第6話 家族の決意

「あら、田中さん。お久しぶりです」

「あ、浦田さん。ホント、お久しぶりです」

「あちらに田口さんもいますよ」

「え? ホントだ。もしかして、浦田さん達もそうなんですか?」

「田中さんも? それに田口さんもいるってことは……」

「まあ、そういうことなんでしょうね。まったく、あの子達は今度は何をしたのかしら」

「おい、いつまでここにいるんだ」

「あ、すみませんね。じゃあ、あちらへ移動しましょうか」

「ええ」


 あるホテルの会議室へと呼び出された田中昌也の両親が会議室入り口で、浦田健太の両親とかち合い、その母親同士で暫く立ち話をしていたのだが、子供達の付き合いなど考えたことも無い互いの父親がいつまでも話が尽きない母親に対し不機嫌そうに声を掛ける。


 そこで母親達も自分達だけでないことを思い出し、田口夫妻が座る場所の近くへと移動する。


「田口さん、お久しぶりですね」

「ええ、でも……」

「そうですよね、この三人が集まると決まってあの子達のことですものね。ハァ~今度は何をしたのかしら」

「おい、話が見えないんだが、どういうことなんだ?」

「……私はちゃんと都度都度報告していましたよ。あなたが聞いていないだけでしょ」

「そ、そうか?」

「そうです! 大体、あなたはいつもいつもそうやって昌也のことは私に任せっきりで「奥さん、そのくらいで」……ごめんなさい。とにかく、今日はちゃんと付き合ってもらったことは有り難いですが、自分の息子のことだということはしっかり自覚して下さいね。頼みますよ」

「わ、分かったよ。それで、結局のところ何があって集められたんだ?」

「あ! ねえ、浦田さん、田口さんは何か聞いているの?」

「「……」」


 田中昌也の母親に話しかけられた二人の母親は揃って首を横に振る。そんな会議室に不意にノックの音が響き、その会議室の扉が開くと細身の仕立てのいいスーツに身を包んだ青年と言うには少し歳がいった感じの男性がブリーフケースを手に持ち入って来た。


「皆さん、お揃いのようですね。では、早速ですが始めさせてもらいます」

「ちょっと待て!」

「はい? え~と……」

「田中だ。田中昌也の父親だ」

「はいはい、昌也君ですね。それで何かありましたか?」

「何かじゃない! 俺達をこうやって集めた理由を話してもらおうか。俺達もそうヒマじゃないんでな」

「それは今からお話ししますので、先ずは私の話を聞いて頂けますか? その後にあなた方のご意見を伺いますので」

「ふん! なら、さっさと聞かせろ!」

「あなた! もう、すみません」

「いえ、構いませんよ。では、今日集まって頂いた理由ですが、お母様方はなんとなくわかっていられると思いますが、ご子息のことです」

「やっぱり……」


 弁護士が田中昌也の父親に一瞬、詰め寄られるが弁護士もそういったことに慣れているのか、父親を軽く遇うと先ずは自分の話を聞けと椅子に座らせる。


 そして弁護士から言われたのは母親達が予想した通りに息子達のことだった。そんな弁護士の言葉に誰かが「やっぱり」と零す。


 弁護士は用意していたプロジェクターに自前のPCを繋ぐと、そのスクリーンにとある少女の遺書だと前置きしてから表示する。


「遺書だと?」

「ええ、そうです。少し前になりますが、あなた方ご子息が通う市立高校の屋上からある女子高生が投身自殺をしました。ご存知ですよね」

「ああ、知っている。だが、それがどうした?」

「まあ、何も関係ないのなら、こうして遺書を晒す訳がありません。私が言っている意味が分かりますよね」

「「「……」」」


 弁護士の言葉にこの場に集められた両親達は下を向く。そして田中昌也の父親が「だから、それがなんなんだ!」と激昂する。


 すると弁護士もハァと嘆息してから、話し出す。


「いいですか。あなた方ご子息の同級生である女子が自殺をしました。そして、私は今、あなた方の前にその遺書を公開しています。まずは、この遺書の内容をよく読んで下さい。質問はその後で受け付けます」

