第27話 情報が足りないんですよ

 〈クレイフィザ〉に戻ってきてからと言うもの、トールは渋面を作りっぱなしだったが、彼の「弟」たちはいつものごとく話を要求した。


「いいなあ、トールはいっつも。面白そうなことに出会えて」


「苦労ばかりなんですけど」


「俺はご免だね、マスターのフォローして回るなんて」


「それが正解だと思います」


 彼らの感想に、「兄」は息を吐いた。


「問題の手首は〈フランソワ〉のものであり、アリスの登録名はフランソワだった。そしてフランソワというのは、十ヶ月ほど前に事故で行方不明になったロイドらしい。判ったことが多いが、解決には繋がらないな」


「そうなんですよね」


 アカシの言葉にトールはうなずいた。


「彼女が突然、オセロ街から消えた。その事実は変わらないんです」


「両手首を残して、ね」


 ライオットが補足するように言った。


「何でよりによって手首なのかなあ? トールも言ってたけど、そこ、おかしいと思うんだよね」


 彼は続けた。


「ミスタ・ギャラガーは、個体識別番号の隠蔽、というようなことを考えられたようですが」


「ああ、有り得るな」


 アカシはうなずいた。


「個体データの隠蔽と言うより、『ロイドではない』ように見せるため、かもしれんがね」


 彼は彼自身の手首を指して、口の端を上げた。


「あれ? それじゃ」


 ライオットは首をひねった。


「パーツは結局、手首だけだったってことになるの?」


「実際のところ、ジャンク街で『大量のロイド・パーツを売って儲けた人物』は見つかっていないんですよ。あの時点では、ただ『見つかっていない』『上手に隠れている』と考えるのが自然でしたが」


「それじゃ、実は盗んだ誰かがナンバーのある手首入れ替えて、人間みたく使ってるっての? そんなの、俺ら並みのトークレベルがなきゃ無理でしょ」


 ふん、とライオットは鼻を鳴らした。


「〈アリス〉でも〈フランソワ〉でもいいけどさ、そこまで喋れるロイドだったら、オセロ街の野郎どもはもっと感情移入してて、もっと大騒ぎだと思うよ」


「ええ、そうですね。アリスのトークレベルは、3でした」


「じゃあ人間のふりは難しいだろうな。黙ってりゃ別だが」


「隠したいなら、手袋でもしてりゃいいだけじゃん」


「ずっと着用していたら、不審に思われるでしょう」


「そうかなあ? 普通、疑わないよ」


「まあ待てよ」


 アカシは片手を上げた。


「手首の謎を追うのもいいが、何だか、雲行きが違ってきてないか?」


 彼は言った。


「マスターの、話だが」


「判りますか」


「ああ、まあな」


「何なに。俺、わかんない」


 悪びれずにライオットは言った。


「マスターの興味は、アリスばらばら事件から、フランソワとそのマスターに移ってるってことだよ」


「えー? それ、同じじゃないの?」


「同じようでもあります。ですが、『アリスがいない』ことより『フランソワがいない』という……ええと」


 トールは頭をかいた。


「フランソワのマスターが遭遇した事故とフランソワの連れ去りは、過去のことだ。フランソワはアリスとなってジャンク街の女神となり、そして消えた。消えたのはアリスかフランソワか?」


 アカシは話をまとめて疑問を提示した。


「……同じじゃん?」


 ライオットは顔をしかめた。


「どうしてマスターは、フランソワの所有者を探すのさ? フランソワが帰ってきてませんかとでも聞くつもり……ん?」


「そうです」


 トールはうなずいた。


。マスターはそう考えているのだと思います」


「えーっ?」


 末弟は素っ頓狂な声を上げた。


「何でそうなるのさ」


「マスターがどういった理由でそう判断したのかは判りません。『神父様』と呼ばれるクリエイターが関係してるようですけど……」


「そいつがアリスを誘拐して、手首を捨てて、フランソワとして連れ帰ったと、そんな話か?」


「話の主柱はそういうことなんじゃないかと」


「何それ。変じゃん、変」


 足を踏み鳴らしてライオットは主張した。


「変と言うか」


 トールは困惑した。


「僕らには情報が足りないんですよ」


「マスターが例によってだんまりだからな」


 アカシがまとめた。


「片が付いたら話してくれるのか、それとも笑って『終わったよ』だけか、まあ、楽しみにするしかないだろう」

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