第31話 片方だけでは意味がない

「そうだね」


 店主も言った。


「彼女はただのリンツェロイドだ。但し、私が知るのはアリスという名だけ」


「マスター・リンツ。彼女は〈フランソワ〉で」


「判っている。〈フランソワ〉が一時的に『アリス』というデータを持っただけのことだ。彼らが名付け、あなたが確定させ、私も継続に関わった」


「そのことで僕を責めるのですか。しかしあの時点では〈フランソワ〉は必要とされておらず、彼らは〈アリス〉を求めていた」


 カインは同じことを繰り返した。


「責めてはいない。言い訳はけっこうだと言っています」


「言い訳ではありません。マスター・リンツ、何なのですか、先ほどから。アリスは僕のメンテを受けて彼らを慰めた。これからはミズ・バックスを慰めます。いったい、その何が悪いと言うんですか」


「悪いとも言っていない。あなたの提唱するリンツェロイド・セラピーは、一個人としては面白いと思いますよ。実際、有用でもあるでしょう。クリエイターとしてはいただけませんがね」


「何ですって?」


「あなたの支持者にクリエイターはいますか? ほとんどいませんね。多くのクリエイターは、オーナーとリンツェロイドが良好な関係を保つことを望む。ですがそれは、オーナーに媚びを売るロイドを作ることとは違う」


「媚びだなんて。慰めや癒しは、媚びではありません、マスター・リンツ」


「あなたから離れていったクリエイターたちの気持ちがみな同じだとは言いません。ですが、リンツェロイドはクリエイターの子供だ。多くの親が子供に望まないことがある」


 店主は感情を抑えた声で言った。この場にトールがいたとしても、彼のマスターが怒っているのか相手を蔑んでいるのか、判断しかねただろう。


「『マスター』に心地よいことばかりを言わせる。あなたがアレンジしたロイドは、精神的なセクサロイドだ」


「なっ、何を」


 カインは怒りに頬を染めた。


「侮辱です、マスター・リンツ!」


「誤解はしないでいただきたいが」


 彼は肩をすくめた。


「あなたの客や、あなたが手がけたリンツェロイドを侮辱する気はありませんよ」


「な……」


 店主の回答はつまり、カイン自身を侮辱する気はあるという返事に取れた。カインは目を白黒させる。


「そうしたリンツェロイドを望む、それはオーナー、またはあなたの仰る『ユーザー』次第です。客の希望する通りにアレンジを加えるのは、われわれの仕事でもある。ですが、判りませんか。あなたが最も反感を買う点は」


 彼はじっと、「神父」を見た。


「自身の所有ロイドを複数のユーザーに貸し出す、レンタル制度だ」


「そ、それも侮辱だ!」


 カインは声を裏返らせた。


「レンタルですって? そんなふうにお思いなのですか。癒やしが依存にならないよう、期間を設けて提供しているだけです! だいたい、そんなに多くも台数が手に入るでもない」


「台数」


 小さく店主は繰り返したが、それに対してコメントはしなかった。


「何故、手に入りませんか。金ならあなたは持っている」


「それは……」


「クリエイターがあなたに売らないからだ。ひとりふたりならお仲間もいるのでしょうが、数を作れるものじゃない」


 店主は自ら、答えを言った。カインは黙った。


「仮にも一級技術士であるのなら、ユーザーだけではなく技術士側の気持ちも汲み取るべきでしたね。あなたはあなたのやり方で一部の支持を受けていますが、一部の不評は増すばかりだ」


「一部」


 カインは呟いた。


「そう、一部です、マスター・リンツ。僕の支持者は今後、増えていきます。そうすれば、賛同するクリエイターだって増えるはずなんだ」


「そうかもしれませんね」


 彼は反論しなかった。


「見解の相違だ、と申し上げた通り。私はこう思う。あなたはそう思う。もう、この辺りにしましょう」


「納得いきません、マスター・リンツ!」


 青年はむっとした顔をしていた。


「どこに納得がいかないのですか?」


 店主は返した。


「私は私の意見を言ったが、あなたをやり込めようとは思っていない。あなたは、私をあなたの考えに染め上げなければ気に入りませんか?」


「そういう、言い方は……」


「何です。私はもうこれ以上、〈フランソワ〉には関わりませんよ。こう言えばよろしいですか」


「それは、助かりますが、ですが」


「何です。はっきり言っていただけますか」


「――ロイドを使うのは人間だ!」


 カインは叫んだ。


「マスター・リンツ。それでは僕も言わせていただきますが、あなたの考えはロイド寄りすぎる」


 彼は続けた。


「あなたは僕を〈アリス〉の殺害犯だなどと言った。オレンジ氏やデューイ氏が言うのであれば、判るところもあります。しかしクリエイターたるあなたが言うのは奇妙だと思いました。あなたはフランソワではなく、アリスを継続させるべきだと考えていますね。それもオセロ街の彼らのためじゃない、機械である『アリスのため』に」


 アンドロイドは、人間のための機械だ。クリエイターは人間に使わせるために機械を作る。人間のために調整する。それが当たり前でそうあるべきだ、とカインは言った。


「人も、ロイドも、どちらか片方だけでは意味がない」


 店主は答えた。


「私に依頼をしてきたのは彼らであり、私がメンテナンスをしたのは〈アリス〉だ」


「〈フランソワ〉です」


「いいや」


 アリスだと彼は繰り返した。


「〈アリス〉は存在した。しかし、いまは存在しない。あなたが作り、あなたが消した。私は、それは好かないと言った。ですが、責めはしないし文句もありません」


「マスター・リン……」


「そろそろ行きますか、ミスタ・オレンジ」


 何か言おうとしたカインを無視して、店主はオレンジを見た。


「俺は……」


 オレンジは躊躇った。店主は返事を待たず、踵を返した。


「マスター・リンツ! 話はまだ、終わっていません!」


「終わりました」


 彼は足を止めて、返した。


「もう一度、言いましょう。私はもう、あなたの〈フランソワ〉には関わりません。オセロ街の彼らのことは、私に任せていただいてけっこう。あなたはあなたの仕事をどうぞ」


 それだけ言うと店主は歩き出し、もうカインの言葉を何も聞かなかった。


「カイン先生」


 癇癪を起こしたようなカインの叫びに対するように、オレンジは静かな声を出した。


「アリスがフランソワだと言うのなら、あなたのしたことは確かに正当だ。俺たちはアリスを愛したが、それも本来、オーナーの権利だ。俺たちはもう充分癒され、いつまでも甘えているべきじゃない」


「ミスタ・オレンジ」


 カインは勢いを落とし、いささか戸惑った顔を見せた。


「お判りいただけたので……」


「だがそれは俺たちに黙って、アリスを殺した理由にはならない」


 オレンジの声音は鋭くなった。


「俺はリンツ先生と同意見だ。あんたのやったことは、正当だと思う。だが、好かない」


 そしてオレンジもまた、カインに背を向けた。カインはしばし呆然とし、それから両の拳を握り締めた。


「マスター・リンツ! 覚えておきますよ、このことは!」


 店主は振り向かなかった。


「――このことは、ソフィアにも、伝えますからね!」


 やはり彼は振り向かず、足もとめなかった。

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