「ふん! 何を巫山戯たことを! 大体だな「あなた!」……なんだよ、俺はこいつに」

「いいから、ちゃんと読んでよ!」

「だから、なんなんだよ!」

「もう、面倒なら最後だけでも読みなさいよ!」

「最後……なんだよ。え? おい! どういうことだよ! どうして、息子の名前がここに書かれているんだ!」

「だから、遺書の内容をよく読んで下さいとお願いしています」

「内容だと……おい、ウソだろ……」

「多分、ホントなんでしょうね」


 激昂していた田中昌也の父親と同様に他の父親も遺書の内容に目を通したのか、やっと自分達の息子が何をしたのかを理解したようで揃って項垂れている。


 やがて、田口隆の父親が顔を上げると「だから、なんだ」と声を上げる。それを聞いた弁護士が「どういう意味ですか」と問い掛ける。


「息子達が乱暴したと確かに書かれている。だから、それが何になるって言うんだ! もし、本当なら今頃はその娘が息子達に対し、訴えを起こしているだろう。だが、実際には息子達は訴えられていない。それが現実だ!」

「あなた……」

「いいから、任せろ。こんな若造になめられてたまるか!」


 弁護士は田口隆の父親を一瞥してからハァと嘆息する。


「確かに田口さんが言うように、この子はあなた方の息子さんを訴えることなく自死しました」

「ほら!」

「ですが……」

「ん? まだ何かあるのか?」

「こうやって遺書があり、娘さんを亡くしたご家族からすれば、あなた方に対し訴えを起こすには十分です」

「訴えるだと! 面白え、やってみろ!」


 今度は田中昌也の父親が栗田菜摘の親が訴えることも出来ると言う弁護士に噛みつく。


「短絡的ですね」

「はぁ? だから、訴えるなら、訴えればいいじゃねえか! 大体、もうその娘はいないんだ。それに強姦は確か親告罪だったよな。なら、その当人がいないのにどうやって訴えるって言うんだ!」

「そうなんですか?」


 田中昌也の父親の言葉に他の家族も顔を上げ、本当なのかと田中の顔を見る。田中は鼻息も荒く「本当だ」と告げるが、弁護士が可笑しそうに笑っている。


「何が可笑しい?」

「いえ、あなたが言うように確かに強姦は親告罪です」

「だよな。ほら、言った通りだろ「ですが……」……あ? まだ、何かあるのか?」

「ええ、確かに親告罪ですが、それは強姦したのが一人だった場合のみです」

「な、なんだよ」

「ですから、今回の場合はあなた方ご子息の三人という複数で行われた訳ですから、親告罪の適用から外れることになります。ここまでで質問はありますか?」

「ぐっ……」


 弁護士の言葉にさっきまで鼻息も荒かった田中昌也の父親は意気消沈という感じで下を向いている。


「た、例えばですけど、もし訴えられたとして罪に問われることはあるのでしょうか? 息子達はまだ未成年ですし。それに言い方は悪いのですが、被害者のお嬢さんは亡くなっている訳ですし、その証拠となる物ももうないと思うので……」

