第5話 ことの始まり

「これでいいのよね……頼みます! どうか、届きますように! えいっ!」


 少女がタブレット上の送信ボタンをタップすると、少女が書き込んだ内容が無事に送信されたようで画面上には『送信完了しました』と表示されていた。


「ホントにこれでいいのかなぁ。なんだか不安だな。もし騙されていたら……ううん、もしそれでも構わない! アイツらのことが少しでも公表されるのなら……」


『ブゥ……ブゥ……』

「え? 誰だろ? こんな時間に……え? 海外から……まさか!」


 少女がスマホの着信に驚いたのも無理はない。時間は午前二時をすこし回ったところで、普通ならば明日は学校があるので、かつての友人達ももう寝ていてもおかしくはない。


 それにスマホの画面上には、『海外』と表示されているのだ。少女が電話を取るのに躊躇するが、少女の頭の中にはもしかしたらと期待する気持ちもあった。


 少女は意を決してスマホの画面をスワイプし、その電話に出る。


「も、もしもし……」

『あなたはクリタナツミさんご本人でしょうか? ご本人の場合は「1」を。そうで……』


 少女はメッセージが流れている途中でテンキーの1を押すと、今度は『本人確認の為に生年月日を西暦から八桁を入力してくだ……』


 少女は今度もメッセージを途中で遮り、テンキーを使って自分の生年月日を西暦で入力すると、さっきまでの機械音声ではない若い男性の声で『栗田菜摘さんですか?』と聞こえてきたので菜摘は「はい、そうです。私です」と答える。


『訴えを読みました。出来れば、詳しくお聞かせ願いたいと思い、こうして直接お電話しました。よろしいですか?』

「は、はい! お願いします! なんでも聞いて下さい!」

『分かりました。では、何をされたかからお聞きしてもいいですか? あ、話せる範囲で大丈夫ですから』

「いえ、大丈夫です。全部、話すのでご迷惑でなければ聞いて下さい」

『分かりました。では、お願いします』

「はい。私は……」


 栗田菜摘は都内の市立高校に通う高校二年生の女子だった。だが、ある日のこと。同級生である伊集院玲美に放課後の教室に呼び出されたことでそれまでの生活が一変した。


「伊集院さん、用事って何?」

「あ! 来た! ホントに来たよ! ほら、私の勝ちよ。ね、そうでしょ!」

「ああ、お前の勝ちだ。ったく、呼び出されたからって来るか普通」

「そうだよね。玲美とは友達でもないのに」

「それだけマジメってことでしょ。ねえ、栗田さん」

「え? 何?」


 栗田菜摘が伊集院玲美に呼び出された教室へと入れば、そこには菜摘を呼び出した玲美だけではなく、玲美の取り巻きとして、いつも一緒にいる田中昌也、浦田健太、田口隆の四人だった。


 その四人は菜摘が呼び出されて来るかどうか賭けていた様な雰囲気だったので、菜摘は「用がないなら」と教室から出ようとしたところで、玲美に「ダメよ」と腕を掴まれてしまう。


