第9話 親の決意

「また、ここか……」

「今度はなんだ」

「お集まりですね」


 あるホテルの会議室、そこは以前にも少年達の両親が集められた会議室だった。そして、そこへいつかの弁護士がブリーフケースを手に入ってきた。


「皆さん、お久しぶりです」

「そんなのはいいから、また俺達を集めた用件を早く言えよ!」

「田口さん、そう興奮しないで落ち着いて下さい」

「落ち着いていられるか! こっちは、もう息子を養子に出す手続きまでしたんだ! 分かるか、お前に俺のこの気持ちが……」

「いえ、全く分かりません」

「巫山戯るな!」

「でしたら、田口さんは自殺された栗田菜摘さんのご両親のお気持ちはご理解されているのですか?」

「ぐっ……」


 ホテルの会議室にまた集められ、息子を養子に出す以上のことがあるのかと田口隆の父親が現れた弁護士に詰め寄れば、弁護士に自殺した娘の両親の気持ちを考えろと言われ意気消沈する。


「なんでだ……」

「はい?」

「だから、たかが強姦だろ! そんなことで……たかがそんなことで息子を追い出さなきゃいけないことなのか!」

「あなた、何を言ってるの!」

「うるさい! お前に俺の気持ちが分かって堪るか! 俺の息子だぞ!」

「あなたがそう思うように栗田さん達もそう思っているのでしょうね」

「……確かに息子達がしたことは悪いことだ。でもよ、たかが一人強姦したくらいで、ここまでする必要があるのかよ!」

「え?」


 田口の父親がでと言ったことに対し弁護士が少し不思議そうな顔をする。


「被害者が一人だと私は言いましたか?」

「あん? 何を言ってるんだ? だから、息子達が強姦して自殺したのは一人だろ。違うのか?」

「ええ、確かに自殺したのは一人ですよ」

「なら「ですから、ってだけです」……どういう意味だ?」

「だから、そういうことですよ」

「だから、それはどういうことだと聞いている!」

「あなた、いい加減にして下さい!」


 田口隆の父親は息子を養子に出す手続きまでさせた上にこれ以上のことがあるのかと弁護士に詰め寄る。それもたかが一人を強姦したくらいでとまで言ったことに対し、他の親達は俯いてしまう。特に女である母親達は田口隆の父親に対し露骨に嫌な顔をする。


 そして、田口の妻も我慢ならないと止めるように言うが、田口は聞こうともしない。


「お前は黙ってろ!」

「いいえ。黙りません。いいですか、弁護士の方はと言っているんです」

「だから、なんだ?」

「ですから、少し考えれば分かります。自殺した彼女以外にも被害者がいるとそう言っているんです。そうですよね?」

「ええ、奥様の仰る通りです」

「でもよ……」

「なんですか? 『強姦魔の父親の田口さん』」

「な、なんだよ! なんで、俺のことをそう呼ぶんだ!」


 弁護士が田口に対し『強姦魔の……』と枕詞を着けて田口を呼べば、田口はそれを聞いて激昂する。


「何を言ってるんですか。『強姦魔の父親の田口さん』」

「だから、なんで俺をそう呼ぶんだ!」

「何故って事実でしょ。『強姦魔の父親の田口さん』」

「止めろ! 頼むから、止めてくれ……」

「まだ、分かりませんか? あなたが私の依頼者の提案を断ると言うことはこれから、あなたを含め、あなた方家族に親族も含めた全ての方が『あの強姦魔の』と枕詞が着けられることになるんですよ。分かりますか? 『強姦魔の父親の田口さん』」

「ぐっ……ウソだ! そんなことにはならないハズだ」

「どうしてですか? 『強姦魔の父親の田口さん』」

「……お前も言ったじゃないか、息子達を有罪にすることは出来ないと! アレはウソなのか!」

「いいえ。ウソではありませんよ。『強姦魔の父親の田口さん』」

「なら、なんでそんな風に呼ばれると言えるんだ!」

「それは、ネットに公表するからですよ。『強姦魔の父親の田口さん』」

「ネットに?」

「ええ、そうです。そうなるとあなたはいつまで会社勤めが出来るんでしょうね。『強姦魔の父親の田口さん』」

「「「田口さん!」」」

「あなた!」


 両拳を握りしめ歯ぎしりの音がしそうな程、歯を食いしばっている田口隆の父親に対し、他の親達が堪らず声を掛ける。先程から弁護士が言っているように何かある度に『強姦魔の』と着けて呼ばれるのは堪ったもんじゃないという思いがあるからなのだが。


