訳にもいかず、困っていたところにグレイスそっくりな娘がいると噂を聞いて、俺に白羽の矢が立ったらしい。


 しかも、宰相は小さいながらもウィリアム王子の何かを感じ取っていたらしく、どうにか婚約破棄出来ないか、もしくは娘である姉グレイスを傷物にすることなくすますことは出来ないかと日々考えていたところで俺の噂を聞きつけ今に至るということだ。


 それから俺は姉グレイスの影武者となるべく貴族としての礼儀作法から始まり、貴族令嬢としての恥ずかしくない仕草や教養を叩き込まれることとなる。


 学園でも入れ替わりがバレないようにと俺が主となり学園生活を送っていたが、少年期を迎えた俺と純粋な女子である姉グレイスとは体格的に大きく変わってくる。姉グレイスは小さく柔らかな存在だったが、俺は大きく固くなっていった。


 成長期の声変わりはまだなかったが、少しずつ喉仏が出てきたのは分かったのでなるべく喉元を隠す服を好むようになった。


 そして胸も膨らむことはないので、当然のように詰め物をしていたのだが、ひょんなところでユミル嬢にその詰め物を拾われ、今に至ると言う訳だ。

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