「そうですね。先ず有罪判決が出ることはないかと思います」

「ほら、見ろ! やっぱり、息子達をどうすることも出来ないじゃないか! おい、帰るぞ」

「いや、でも……」


 田中昌也の父親の言葉に他の親達も揃って椅子から立ち、出口へと向かう。だが、その背中に弁護士が声を掛ける。


「確かに立件し有罪判決が出て少年院なりに収監されるというのは無理かと思います」

「だから、もういいって「ですが、記録は残りますよ」……あぁ? それがどうした?」

「あなた! すみません、もう少し詳しくお聞かせ下さい」

「いいんですか? ご主人は帰りたいそうですけど?」

「あなた!」

「なんだよ。もう話は終わっただろ。なあ、そうだよな」

「ええ。私はそれで構いません。それがあなた達の判断なのなら」

「「「……」」」


 弁護士の言葉に他の家族も嫌な感じがするのか、扉のノブに掛けていた手を下ろし弁護士に向き直る。


「おや? 帰られるんじゃないんですか?」

「お願いします。もう少し詳しくお話をお聞かせ下さい」

「ですが、これ以上となるとご夫婦のご協力がないと難しいので……」

「あなた! ほら、あなたからもお願いするの!」

「なんでだよ。もう終わった話だろ」

「分かってない! 記録が残るのよ」

「だから、それがどうした? たかが、記録だろ?」


 弁護士に食い下がって話してくれとお願いしているのは浦田健太の母親だった。そして、その父親も田中昌也の父親同様に「たかが記録」と払いのける。


「あなたは涼子の……娘の縁談が破談になってもいいの!」

「そんな、大袈裟な……たかが記録じゃないか。なあ、弁護士のあんたからも言ってくれよ」

「はぁ~そうです。たかが記録です」

「ほら「ですが」……な、なんだよ」

「公的機関に記録が残るのですよ。もし、そちらのお母様が言っているように娘さんのお相手がお嬢さんの身内を軽く調査しただけでも『ご子息が訴えられた』という記録はすぐに見付けられるでしょうね。まあ、その後にその記録を見てどう判断するかはお相手次第ですけど」

「はぁ? なんでそうなるんだ。たかが記録じゃないか」

「ええ、そうですよ。たかが記録です。ですが、それはその記録を見た相手がどう受け取るかが問題だと、奥様はそう仰っているようですが?」

「え?」


 浦田健太の父親はここで漸く公的機関にその訴えられた内容が記録されることの意味を理解したようだ。


「やっと、分かったの? ついでに言えば堅一の就職もすぐなのよ。そんな時に弟が訴えられていると知られたらどうなると思うの! ちょっとは、頭を使いなさいよ!」

「わ、分かったよ。でもよぉ実際、訴えられたからってそこまで大袈裟に考えなくても……」

「もう、ここまで言っても分からないの!」

「ふふふ、どうやらご主人は身内が犯罪者として訴えられることの怖さをご理解していないようですね」

「あ? どういう意味だ?」


 弁護士は浦田健太の父親を可笑しそうに見ながら、ゆっくりと話し出す。


「失礼ですが、浦田さんは会社にお勤めですよね。しかもかなりの大企業と呼ばれる規模の」

「ま、まあそうだ」


 少し自慢気に構える浦田健太の父親に弁護士は「もし、人事の人が知ったらどうすると思います?」と口にすれば「そりゃ……」と言いかけ、口を噤み顔色が青くなっていく。


「ほう、ご自分のこととなると想像出来た様ですね。それと同じことがお嬢さんと息子さんにもされる訳です。ご理解頂けたようで」

「……あ、ああ」


 膝から崩れ落ちるようにその場に蹲る浦田健太の父親を母親がそっと椅子に座らせる。


「なんだ? まあ、俺達には昌也しかいないから関係ない話だな」

「そうだけど……」

「たしか田中さんのご親戚には警察関係の方がいて、そのご子息も同じ様に警察関係に進む予定だそうですね」

「それがどうした! 犯罪者でなければ問題はないだろうが!」

「まあ、そうですね。ですが、昇級などには少なからずとも影響はするんじゃないでしょうか」

「おい、俺達を脅すのか!」

「いえ、そんなつもりはありません。ただ、昌也君が犯したことが記録に残れば、少なくない影響がご親戚にもあるということを考えて欲しいと言っているだけです」

「だから、それが脅してるってことだろうが!」

「そうですか? ですが、田中さんは先程から『たかが記録』と言われているじゃないですか。とても脅迫材料としては弱いと思うのですが。まあ、受け取り方次第でしょうね」

「くっ……」

「あなた……」

「分かったよ。話を聞かせろ」

「では、お座り下さい」


 田中昌也の両親が椅子に座ると扉を開き掛けていた田口隆の両親も椅子に座る。


「おや、いいのですか? 別にお帰りになっても構いませんが」

「いいんです。居させて下さい。お願いします」

「お前……」

「あなたは黙ってて!」

「でもよ」

「いいから! 隆じゃなく下の子達のことを考えて!」

「隆を見捨てるのか!」

「ええ、そうよ。もう、あんな子はいらないわ。今まで問題ばかり起こしてちっとも反省なんてしやしない。もう、うんざりよ!」

「お前……」

「もう、十分でしょ。隆は私が産んだ子じゃないもの! 私は私が産んだ子が可愛いの!」

「そんな……じゃあ、隆はどうなるんだ」

「知らないわよ。自業自得でしょ。で、あなたはどうするの? 隆が可愛いと言うのなら守ってやればいいじゃない。でも、それは私と離婚して慰謝料と養育費を払ってからにしてね」

「……」


 田口夫妻も多少の諍いはあったようだが、大人しく椅子に座ったので弁護士が「では、改めて」と話し出す。

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