「それは脅迫か?」

「なんのことですか? 『強姦魔の父親の田口さん』」

「だから、ネットに晒すってのは脅迫じゃないのか!」

「さあ? するのは私ではないので。よくある『正義の代弁者』かも知れませんよ。『強姦魔の父親の田口さん』」

「いい加減にしてくれ!」


 田口隆の父親と弁護士のやり取りを黙って聞いていた田中昌也の父親が口を開く。


「田口さん、あなたの気持ちは分かるが、私達まで巻き添えにするのは止めてくれ」

「田中さん、俺の気持ちが分かるのなら「分かるが、他の家族まで犠牲にするのは違うだろ!」……犠牲ってなら、息子が犠牲になるのはいいのか!」

「それは……自業自得だ。そう思うことで俺は……俺達は納得している」

「……」


 弁護士は両親達のやりとりに対し横から口を挟む。


「いいですか。私は以前にお話した通りあなた方、三家族の内、一家族でも合意しない場合は契約は無効とします。そうなった場合にはあなた方の息子さん達が行った行為が世間に公表される可能性があることをよくお考え下さい。特に『強姦魔の父親の田口さん』」

「ぐっ……」

「田口さん! あなた一人が呼ばれるのなら、俺も何も言わないが、ここにいる皆だけでなく親兄弟までもが『強姦魔』と呼ばれるんだ! その意味をよく考えてくれ」

「……分かった。分かったよ。それで、何をすればいい?」

「ご理解頂き有り難うございます。田口さん」

「「「……」」」


 田口隆の父親の暴走を田中昌也の父親がなんとか宥めたことで、田口隆の父親も興奮冷めやらぬ様子だが、両腕を組みドカッと椅子に座り直し弁護士に対し何をするのかと問い掛ける。


 弁護士はニヤリと笑うと小さなビニール袋に入れられた錠剤をそれぞれの家族の前に置く。


「なんだこれは?」

「睡眠導入剤です。それをこれから三日後の晩に食事に混ぜるなりなんなり手段は任せますが、ご子息に飲ませて下さい」

「睡眠薬か。これを飲ませてどうするつもりだ?」

「はい。眠らせた後は、それぞれ指定する場所まで運んで頂きます」

「あ?」

「聞こえませんでしたか。ですから「聞こえている!」……なら、なんでしょうか?」

「何故、そこまで俺達にやらせるんだ!」

「そうだ。連れて行きたいのなら、勝手に連れ出せばいいだろ」

「あ~」


 弁護士は田口の質問に対し嫌そうに答える。


「申し訳ありませんが、それは出来ません」

「何故だ。もう俺達がすることは何もないだろ!」

「ですから、あなた方以外の第三者が息子さん達を連れ出せば、それは略取誘拐として扱われる可能性があります。それは私の依頼者の望むことではありません。それに必要以上に人を使うこともありません。お分かり頂けますか」

「……」

「これがあなた方が親として最後の仕事です。あ、それと」

「まだ、何かあるのか」

「ええ、簡単なことです。いいですか、これはそれぞれのご家族単位でお願いします。いいですか、呉々も結託したりして二家族単位とかで動かないで下さいね」

「……理由を聞いても?」

「ええ。単純に目立たない様にしてもらう為ですよ。あなた方ご家族が纏まって動けばそれだけ世間の耳目を集めます。それは私の依頼人に取っては望ましくないことです」

「「「……」」」


 弁護士は「では」と短く挨拶すると会議室から出て行く。残された親達はそれぞれの顔を見合わすと誰となくゆっくりと立ち上がると一組ずつ会議室を出て行く。


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