「伊集院さん、私に用はないんでしょ。なら、帰っても「だから、用は今出来たの! ね、そうよね?」……何?」

「そうだな。まあ、栗田さん。こうやって話すのは初めてだけど、ゴメンねぇ。玲美がさ「ちょっと!」……ちっ。まあ、こういうことだよ!」

「きゃっ!」


 昌也が菜摘の腕を取り、教室の床に押し倒す。


「何よ!」

「何って、男が女をこうやって組み伏せているんだから、やることは一つだろ? あれ、もしかして初めてだったりする?」

「おぅ! ラッキーじゃん!」

「私に何かするつもり? 大声を出すわよ!」

「出せよ」

「え?」

「あのな、今こうやって騒いでいても誰も来ないだろ。ふふふ、分かるか?」

「……」

「そうだ。お前が騒いでも誰も来ねぇから!」

「きゃっ!」


 昌也が菜摘のスカートの中に手を入れ下着に手を掛けると、菜摘は脱がされないように抵抗する。


「おい!」

「ああ……」

「ごめんねぇ栗田さん」


 昌也に言われた健太、隆がそれぞれ菜摘の右腕、左腕を押さえる。


「直ぐ済むからよ。ジッとしてろって」

「この、卑怯者!」


 菜摘は自分を抑えつけている昌也にツバを吐きかける。すると、昌也は顔に掛かったツバを拭うと右手で菜摘の頬を平手で張る。


「大人しくしてろって言ったよな! な!」

「……」

「そうやって大人しくしてれば、直ぐだろ」

「ふふふ、いい気味よ」


 菜摘は自分を呼び出し、取り巻きにこんなことをさせている張本人である玲美をキッと睨み付ける。


「あら? まだ、分からないの?」

「私が何をしたって言うのよ!」

「別に……」

「別にって、そんな……」

「何? だって、面白いじゃない。それに昌也も嬉しそうだし」


 そう言って、玲美が男の子達を見れば、昌也はその手に菜摘の下着を持ちくるくると回して遊んでいる。


「ほ~ら、後は……ぺっ!」

「ぐっ……」


 昌也が自分の右手にツバをつけ、自分のモノに擦り付けると、その先端を菜摘の中へと無理矢理に滑り込ませる。


 菜摘は絶対に泣かないと、この屈辱を絶対に忘れるもんかと一生懸命に腰を振る昌也を睨み付ける。


「くっ……ったくよぉ萎えるだろ。健太、交代だ」

「ぷっ! 情けねぇなぁ」

「うるせぇ!」


 昌也は自分のモノをしまいながらも「こんなハズじゃ」と独り言ちているのを玲美が見て、フンと鼻で笑う。


 隆はそれに気付くが、普段玲美から愚痴っぽく聞かされているので、特に驚くことでもない。


 やがて、健太が達したので、今度は隆の番となり隆は何も悪びれる様子もなく「じゃ、失礼しますね」と自分のモノを菜摘の中へと沈めていく。


「しらけるわね。なんで泣かないの? ひょっとして気持ちよかったとか? それなら、それでお金もらわないとね」

「……」

「もう、なんとか言いなさいよ。何か、言うことはないの?」

「……ない。絶対にあんたたちを許さない!」

「おぉ怖! 別にあんたに許してもらおうとは思ってないわよ」

「……」

「それにもし訴えたとしても女の私には何も出来ないわよ。せいぜい、昌也達が捕まるか注意されて終わりでしょうね」

「おい、玲美!」

「何よ! 実行犯はあんた達でしょ! 私はしていないから」

「「「……」」」

「それにね、私を訴えたとしても私の家の弁護士が仕事してくれるから私は平気なの! 分かった?」

「……」

「分かったみたいね、じゃあね。また、明日!」

「おいおい、来れる訳ねえだろ」

「そうだぜ、自分が強姦やられた場所だぞ」

「それも処女喪失のおまけ付きだもんな! ギャハハ!」

「……」


 身を起こした菜摘を笑いながら、玲美達四人が教室から出て行くと菜摘はその場で蹲り声も出さずに嗚咽した。


 ひとしきり泣いた後、どうやって家に帰ったのかまでは覚えていないが、乱暴されたのは下半身だけでスカートも汚されることはなかったので、誰にも不審がられること無く家に辿り着けたのだろうと今なら思える。


 それから、一週間ほど登校する気力もなく親に言えるハズもなくただただ自室に篭もるだけの日々を過ごしていたところに母親から菜摘宛の封書が届いていると言われたので、それを手に取り封を開ける。


「何、これ? ええと『復讐したいならお手伝いします。お代はいりません』って、え~?」


 その封書には『栗田菜摘様』と宛名があり、送り主の名前などは書かれていなかった。そして中には名刺サイズのカードが入っていて、表にはそんな文言が書かれており、その裏には二次元バーコードが印刷されており『不要、または使用後には破棄して下さい』と書かれていた。




『そして、さっき送信した……と、いうことだね』

「はい。そうです」

『そっか、俺は君の気持ちが分かるなんてことは言えないけど、ツライね』

「……その気持ちだけで十分です。こんなこと親にも友達にも言えないから」

『そう。それでね、話は変わるんだけど、ソイツらにはこんなことをしようと考えていることがあるんだけど、一応聞いてもらえるかな』

「聞かせて下さい!」

『……ってことなんだけど、どう?』

「いいです! 最高です! ただ……」

『ただ? どうしたの。何か不満でも?』


 電話の向こうから菜摘に対し、復讐内容のプレゼンをしたが菜摘の反応がイマイチな気がしたので、電話の向こうからは何がダメなのかと不安そうに聞いてくる声がする。


「あ、いえ。中味がダメとかそんなんじゃないんです。内容としては私に出来ないことだし、面白いと思います」

『でも、何かあるんでしょ?』

「……引きませんか?」

『引く?』

「ええ、あのですね……」


 菜摘は電話の向こうの優しい声に全てを曝け出す。そして、電話の向こうから優しい声で『それはもう決めたことなの?』と聞かれれば、菜摘は「はい」と返す。


『そうかぁもう決めたんだ』

「はい。あいつらにされたことは忘れられないし、いつかは回りにバレてしまう……そんな風に怯えながら暮らすことは……出来ません。いつか私に彼氏が出来た時……いつか私が結婚を考えた時……いつか私に子供が……そんな風にいつ破裂するか分からない時限爆弾を抱えたまま暮らしていくのは耐えられません!」

『そっか……』

「ごめんなさい。心配して頂いているのは分かるのですが、ごめんなさい。本当なら両親にも謝らないといけないのに……」

『うん、分かったよ。俺が言うことじゃないけど……』

「……ありがとうございます。少しだけ救われた気がします」

『……ホントなら、止めて欲しいけど、俺は君じゃないから』

「ふふふ、そうですね。でも、ホントありがとうございます。じゃ」

『じゃ』


 菜摘は少しだけ晴れやかな気持ちになり、通話を終わらせると久々の制服に腕を通す。


「お父さん、お母さん、行ってきます!」


 夜中の三時に家を出た菜摘が向かったのは通い慣れた高校の屋上だった。


「ふふふ、なんだか変な気持ち。これもあのお兄さんのお陰かもね。でも、決めたの。私は絶対にアイツらを許さないって……だから、これが私の復讐の第一歩。後はお兄さんに丸投げすることになるけど、いいよね。じゃ、さよなら」


 翌朝、朝練の為に登校して来た生徒が栗田菜摘の遺体を発見し、生徒達の間では色んな憶測が流れたが、誰も伊集院玲美達に辿り着くことはなかった。

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