第5話 元はイヤだな
『今日中に屋敷から出るように』と、遺伝子上の父であるビル宰相に言われている。この指示を守らない場合はどんな強硬手段に出られるのか分からないので、大人しく言うことを聞くしかないのだが、既に日は落ちているほぼ真っ暗な町に出なければいけないのかと少し不安になる。
館の玄関から一歩外に出ると、やはりほぼ暗闇だ。ここは日本とは違うのだから当たり前だけど、ここから更に一歩踏み出すには勇気がいるなとか思っていると、さっき別れの挨拶を交わしたハズのフィリーが俺の服の袖を摘まんでいた。
「これで『今日中に館を出る』とビル様との約束は果たしたことになりませんか?」
「え? フィリーどういうこと?」
「ですから、館を一歩でも出たのですから、ビル様から言われたことは遵守したと私は思いますが?」
「いや、それは『屁理屈』というものでは?」
「屁理屈も理屈の内です。さ、今日はもう遅いのでこちらへ」
「いや、こちらへってどこに?」
「……私の部屋です。もう、言わせないで下さい!」
いや、言わせないでと言われても分からないよね。それで何を当然の様に俺の手を引いて先を歩くのかな。色々と聞きたいことはあるが、部屋に泊めてくれるのであれば正直有り難いので、今は文句は言わないでおこう。
「こちらです。お入りください」
「ああ……」
フィリーの部屋に入る。男の部屋と違った匂いに包まれている。思わず鼻腔が広がっている気がする。
「あの……あまり匂いを嗅がれると恥ずかしいので」
「あ、ごめん」
いきなり異性の部屋に連れ込まれ、どうしていいか分からずにいると、フィリーにベッドに座らせられ、その隣にはフィリーが座ってくる。
『あ、この展開はヤバい』と頭の中で警報が鳴ると同時に『ここまでした女子に恥を掻かせるのか』とも頭の中から俺に語りかけてくる。
『理性』が『リビドー』に勝てるのか、いや勝てるはずだと思っていた自分を笑ってやりたい。はい、負けてしまいました。
朝になり、気が付けば横にはシーツ一枚を上に掛けただけのフィリーがすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。
今なら朝も早い時間帯なのでほとんど人目に着かずに出て行けるだろう。だが、このまま部屋をあとにするのは、あまりにも薄情に思えたのでベッド脇のテーブルにフィリーに対する今までの感謝とこれからのフィリーの幸せを願うと一筆添えたメモを残して部屋を出る。
フィリーを起こさないように部屋を出てから、誰にも会うことないように注意しながら館の裏口から出る。
館を出てから、どこに行こうかと思案するが、生まれ故郷に帰っても母から疎まれるのは分かっているので選択肢からは外す。だが、『生まれ故郷』という選択肢がなくなると俺はどこに行けばいいのだろうかと考えていると、一人の男がソソソッと近付いて来た。
「元グレイス様ですよね?」
「なんのことだか。人違いだよ」
「いえ、ユミル様よりお伺いしています。どうか、私に着いてきていただけないでしょうか」
「ユミル? ああ……」
不審な男から『ユミル』と言う名を聞かされた。俺の記憶通りなら、ユミルはシュガッテル帝国からの留学生で第二皇女だ。
「俺が知っているユミルだという証拠はあるのか?」
「はい。『私が見たことは誰にも言ってない』のが証拠だと窺っております」
「あ~もういい。確かに俺が知っているユミルのようだ。分かった。案内してくれ」
「はい、承知しました。それでは、後ろから着いてきている方はお仲間ですか」
男は懐から光る物を俺に分かる様に見せながら聞いてくる。
「いい。構わなくても大丈夫だろう。帝国が相手となればおいそれとは手も出せないだろう」
「承知しました。では、このまま一緒に参りましょう」
「ああ、お願いする」
男の案内に従い、着いた先はシュガッテル帝国外交官の屋敷で、確かユミルが滞在している屋敷だ。
男は門衛に二言、三言告げると、一人が屋敷に走り出す。
「では、参りましょうか」
「ああ」
屋敷の正面に着く前に中から豪快に正面玄関が開け放たれる。
「お待ちしておりましたわ。元グレイス様!」
「ユミル様……どうして?」
「あら? どうしてとは、どういうことでしょうか。私はただビル宰相から捨てられ不要となった元グレイス様を拾っただけですが?」
「拾ったって……」
「ふふふ、元グレイス様。今は語彙力について論争する気はありませんわよ」
「なら、聞かせてくれないか。俺を拉致した理由について」
「あら、理由は先程話した通りですよ」
「え?」
「はい?」
俺の目の前でユミル嬢は首を傾げ、『何がわからないのかしら?』とでも言いたげだ。
「理由はなく俺を保護したと?」
「はい。分かってもらえましたか?」
「いや。だから、それが分からないんだけど?」
「困りましたね。元グレイス様に分かって貰うためにはどうすればよいのでしょうか」
「その前に」
「はい?」
「その『元グレイス』と言うのは止めて貰えないか」
「承知しました。では、なんとお呼びすれば?」
「あ……そういや名前がないや」
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